01-20 『タケヤ対拷問官(3) うどん。パン。そしてイギリスの田舎のパブ』 2月1日
「未知の異世界で一番の関心事は、うどんですか?」
タケヤは腕を振り回し、必死に訴える。
「おかしいじゃないですか! このままじゃ異世界で、小うどん付きお好み焼きセットを食べる羽目になりそうだし! 粉モンファンタジーって、わけが判りません!」
「えーと、もしや、うどんが禁忌である文化圏に所属してましたか?」
「どんな文化圏ですか!」
恐らく単純にタケヤの中にある異世界の定義に、うどんはそぐわないのだろう。
「パンやナンがないのは、ヒノデ村において天然酵母の作成法が知られてないか、失われたからでしょうかね。単純に、うどんの製造法が簡単だとも考えられますが」
「あれ? 外の世界にはあるんですか、パン? この世界の主食は、うどんじゃないと」
「うどんじゃないですよ。パンはあります」
「あれですよ、菓子パンみたいに柔らかいヤツじゃなく、堅くて質素なヤツで」
「質素じゃないヤツが作れるなら、質素なヤツも作れるでしょ? 柔らかいのも堅いのも、お好み次第で」
タケヤの顔が明るくなる。
「それじゃ、木組みのジョッキにエールを注いで、乾杯! ってやるような酒場とかもありますか? 木のテーブルで」
「そういう風習のある地方に行けばあります」
おぉ、すげぇ! とタケヤは歓声を上げたが何がどう、すげぇのかは拷問官には理解出来ない。
知識追求の徒である拷問官であったが、この件についてはまったく理解したいとは考えなかった。
「と言いますかタケヤ君。異世界じゃなくてもイギリスの田舎のパブにでも行けば、そういう店はあるでしょう」
「海外旅行には行ったことないです。村長代理みたいにイギリスに行ったことはありません」
「私だって行ったことはありません、この世界で生まれてるんで」
タケヤは言った。
「よかった。この世界は、うどんが世界を支配する狂った世界じゃなかったんだ!」
毎年年末に鬼がやって来て殺戮の宴を繰り広げても、それは別に『狂った世界』に相当する事象ではなく、『イギリス』という単語が異世界の住人の口から出たこともあまり気にしない。
さすが三十一桁、並の精神構造ではない。いや、それ以前の問題なのか。
タケヤを中心に置くだけで、全ての肝心なこと重要なことシリアスなことがぼやけていく。これは何らかの特殊な能力が発動しているのか。いや、やはりそれ以前の問題なのか。
拷問官は言った。
「うどんの話なんか、食堂で世間話のついでに質問すれば誰だって教えてくれますよ」
「いや、僕がうどんの話をした途端、食堂の中がシーンとしたら怖いじゃないですか!」
「うどんが禁忌の文化圏で、うどんを常食するわけないでしょ」
それもそうですね! と屈託なくタケヤは笑う。
拷問官は質問した。
「タケヤ君。その、うどんへのこだわりにはどんな理由があるんです?」
「いえ、別に。ヒノデ村のうどんは美味しいですし」
三十一桁を目の前にした、拷問官であるこの私が、うどんやパンやイギリスの田舎のパブの話しかしていない。
すでに三十一桁の術中にはめられているのか。
知られてはならない情報を守る為、無意識に行われる攪乱工作。
いいですとも。
宝物殿にはトラップがつきものです。
拷問官はパイプをくゆらせ、紫煙を吐く。
「ところでタケヤ君。その黒い剣が何であるか、御存知ですか?」




