01-19 『タケヤ対拷問官(2) 村人の喰らうモノ』 2月1日
あぁ、コイツはそそりますねぇ、と拷問官は感じた。
目の前に居るのは謎の塊『三十一桁』のタケヤ、拷問官として興味を引かれないわけがない。もしかしたら聖堂に至る知識を持っている可能性さえある。
拷問官の間では、ある程度の知識は共有される。各自が知識を独占しているわけではない。
同じ知識を求め、同じ相手に拷問やら取引を持ちかけるのは無駄でしかないからだ。
とはいえ、知識の独占がないわけでもない。現にタケヤが『三十一桁』であると知る拷問官は彼だけであった。
村人情報のファイルにあった写像と、目の前のタケヤの印象はかなり違う。
が、拷問官はそれぐらいはあって当然でしょうと考えた。
写像から漂っていた得体の知れなさは完璧に消え失せている。
どうしようもない緩さ、愚鈍さと紙一重の素直そうな顔。
後進を育てる役目を何度も受け持つうち、拷問官は教師としてのスキルも身につけていた。
その教師の感性も、タケヤにそそられている。こぼれるばかりの無垢と無知さ、これほど教え甲斐のある生徒もそうはいないだろう。
「こんにちは。タケヤ君ですね。食堂で、ここに居ると聞いてやって来ました」
拷問官であり、村長代理でもある老人は帽子を脱ぎ、タケヤに会釈をする。
そして、再び帽子をかぶり直し、パイプを吹かす。
薪の保管小屋の隣で、剣を構えタケヤはまだ驚いたままだ。
小屋は雨をよける為だけの雑な屋根と、適当な板を組み合わせた壁がついた単純なものだが、これは通気性を上げ薪を乾燥させるための意図的なものである。
タケヤは言った。
「こんにちは、タケヤです。えーと、どちら様でしたっけ?」
わずか二十数人の村である。全員の名前となるとまだ怪しいが、顔を見れば会ったことがある人物かどうかの判断はタケヤにもつく。
高級そうなスーツを着た、見知らぬ老人との遭遇はタケヤには意外過ぎた。
村での共同生活を拒む村人の存在は知っていたが、その人なのかとタケヤは考えた。
村長代理であり拷問官である、老人は答えた。
「初めまして、新しく就任しました村長代理です」
タケヤは驚く。
「前の村長代理さんはどうなったんですか? 昨日まで元気だったのに死んじゃいましたか? まさか村からの逃亡に成功したんでしょうか?」
そんなタケヤの疑問は当然とみた村長代理は説明を始める。
「どうもしませんよ。前の村長代理は任期が終わって村を去り、外の世界に帰っただけです」
「……任期? 外の世界に自由に出られる? つまり村長代理も、アカガワさんみたいにコートの連中の仲間ということですか?」
そう思うのは当然だろう。だがそうではない。厳密に村長代理の中立性に語るとややこしいので拷問官は建前での説明を行う。
「村長代理はコートの連中の仲間ではないですね」
「だったらおかしいじゃないですか。村人は村を出られないのに村長代理は任期が終われば外に出られるなんて!」
タケヤの居た世界の政治形態を拷問官は知っている。
村長、村長代理は公務であり、公務に就く人間は村人で行われる選挙により、村人の中から選ばれると思っていたのだろう。村人ならば、村の外にはでられない。
矛盾の指摘は当然だ。
「それはですね。村長代理は村人ではないからですよ」
「え?」
「村長代理は、村長によって、村の外から招聘されます。いや正確には招請かな」
色々驚くことはあったが、タケヤが一番驚いたのは村長についてだった。
「村長って実在するんですか!」
「あぁ、あの野郎、いや失礼。村長に会ったことがないのですね」
「年末のあの騒ぎの時にも出てこなかったんで、てっきり最近亡くなって、代わりに村長代理が頑張ってるのかと思ってました」
「そう思われても仕方ありませんね。でも違います。
ヤツは普通に居ますよ。炭焼き小屋にこもって、人前には出ないだけで」
タケヤは何かを考え、結論にたどり着いた表情になる。熟練の教師である拷問官は、タケヤの出す結論が語られる前に、それが間違いであると知る。
これだけの情報では正解にたどり着けない。
タケヤは言った。
「でも、それって結局、すべては村人を駒にしたゲームってことでしょ? コートの連中とその村長って人が争っていて、鬼やら炭焼き小屋もからめた殺し合いで!」
やはり間違いであるが、タケヤの言わんとすることを理解するのに、拷問官は少しばかり時間がかかった。
「おっと、誤解を生む説明でしたね。村長代理は村人じゃありませんが、村長は村人ですよ。彼もこの村に閉じ込められている状況です。
タケヤ君、あなたと村長の立場はたいして変わりません」
タケヤは言った。
「あぁ、もうわけが判りません!」
無知による無明。理解の外で動く世界。異世界に飛ばされた人間が持つ焦燥がいかなるものか。それは拷問官には判らない。
だが、知識の光がその闇を払う唯一の方法であると拷問官は知っている。
老人は言った。
「異世界に飛ばされ、しかもその異世界の内の、よりにもよってヒノデ村に捕らわれるとは不幸としかいえませんね。
どうですか、タケヤ君。
何か知りたいことはありますか? あなたは何を知りたいですか? 異世界、ヒノデ村に捕らわれた、あなたの一番知りたいことは何ですか?」
元の世界に帰る方法であろうと、拷問官は予測した。
拷問官はその方法の幾つかを知っていた。
剣を鞘に収め、タケヤは静かに言った。
「本当になんでもいいですか?」
「構いません。我が知識に賭けて、あなたの問いに答えましょう」
覚悟を決めてタケヤは質問した。
「ヒノデ村の主食はどうして、うどんなんですか!」
「……うどんは嫌いですか?」
「おいしいですよ! 魚やエビの天ぷらを乗せた、天ぷらうどんなんか特に! でも異世界なのにどうして、うどんなんですか! どうして天ぷらうどんなんですか! せめて、パンかナンでしょ!」
「……パンかナンだと異世界なんですか?」
「誤魔化さないで教えてください!」
「それはヒノデ村の耕作地で作られてる主な農作物が小麦だからですよ」
「そういうことじゃなくてですね!」
「あ、そういえば、食堂でお会いしたイシガキ博士からあなたに伝言を預かっております」
「なんですか?」
「人造ウースターソースの製造過程を変更して、人造とんかつソースの製造の目処がついた。これでたこ焼きと海鮮お好み焼きを作れそうだから、そのうち試食をお願いするぞい。だそうです。
よかったですね、うどん以外も食べられますよ」
「だからそういうことじゃないんですよ!」