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01-17 『アカガワ中隊長(完) 贈り物』 4月3日

 ゴドーは言った。

「拷問官に、どんな情報を要求されました?」


「最初に言ったろ? 別の国で警護任務してたって。

 拷問官の爺様は、第三王子に教えて欲しいことがあるから王宮に忍び込みたい。

 だから警備の隙を教えてくれませんかときたもんだ。ふざけんじゃないよ」


「おや。意外ですな。拷問官ってのは自分の知識欲を満足させる為には、手段を選ばないかと思っていたであります! それだけの腕があれば、警備員を殺しての侵入は簡単でしょうに」


「あいつらのポリシーや、やり口なんざ知らん。

 だが、少なくとも無駄な騒ぎを起こすのは望んでないようだったな。

 お前の任務は人質事件の解決だろ? 間抜けなお前の代わりに解決してやったから、さっさと情報を吐け! ってことを恐ろしく紳士的に私に言ったんだよ」


「これまた興味深い。つまり拷問官は情報と引き替えに報酬を払うのですな。拷問官に対する認識がかわったであります!」

「かえなくていいよ。望んでもいない報酬を突きつけて情報を寄越せだぞ。

 爺様の見かけと丁寧な口調でやってるが、なんと横柄な」


「とはいえアカガワ中隊長殿みたいな人が金や宝石の類いで買収されると思いませんし、それは致し方ないかと」


「なんで拷問官の肩を持つんだよ! 

 私は、その報酬を受け取るわけには参りません、職務に差し支えますので質問にはお答えできません。という内容を、我ながら酷い言葉遣いで返答したら、ニッコリ笑って拷問タイムの始まりだ」


「またグロい系ですか。勘弁してくださいでありますアカガワ中隊長殿!」


「大丈夫だ。人が死ぬとかそういう話じゃない。人が一人、生きながら解体されて再起不能にされるだけで平和なもんさ。あ? 結局死んだんだっけ」


「だーかーらー、そういうのは止めてくださいと言ってるであります! おや、再起不能? 拷問されたのはアカガワ中隊長殿なのに変であります! 別人が拷問されたんですか?」


「いや、あくまでも拷問されたのは私だ。ただ、拷問ではあるが脅しの範疇だな。情報を教えないとこうなるぞって、隣で膝立ちになってるボスが解体された」


「またサラリとエグいことを。解体の件は省略して結論だけお願いしますであります!」

「そう言うな。わざわざ、嫌な思い出話をしてるんだ。ちょいと話させてくれよ。

 ただ解体しても面白くないので、僭越ではありますが人体構成の講義と、拷問術の技を披露いたします。とか拷問官はほざいて講義が始まったんだよ」


 自らも怪我をしてい隊員はぶるりと震え、言った。

「きついですね。そうやって残酷なシーンを見せつけて、口を割らせるんですか」


 アカガワは驚く。

「いや、面白かったよ。じつに知的で、ユーモアにも溢れる名講義って感じで。色々為になった」


 ゴドーは言う。

「脅しになってないじゃないですか! ド変態のサイコパスが意気投合して人間バラして喜んでるだけじゃないですか!」


「えー、違うよ。殺してない、生きたまま解体しただけ。……なんだろ話が伝わらんな。

 人体には可逆性破壊と非可逆性破壊があるって話から始まってさ、可逆性破壊の例として指の骨を折って、非可逆性破壊の例として歯を抜いて」


「でーすーかーら、普通の人間は骨を折られた歯を抜かれたなんてとこを見せられて、アカガワ中隊長殿みたいに、うひゃ! 何これ面白い! なんて感想は持たんのですよ!」


「面白いじゃないか。麻酔も何もなし、悲鳴を上げることさえ出来なく、苦痛の度合いは口からダラダラ吐き出される泡の量で判断するしかない」


 ゴドーは不快感をあらわにする。

「……わきまえなさいよ、それ以上は黙りなさい、アカガワ中隊長殿」


 アカガワはゆらりと立ち上がり、布製の壁に近寄る。

 もとより天幕なので窓などないが、布製の壁には、換気と明かり取りようにいくつかの切り込みがわざと付けられ、それを締める紐が取り付けられていた。


 アカガワは紐を緩め、切り込みを広げ、外を眺める。

 風がアカガワの髪をなびかせるが、その表情は見えない。


 アカガワは言った。

「副隊長の命令を受ける筋合いなんてないね。

 知ってるかい? いわゆる弱点を突かれた場合、何がどうなるか?

 腕が麻痺する、平衡感覚がなくなるとかいう結果じゃない。

 凄いぞ、場所によっちゃ内臓の色が変わるんだ。血流の急激な変化で、内蔵が機能不全、そりゃ色も変わるわな。

 内臓の色味によって、そいつが感じてる苦痛を見分ける方法とかも教えてくれたよ。

 興味深いし、為になる講義としか言い様がない」


 静かな、囁く歌声のような言葉でアカガワは拷問官の講義の内容を語り続けた。


 あまりに遠い世界で語られる残酷なだけの美しい詩。補佐はそう感じたが、アカガワは実際にその現場にいたのだ。

 残酷過ぎる詩に、補佐の現実感は乏しくなる。


 終わりの見えない詩は唐突に終わる。

「かくて、私は拷問に屈し、警備の弱点を吐いた。警備のシフトやら、その第三王子が警備の警告を無視して夜中にテラスに出て酒を飲むとか、王宮内の緊急脱出用隠し経路の情報とかだな。

 私が洗いざらいしゃべった頃には、隣じゃ、ボスが四割程度しか完成してない作りかけの人間みたいになってたよ。

 麻酔以外の薬品は大量に使ってはいたけど、あれで死んでないんだからたいしたもんだ。芸術だよ」


 ゴドーの不快感は収まってない。

「まったく。何という体たらくでありますか! 正義に寄りかかるからそういう羽目になるであります! 拷問に屈したですと?」


 アカガワは振り向く。その瞳は赤く腫れ、涙の後が頬に残っている。

 見る間に瞳の腫れは収まり、涙の後もコートの袖でぬぐわれる。

「判っている。頼むから拷問に屈したってことにしておいてくれ」


 二人の会話の意味を補佐は知る。

 アカガワは拷問に屈したのではない。

 なぶり殺しにされた家族を見せられ、その犯人であるボスを憎んだのだ。

 殺意に等しい憎しみを拷問官は感じ取り、情報の見返りとしてボスを解体したのだ。

 血まみれの贈り物、そしてアカガワ中隊長はそれを受け取った。


 アカガワは言った。

「拷問官にも副隊長と似たようなことを言われたが、あっちの方が優しかったぞ。

 あなたの行動に恥じ入る要素はまったくないとね。

 情報を得て満足したんだろうな。拷問官は機嫌良く笑いながら廊下の窓に近寄った。

 で、厚いカーテンを少しずらして窓を開けて、窓の隙間から赤いハンカチを投げ落とした」


 ゴドーは言った。

「人質交渉継続の合図ですか」


「そう。交渉は順調だが時間がかかる。あと一時間は連絡がなくとも突入を待てという合図だ。

 さすがは拷問官、そんな取り決めは先刻承知。情報を得たんで、次は逃亡の時間稼ぎだ。

 窓の側には小さな鉢植えがあってな。名前も知らない青い花が咲いていたよ。

 本当に小さな鉢植えで、掌に握り込めそうだった。

 拷問官はその鉢植えを持って私のもとに帰ってきた。

 用が済んだならさっさと出て行けよ! と私はかみついたけど、相手にされない。

 拷問官は鉢から花を抜いて私の髪にさして飾ってくれたよ。そして言ったんだ。

 お嬢さん、まだ葛藤してますね。ってね。

 任務上、必要のない殺しは厳禁、殺さない条件で与えられる最高の苦痛をこの男は与えられている。でも、それでもコイツは生きている。

 拷問官はさらに笑ったよ。無駄な葛藤だと。

 天井を指さし、いや天井のさらに上か。この男が生きるか死ぬかは天の裁きに任せればよろしい。とかほざいてよ。

 次の拷問官の言葉は妙に耳に残ってる。

『裁きの雷と申しますが、いにしえの言葉にありますように、罪の無き者とて雷に撃たれますから、あれはあまりアテにできない』

 もっと簡単にいきましょう。彼が生きるか死ぬかは運次第、そういって鉢植えの中の土を、内臓やら神経、あちこちが丸出しになってるボスにぶちまけて高笑いだ」


 補佐は言う。

「そのボスはどうなったんです?」

「知らん。そういや私の髪に付けた花を外して、拷問官はなんか言ってたな」

「なんと言ったんです?」

「思い出した、『薔薇に香水でしたな』だ。これも、いにしえの言葉とかなんとか。

 あとは睡眠薬を打たれたのか意識が飛んだ。

 病院で気がついた時は六時間ぐらい経っていて全ては終わっていた。

 七時間の間に移動と潜入を果たした拷問官は、見事第三王子とお話を済ませたようだった。これについて第三王子は何も語らなかったがね」


***


 病室を出たアカガワ、ゴドー、補佐の三人は足を速めて指令所に向かっていた。


 ゴドーは言った。

「厄介でありますな」

 アカガワは答える。

「厄介だ」

 補佐は質問した。

「人質事件に先があるんですか?」

 ゴドーは答える。

「違う。その話は終わっておるわい。拷問官がヒノデ村に現れて戦闘訓練を行ったのが厄介だと言っておる」


 アカガワは続ける。

「あれは一流の教師だよ。短期間で村人の戦闘能力を上げた可能性も高い。拷問官仕込みの技をマスターしたタケヤ君か。習得度にもよるが厄介だな」


 補佐は続けて質問した。

「でも、拷問官はもういないし、タケヤの戦力も知れているんじゃ?」

 面倒そうにゴドーが答える。

「判らんか? 拷問官は、戦闘における正解を教えただけじゃない。正解に至るための考え方を教えたと推察できる。アカガワ中隊長殿! 一度、直々にタケヤと接触して腕前を確認してくださった方がよいかと」


 アカガワには一つ疑念があった。杞憂で済むかも知れないがそうでないなら、さらに厄介だ。

「ゴドー副隊長。意見を聞きたい」

「なんでありますか、アカガワ中隊長殿!」

「拷問官は、村長の依頼だけでヒノデ村に行ったと思うか? ヒノデ村で何かを探ろうとしてるのでは?」


「普通はヒノデ村の存在なんて信じませんが、実在を知ったなら、『ヒノデ村が存在する意味』を真っ先に探ったでしょうな。

 それを知れば、内部に潜入より外部の関係者に接触した方が情報は取れると判断するはずです。村人は何も知らないんですから。

 今回は純粋に個人的知り合いである村長の依頼を、プライベートでこなしに来ただけかと。

 医療、戦闘はもとより、拷問官の膨大な知識を考えれば半壊した村の再建には適任でしょう」


 ゴドーの答えは、ヒノデ村の存在を知り、興味を持った拷問官たちが、知的好奇心を満たすためにホイホイとこの村にやって来るか? という危惧に対する答えだった。だが、アカガワの危惧はそこではない。


「それもあるがそうじゃない。質問を変えよう。

 もしも拷問官がタケヤ君に興味を持ち、彼から、彼の情報、彼が知る情報を得た場合、拷問官は彼に『贈り物』をすると思うか?」


 その問題をゴドーはまったく考えてなかった。走りながらしばし沈黙し、口を開く。

「……情報に対する報酬は出すでしょうね。

 タケヤ君相手の話には限りません、村人の誰かが拷問官が食いつくような知識を提供すれば、見返りは与えるでしょう。私物の持ち込みはなかったはずですが、拷問官が何をやらかすかの予想は無理です」

 

 アカガワは急に足を止め、叫ぶ。

「あ! しまった!」

「いかがなされました! まだ何かありますかアカガワ中隊長殿!」


 アカガワは顔を赤らめる。

「年末にキガシラを倒した時にさ」

「はいであります、アカガワ中隊長殿!」

「思いっきり『あなたと会うことはもうないわ』とかタケヤ君に言っちゃった!」

「知りませんでありますよ、そんなこと! 頭部特殊鏡面ギア付けてたらバレやしません!」

「でも声とかでバレない?」

「口を閉じてりゃいいんですよであります!」

「いや、ちょっとした仕草とかでもさ」

「今までの情報を総合しても、タケヤとかいう人物にそんな鋭さがあるとは考えられないであります!」


「……バレないならバレないで、ちょっと腹立つじゃない」

「いきなり顔を真っ赤にして、何を、わけわかんないこと言い出すでありますか! 恋する乙女でありますか! 似合いません、気色悪いであります!」

「そんなんじゃねーよ! バツが悪いという話をしてんだよ! ……おう、待て。なんだ気色悪いって!」

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