01-16 『アカガワ中隊長(14) アカガワと拷問官』 4月3日
アカガワは当時の状況を思い出し、ヘラヘラ笑った。
「笑うぞ。人質部屋の扉が開いたんだよ。何事もないように扉を開け、ヤツは姿を現し扉を閉めた」
「?」
「私はてっきり、本当のボスがお出ましかと思った。でもそうじゃないのはすぐ判った。今まで交渉していたボスも、ソイツの姿を見て呆気に取られていた。
ボスはすぐに気を取り直して『罠か!』とか叫んでソイツに斬りかかったよ」
ゴドーはアゴをさする。
「察すると部屋から出てきたソイツが拷問官ですか」
アカガワはうなづくが、補佐には判らない。
「どういうことです? 拷問官が人質事件の黒幕? じゃないか、ボスが驚いてるんだから」
アカガワはふざけた口調で説明した。
「ピンチの時に現れる、謎のヒーロー拷問官さ。我らが必死こいて内情を探ろうとしてもまったく手が出なかった人質部屋だ。
その人質部屋の内部を探るどころか潜入して、賊の手下を全員半殺しにして颯爽と登場ときたもんだ。
さらに、襲いかかるボスを手にした杖でちょいと突いて完全に無力化。ヤツは膝立ちになって、倒れることさえできやしない」
補佐の顔が明るくなる。
「拷問官は味方だったんですか!」
アカガワは続ける。
「返す刀で……刀じゃないか、杖だ。
ボスを無力化した攻撃から、流れるように構え直して、阿呆のアカガワ隊員の鳩尾にも、ちょいと一撃、こっちも全身が痺れて完全無力化だ。
私とボスは、間抜け面を晒して拷問官の前に膝立ちだよ。
その写像と違って、その時の拷問官は帽子をかぶってパイプをくわえてたな。
杖を自分の腕に引っかけ、帽子を右手、左手にパイプを持ち直し、私に深々と挨拶だ。 たいした紳士だよまったく。
喜べゴドー副隊長! 楽しい拷問タイムの始まりだ!」
「あー、さすがにこの状況を知らされて喜ぶのはどうかと思いますです。
どうせアカガワ中隊長殿は拷問官にくってかかったんでしょ?」
「おうよ。ちょいと生殺与奪権を握られたぐらいで、大人しくなんかするもんか。
お前がなんだか知らないが、部屋の中の人質を確認させろと吠えた。
拷問官は帽子をかぶり直しながら言ったね。
『人質は全員死亡していましたと』
はいそうですか。とは言えんわな。賊を倒す時に、この爺様が人質を殺してるのかもしれないんだし。
私が扉の正面で膝立ちになってたからかな。説明するよりは見せた方が早いと思ったのか拷問官は扉を開けた。
えーと、部屋の中の状況が丸見えになったけど、どんなだったか説明する?」
ゴドーが答える。
「グロいんでしょ? ピュアな隊員が、そんな任務に駆り出されるなら、僕、出世するの嫌だ! とか言い出しても困るので柔らかい表現でお願いします」
「よーし、任せろ」
ゴドーと女医は大丈夫であった。
だが柔らかい表現にすべき勘所を、ことごとく外したアカガワの説明に補佐と怪我をした隊員の顔が青ざめる。
しばらく惨状の説明を続け、アカガワがまとめる。
「要するにだ。人質は子供を含め数時間前に、全員なぶり殺し。
私の交渉ミスで殺された子供や、拷問官がついさっき殺したような、新鮮な死体はなかった。
生乾きでベタベタした赤黒い血の海で、頭潰された芋虫みたいに蠢いてるのは、拷問官が全身の関節をぶっ壊した賊たちだけ」
ゴドーは言った。
「『要するに』の後だけで、充分過ぎるほど伝わりましたでありますよ、アカガワ中隊長殿! 『蠢』なんて怖い文字を使っちゃいけません! ほらほら、貴様たち! こんなおっかない任務なんて滅多にないから笑って笑って!」
アカガワが異を唱える。
「そうか? 年末のキガシラ斬殺とか結構血みどろ案件が多いんだけど」
ゴドーはアカガワをたしなめる。
「アーカーガーワ中隊長殿! 大丈夫大丈夫。こういう任務は慣れた人に回るからね!」
これにはアカガワも同意した。
「まあそうだよね。私は違ったけど、普通は惨殺現場の掃除から始めて慣れさせるんだっけ?」
どんよりした顔で補佐が言う。
「子供までなぶり殺しですか」
今度は補佐の言葉をゴドーがたしなめる。
「補佐よ。そのなぶり殺しにされた家族ってのは、暴虐を極めた前政権の政治家の家族で、賊ってのはその政治家たちに家族を虫けらみたいに殺された連中だったら?」
「そうなんですか?」
「いや、知らん。今、思いつきで言っただけだ。
なぶり殺しで可哀想、報復なら仕方ない。
そういう安っぽいストーリーでふらつくような部分に感情を置くなといってる。
そうでありますな、アカガワ中隊長殿!」
アカガワの言葉は曖昧だった。
「あぁ。まぁ。……そうなんだろうね。マニュアル的には」
ゴドーは追求する。
「いけませんなぁ、アカガワ中隊長殿。
ボスの叫ぶ、ガキを殺せ! ってのは明らかにアカガワ中隊長殿を動揺させて、隙を作る為の嘘ではありませんか!
だいたいですな! そのような嘘が通用すると思われる時点で……」
「うるさいよ。何年も前に終わった事件で、なんで上官でもなんでもなかったオッサンに説教されなきゃならんのだ。
でだ、拷問官だよ、拷問官の爺さんだよ問題なのは」




