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01-15 『アカガワ中隊長(13) マニュアル』 4月3日

 尋問が終わったなら出て行って欲しいなぁと、タケヤに怪我を負わされた隊員は思ったが、中隊長、副隊長、副隊長補佐、医務官相手に文句を言う勇気はない。


 お偉い四人は椅子にどっかり座り、この狭い病室で話し合いを続けるようだ。


 アカガワが口を開く。

「あれは二年ぐらい前か。私は副長としてとある王宮の警護任務についた。責任者がぐうたらで、配置やら何やらは全部私が行った」


 当然、ゴドー副隊長は食らいつく。

「そのご苦労、非常によく判ります!」


「この警護任務はどうでもいい。同じ時に近くの都市で人質事件が発生して、私は応援にかり出されたんだ」

 その経緯がゴドーには判らない。

「人質事件で応援? どうしろってことです? アカガワ中隊長殿に交渉のスキルがあるとは思えませんし、突入部隊の指示程度なら、誰にでも出来るでしょ?」


組織うちとは、元々なんの関係もない人質事件だったんだよ。

 その都市の警察が対応してたが、ぐちゃぐちゃな交渉で、こじれにこじれて進退窮まって、組織うちに応援要請が来たんだ」


 その説明でゴドーは理解した。

「あぁ、汚れ仕事ですな」

 補佐は質問した。

「どういうことです?」


 アカガワが説明する。

「都市側から来てるのは『指揮権は全てそちらに渡す。こちらの要望は人質の安全確保』って依頼だ」

「……普通ですよね?」


「事件発生と同時の応援要請ならな。

 最初から丸投げなら、こっちも専門スタッフが交渉を行う。

 でも、これはそのパターンじゃない。

 さっきの依頼は『人質が死のうがどうなろうが構わない、なんでもいいから事件を解決しろ』って意味だ」

「いや、でも人質の安全確保の依頼なのでは?」


 ゴドーは再び補佐の髪の毛をグシャグシャにし、我が中隊の隊員は素直でスイマセンねぇ、とアカガワに謝る。


 アカガワは言った。

「つまり、人質が死んだなら、それは依頼をこなせなかったお前らの責任だ! って向こうは言ってんだよ」

「無茶苦茶だ!」

「そうさ、無茶苦茶だ。しかもここの警察は腐敗してて、人質事件の犯人たちと癒着してるのが見え見えときたもんだ」

「全部グルなんですか!」

「グルならまだいいよ。茶番で大金が動いて、人質が無事ならそれはそれで構わない。

 でも癒着はしてたが、事件がでかくなりすぎて、今はもう警察側が裏切ったって空気だった。

 かくて私は敵のボスと最後の単独交渉に挑んだわけだ」


 ゴドーが笑う。

「腐敗警察に裏切られた犯罪者相手の交渉に、アカガワ中隊長殿を派遣するとは、我が組織は憎いぐらいまでに適材適所でいきますなあ」

「どういう意味だ、オッサン?」

「判りませんかアカガワ中隊長殿? 

 犯人から見れば、どうやら警察に切り捨てられましたよと。

 さらに、我が組織から得体の知れぬ怖い顔した化け物娘が、交渉役として派遣されてるわけです。

 口封じに殺しに来たとしか見えませんわな。徹底抗戦しても殺されるなら、一か八か人質を解放して命の保証を取り付けたくもなるでしょうよ」


 ゴドーに言われ、初めて自分に応援要請が来た意味を知ったアカガワは、舌打ちしながらベッドの脚をゲシゲシ蹴る。


 ほんと、我が中隊には素直な子しか居ませんよ! 笑いながらゴドーはアカガワの髪の毛もクシャクシャにした。


 どんな銀蠅でも逃げ出す動きでゴドーの手を払い、アカガワは話を続ける。

「で、最終交渉だ。

 犯人は高級ホテルの1フロアを占拠してた。広い廊下には真っ赤な絨毯が敷き詰められてた、凄く高価そうだった。

 廊下の端には私が一人、長い廊下の先には敵のボスが一人。


 それほどでかい男でもなかった、副隊長ぐらいの体格で、凶悪な感じでさえない。

 こんな状況で普通の表情をしてるんだ、殺しに慣れまくってるのは感じられた。

 私はボスに近寄ろうと廊下を歩いた。


 どうしてか判らないけど、その時の絨毯の感触が今でも忘れられない。気配を消す気は全くないのに全然足音がしなくて、夢の中を歩いてるようだった。

 ボスの腕のほどは判らないけど、少なくとも間合いの取り方は知ってた。

 悲鳴をあげる前にボスを斬り伏せるには、少し遠い距離で、それ以上は近寄るなと言われた」


 ゴドーは言った。

「完全武装で交渉開始ですか。上手くいきましたか?」

「思っていたよりはな。拍子抜けするほど、素直に会話が出来て驚いたよ。

 まさか、相手は謎の化け物を相手にして、腹の中じゃ命の危険に打ち震えていたなんてその時は思いもしない。

 要求は単純だった。国外逃亡を許すなら人質は全員解放するとさ」


「アカガワ中隊長殿の顔芸様々ですな!」

「ところが、私が人質の安全確認を要求しても、頑なに拒否しやがるんだよ」

「どう見ても人質は既に皆殺しパターンでありますな。アカガワ中隊長殿はどう判断しました?」

「人質が大人だけなら、私もそう判断してたろうな」


「おや、子供もいたんです?」

「人質は四家族。子供は生かしてるパターンが捨てきれなかった」

「子供の気配がしたと?」

「いや。そのボスの背後の部屋、人質が捕らわれている、スィートルームからは何の気配も感じられない。賊の手下の気配もな。当たり前だ、高級スィートから小さな気配の音漏れなんかするはずない」

「甘いですな、中隊長殿。子供が交ざってても八割方、人質は全滅でありますよ」

「判ってる。この剣を鞘から抜いて、私は言ったよ。人質の確認が出来ないなら叩っ斬るって。ボスは激昂して叫んだな、『ガキを一人殺れ!』と」


 ゴドーの冷静な言葉が補佐をゾクリとさせる。

「あら残念、残りの二割でしたか。ま、不可抗力ですな」


 補佐は言う。

「あの、偉くなるとそんなにヘビーな任務が待ってるんですか?」

 ゴドーは答える。

「こんな任務がしょっちゅうあってたまるか。でも安心しろ。こういう任務の対応は全部マニュアル化してある」

「……どんなマニュアルです?」

「人質の救出を諦めて賊の捕獲を優先しろとかだな」

「えげつないですよ」


「大丈夫、慣れる慣れる。悪いのは全部、そんなマニュアルを書いた奴だから。

 で、まさか中隊長殿はマニュアルを無視して、ボスの無力化じゃなく、扉の向こうの人質救出に向かったんじゃないでしょうね」


 恐ろしく不機嫌な顔をして、アカガワは舌打ちをした。そしてそのまま黙っていたが、やがて口を開く。

「さあな、どうだったかは忘れた」

「アカガワ中隊長殿! 忘れたはないでしょ、忘れたは。事件は結局どうなったでありますか?」

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