01-14 『アカガワ中隊長(12) 拷問官』 4月3日
「なあんちゃってであります!」
ゴドーはいつもの声に戻り、補佐と隊員の髪をグシャグシャにした。
「信じた? 信じた? わっはっは!」
補佐の体は固まったままだ。
副隊長のおふざけにアカガワが怒鳴ったのなら、補佐も笑えただろう。
だが、補佐も女医も怒った様子はない。二人は静かに何かを思案している。
補佐はゴドーに尋ねるしかなかった。
「世界が滅ぶとか、冗談でしたか」
「なんだ貴様! 世界が滅ぶから頑張る、滅ばないなら頑張らないなどとふざけた考えであるか?」
「いやいや、そういう話じゃなくてですね」
補佐の困惑をよそに、アカガワは静かな口調で言った。
「二十四時間の監視を数人のスパイでは無理だろ? まさか三十人足らずの村人のうち十何人がスパイなんて馬鹿な話はあるまい」
「あぁ、そこですか。村長というか炭焼き小屋の監視はですね、ヒノデ村境界線外にある第一中隊の観測施設を使用しております」
「まて。施設の建設はやらないんじゃなかったのか? 屯所もわざわざ山の向こうに作ってるぐらいなのに」
「谷間の道を使ってるので、屯所に行くのに時間はかかりませんがね。
施設の建設を行わないのは、ヒノデ村の連中に占拠されない為でありまして」
「物資を渡したくないだけで、観測所の類いなら構わないってことか」
「左様であります」
「村長に張り付いていたら、村人にそいつがスパイだとバレバレなんじゃないのか」
「あれであります。鬼との戦闘を拒否し、村と距離を置く村人に扮してますので行動はかなり自由であります」
「村長の食事は?」
「食堂から炭焼き小屋の無人の一室に、村人が運んでおります」
「無人の部屋? そこでの村長と村人との接触もなしか」
「タケヤ君が食事の運搬を行ったことはありませんであります。まあ、極秘に運搬人と村長が接触、運搬人がタケヤ君と接触という手も不可能ではありませんが」
「そこらの挙動は、最優先で監視。不自然な動きがあればすぐ判ると」
「そんなとこであります」
ベッド横の質素な椅子に座るアカガワは足を組み直す。そして右手の人差し指で宙に輪を描く。
「振り出しに戻ったな。誰がタケヤ君に、誰が村人に戦闘訓練を行った?」
アカガワのじっとりした視線を向けられゴドーは言った。
「本当に知りませんでありますよ! 答えが判らないといって部下を疑うのはあんまりであります!」
「だっておかしいじゃないか」
恐る恐る補佐は手を挙げた。
「あのですね、心当たりが」
「なんだと! 本当だろうな! 間違ってたらただじゃおかんぞ!」
ゴドーは言う。
「そういう部下が萎縮するような態度は駄目なんですよ、アカガワさん。じゃなかったアカガワ中隊長殿!」
いまさらその程度で萎縮するもんかと思いつつ補佐は言った。
「外部から合法的にヒノデ村に侵入できる者が居ます」
「なんだと!」
「村長代理ですよ」
アカガワは言った。
「何言ってんだ。村長代理が本格的な戦闘訓練なんてするわけないだろ」
「そうでもないんですよ」
任務の長いゴドーは気がついたが、アカガワはピンとこない。
「なんでだ? 村長代理はコチラ側の人間だろ? わざわざ利敵行為なんかするわけないじゃないか」
「そこが誤解なんですよ」
「ん? 判らん。説明しろ」
「確かに村長代理はコチラが用意します。ただ、あくまで村長代理の任命権は村長にあるんですよ」
「そうなの?」
「はい。農耕に詳しい人物、建築に詳しい人物。そんな感じで大まかな指定が村長から来まして、その条件にあう人物をコチラで選定し村長代理をお願いしております」
「それがどうした? 大まかな指定があるってことは、まさか」
「はい。今年に入り、一人だけ村長から名指しの指定がありました」
アカガワの非難する視線にゴドーは首を横に振る。
「勘弁してください、私にだって盲点だったんですよ! 村長代理の就任なんかわざわざ立ち会いませんし! それにですね、名指し指定の村長代理は短期に限られてたよな、補佐!」
「ですねえ。そこら辺にはまたややこしいルールがあって、名指しは本当にピンポイントの村長代理になりますね。今回も一週間の任期だったかな?」
「一週間でタケヤ君に、基本訓練? 無理っぽいな。タケヤ君に付きっ切りなら、そのスパイとかが気づくだろ。でもない?」
ゴドーが答えた。
「最重要は村長の監視でありますが、当然ヒノデ村内部の異常事態への監視もしてます。村長代理が村人の一人に付きっ切りなら報告があるでしょうな」
村人と距離を取るスパイ。村人に完全に紛れ込むスパイ。最低で二人のスパイがヒノデ村にいるとアカガワは知る。
「というかさ。そんなスパイがいるなら、タケヤ君の逃亡とか先に判らないのか?」
「さすがに組織的な逃走でないと予見は無理でしょうであります。
個人なら、今日は天気がいいしちょっと逃亡でもしようかな? とかありうるので」
「それもそうか。
話は戻るが、村長の肝いりの代理とはいえ、一週間程度で訓練は無理だろ」
ゴドーは自分の経験から意見する。
「文書、書籍の持ち込みは村長代理といえど禁止。中で教本の類いを書き残すのは可能ですが」
「馬鹿言うなよ、副隊長。一週間で何十枚も原稿を書くなんて、そんな恐ろしいこと出来るわけないじゃないか」
「ショボい基準を持ち出さないでください! アカガワ中隊長殿!
教本は、補助でありますから、肝要な部分の伝授が短期間に可能かどうかは、教える方の能力でありましょうな」
ゴソゴソと補佐は鞄から書類を出す。
「その村長代理のデータもありますが、経歴は不明になってますね」
アカガワが、どれ見せてみろと補佐に手を伸ばす。
だがアカガワが受け取る寸前にゴドーが書類を奪い取った。
憤慨するアカガワを横目にゴドーは言う。
「あぁ、これは判りやすい爺様ですな! 完全に人殺しの眼だ。
しかも手練れと見えます。
知能レベルは高そうですな。コイツなら短期間の訓練を村人に施せそうです」
イラッとした猫のごとく、フウッ! と鼻息を吐きゴドー副隊長の手からアカガワは書類を奪う。
そして沈黙が広がる。
異様な空気に女医が言った。
「どうしました、中隊長」
アカガワはゆっくりと、書類に記された村長代理の写像から目を離す。
女医は再び口を開く。
「顔色が悪いですよ、中隊長」
舌打ちをしながらアカガワは自分の頭を叩く。
「なんでコイツが、ヒノデ村に居るんだよ! いや、任期は済んでるから居たんだよ! か」
明るい大声でゴドーが尋ねる。
「お知り合いでありましたか、さすがはアカガワ中隊長殿! 人殺しは人殺しを知る! ってやつですか!」
元からつまらぬ冗談なので笑う気はなかったが、怒鳴りつける気力もまたアカガワから消えていた。
「ゴドー副隊長。こいつ『拷問官』だぜ」
「マジっすか?」
補佐はアカガワの言葉を、今回は冗談だと判断した。
「またまたあ。アカガワ中隊長、拷問官なんて都市伝説じゃないですか!」
「都市伝説ねえ。どんなのだ?」
「拷問官、それは一二〇〇年前に瓦解した、神殿騎士団のなれの果て。失われた、忠誠を誓うべき教義を探し求めるうちに変質したんでしたっけ。
今はただ、己の知識欲を満たすために暗躍し、情報を得るためにはいかなる手段、いかなる拷問も辞さない異常者の集団。こんな感じで」
あきれた声でアカガワは言った。
「なんだそれ。つまらない都市伝説だな」
「知りませんよ、私が考えたわけじゃありません。手掛かりがなく、犯人の見つからない惨殺事件はこの拷問官の仕業だ! って感じで」
「つまらん、つまらん。まったく都市伝説の体をなしてない」
「はい?」
「だって、それ全部真実だもの」
助けを求める補佐の視線を向けられたが、ゴドーにもどうしようもない。
「我が輩も接触したことがないから、そこらは判らん。ただ、我らの規則にはあるんだよ。その拷問官の存在を前提にした規則が」
「知りませんよ、そんなの!」
「もうちょい出世して、重要情報を扱うようになるまで知らされぬな」
「どんな規則です?」
ゴドーはアカガワを見る。アカガワは言ってもいいんじゃないと首を縦に振る。
「拷問官に接触し、情報を要求された場合は。要求された情報を開示して良い。
開示した内容はすぐに報告せよ。だ」
アカガワは眉をひそめた。
「馬鹿だったよ。私も補佐と同じように拷問官の存在なんて信じてなかった」
ゴドーは興奮する。
「アカガワ中隊長殿! それはつまりアレですか! この爺様の拷問官に拷問されちゃったって話ですかでありますか!」
「そうだよ」
「ど、どのような恥辱にまみれた拷問を受けたのか、よろしければ微に入り細に入り教えて欲しいであります!」
「ああ、それはもう恥辱まみれのエグイエグイ拷問でしたともよ。つまらないけどな」
「つまるとか、つまらないとかはコチラで判断する部分であります! ぜひ、ぜひお話を!」
「かまわんけど」
絶対、副隊長が想像するような話にはならないだろうと、補佐は思った。