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01-12 『アカガワ中隊長(10) 五日間徹夜した男前に一本背負い』 4月3日

 補佐がパンパンと手を叩く。

「はい、皆さん、ちょっと落ち着きましょうかー。

 まず、キミ。任務に失敗したぐらいで見せしめに殺したりしませんよー、うちはマフィアとかじゃないよねー? なに? 中隊長の顔が怖い? あー、そこら辺の話題はデリケートなとこなんで止めときましょうかー、ただ、よく見てみましょうねー、アカガワ中隊長の顔は薄気味悪いかもしれないけど、怒らせないとそこまで怖くないでしょー。


 次、アカガワ中隊長。お怒りはごもっともですが平常心を保つように努力してくださいねー、最後の方の発言、支離滅裂でわけが判りませんでしたよー。

 あと、コップが近くにあるからといって投げるのは止めましょうねー、うちの隊だけ、やたらとコップの発注が多いって、他の隊の事務方にからかわれてるんですよー。


 そして副隊長。いい加減にしてくださいねー、スレてない隊員は真顔で冗談を言うと信じちゃいますからねー、いいですねー、なんでお前が仕切ってんだよ? ですかー?

 それは指揮系統が混乱してるからですよー、誰のせいで無駄に混乱してるのかなー?


 女医の先生はそのまま副隊長のマークを続けてくださいねー、最悪、鎮静剤や睡眠薬の使用も許可しますよー、でもメスで滅多突きとかは駄目ですよー。いくら自分で治せるからって斬っていいわけじゃないですからねー。

 以上」


 中隊の隊員は、みんな私を信じてるんじゃないのかよ、それなのに死を持って償えとか、なんで本気にしてんだよ、と、しばらくグチグチ言っていたアカガワだったが仕事に戻り尋問を始める。

「最初に確認しておく。お前と戦闘を行い怪我を負わせた村人はコイツに間違いないか?」

 補佐はアカガワの指示でタケヤのファイルを隊員に見せる。

 曖昧にも思える返事が戻ったが、それは予想できた。

「たぶん、この人です。けど雰囲気はかなり違ってました」

「どういう風に違った?」

「そうですねえ、このファイルの男が五日間ぐらい徹夜したとこに一本背負いを決めた感じですか」


 なんで皆、タケヤ君について語る時、さも当然のごとく徹夜に絡めるのか補佐には理解出来なかった。だが、タケヤ君を知るものは、そこに違和感をまったく覚えていないようだ。

 アカガワはもう少し確認を続ける。

「一本背負い? 受け身は」

「勿論受け身はとってます」


 副隊長はアゴをさする。

「年末に遭遇したアカガワ中隊長殿の所見では一週間の徹夜、数日前に遭遇したコイツの話では五日間。数ヶ月の間にタケヤ君の鋭さが増してそうですな。

 7Daysタケヤ君から5Daysタケヤ君、このまま突き進み1Dayタケヤ君、あるいはゼロDayタケヤ君になった時に何がおきるかであります!」


 補佐は笑う。

「またまた、副隊長ったらそうやって馬鹿な話で盛り上げようとして! ってアカガワ中隊長、神妙な顔をしてますね。もしかして副隊長の考察って真面目な話なんですか?」


 我が輩、真面目なだけが取り柄だからなあ、ワッハッハという副隊長の言葉は取り合わず、アカガワは答える。

「あの人に関してはちょっと判らなくなってきた。

 よし、率直にきくぞ。そのお前が遭遇した村人、タケヤは強かったか? 怪我を負わされてるんだから、弱いとは言いにくいかもしれないが、戦闘での、まぎれは承知してるから気にするな」

 まぎれ。

 武器を持っての戦いでは何が起きるか判らない。通常の腕前では、まぐれの一撃で決することもある。


 隊員は答えた。

「そんなに強いとは思いませんでした。巡回中に犬が騒いだので駆けつけると、そのタケヤとかいう村人が居ました。

 私を見てちょっと驚いていたようですが、『お手合わせ願います』と言って武器を抜いて、戦闘開始です。犬が吠え続けたのですぐに応援が来るのは判ってました」


「強くない。というのは曖昧だな。どのレベルだ?」

「レベルと申しますと?」

「んー。戦闘経験のあるなし。あるならどの程度の腕前か。あるいは、ずぶの素人が刃物をもって暴れただけか?」

「あぁ、それなら武器の初歩的訓練は、どうにか積んだ程度にみえました」


 年末の時点で、タケヤが戦闘経験がまったくないのは明らかだった。

 アカガワは続ける。

「何をもって、訓練の有無を判断した?」

「あいつも、黒い剣を使っていたんですが、ちゃんと垂線を開いてましたから」


 その答えに、アカガワと副隊長は、ほぅと興味を持つ。

 女医には垂線を開くという意味が判らない。

 女医は補佐にきく。

「補佐。垂線を開くとは何だ?」

 しゅっと補佐は腰の剣を抜く。

「先生、武器の訓練は?」

「医療班だから任意だよ。受けてない」

 補佐は説明した。

「我が隊に支給されているこの剣、基本的に切れないんですよ」

「なんだと? そんなわけないだろ」

「基本的に。ですよ。これで自在に物を斬るにはかなりの鍛錬が必要です。なにせ刃がついてないんですから」

「それ、いろいろとおかしいだろ」

「説明すると長くなるんですが、鍛錬なしで、こいつを剣として使う小技がありまして。それを垂線を開くと申します」

「わからん」

「身も蓋もない言い方をしますとですね、まともには切れないから、この剣の角ぶつけちゃうんですよ。角をぶつけて食い込ませればザラザラしてるんで引き抜けば斬れます。やすりで、こすり切る感じで」

「じゃあ、なんだよ垂線を開くってのは」

「地面にたいして、平行垂直に剣の面を向かせて構えるのが垂線を立てる、わざと角度をつけるのが垂線を開く。と呼びます」


 アカガワが続ける。

「つまりだ先生。タケヤ君には指導者がついてる」

「偶然じゃないの?」

 女医の疑問を隊員は否定した。

「いえ、攻撃の後は決まって垂線を開いてるか確認してました。確認で隙を作る、初級者がよくやるパターンです」

 

 女医の疑問は一つ消え、別の疑問が浮かぶ。

「ふーん。で、それがどうした中隊長?」

 補佐もその疑問にのる。

「私も不思議でした。そのタケヤというのがどういう人間なのか知りませんが、戦うタイプではないという、予断が強すぎると思います。

 状況によれば、戦う覚悟ぐらいできるのでは?」


 アカガワはしばし考え、言った。

「すまんな。最初、私はこの違和感をタケヤ君に結び付けて考えていた。

 でも本質はそうじゃなかった。タケヤ君じゃない村人の誰かでも構わないことだったんだよ。

 『村人が脱出をはかり、隊員に怪我を負わせた』ここがおかしいんだ」


 補佐は理解出来ない。

「それの何がおかしいんですか?」

「居ないんだよ」


「はい?」

「現在のヒノデ村には戦闘訓練を行える村人は存在しない。去年の年末に戦闘経験のある村人は全員死んだ。

 タケヤ君が一念発起して、戦闘技術を学習しました。そうですか、無駄な努力だがそれはそれで結構な話だよ。

 では誰がタケヤ君に、こんな面倒な剣の使い方を教えた?」


 アカガワが何を警戒しているか? 補佐と女医は理解する。

 補佐は言った。

「外部からの侵入者がヒノデ村に?」


 副隊長が断言する。

「あり得んな」

 アカガワは言った。

「副隊長。どうして言い切れる?」

「舐めて貰っちゃ困りますよ、アカガワ中隊長殿。逃走を阻止する仕掛けはまた、侵入を阻止する仕掛けでもあります」

「まあ、そうだろうな。では、タケヤ君の一件についてはどう説明する? 教える者が居ないのにどうやって学んだ?」


 確信も何もない意見だが、補佐は言った。

「その実、タケヤ君というのは武器の扱いに関して天才的な能力が……駄目だ、おかしいや」

「そう、それはない。

 あの剣を天才の類いが初見で使いこなしたという逸話は珍しくない。

 タケヤ君もそうでした、という話なら驚きはしても納得出来ない話じゃない」

「でも垂線を開くってのは、不慣れな初学者用の持ち方ですからねえ」

「うむ。そうなると剣の使い方を知っていそうな人物は『村長』しかいないと私は思うが、どうだ副隊長?」


「それもあり得ません。タケヤ君と村長の接触はありません」

 尻尾が少し見えたかなとアカガワは笑う。

「ほう。まるでタケヤ君をマークして監視してるような口調じゃないか」


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