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01-11 『アカガワ中隊長(9) 尋問』 4月3日

 副隊長は一人で怒っていた。

「どうしてでありますか! 格好いいじゃないですか、第ゼロ中隊! なんの不満があるんですか! 判った、第零中隊の方がいいって話でありますか!」


 副隊長の相手をしてもどうにもならないので、アカガワは女医に問う。

「さっきも言ったが、負傷して入院してる隊員に尋問、まあ聞き取り調査程度だが、話をしたい。構わないか?」

「どうぞ。ただし立ち会います」

「うむ」


 通路と言うには狭い、ただの仕切り板と仕切り板の隙間を歩き、アカガワたちは病室に向かった。

 天幕に、日光を完全に遮るほどの厚さはないので内部は明るい。風で天幕は軽く揺れ、それにつれて内部の明かりも揺らぐ。


補佐と中隊長が最初に、続いて女医が、最後にアカガワが病室の中に入った。



 部屋の中は質素な物だった。

 中央に置かれた簡素なベッド、私物を置くための棚。キャスター付きの細い机が、ベッドの隣に置かれている。机の上には空のコップが一つ。

 壁代わりの仕切り板のそばには、折りたたみ式の椅子が置かれている。


 補佐辺りが、さっさと動いて椅子の準備をするだろうとアカガワは思っていたが。彼は動かない。副隊長も女医も動かない。

 三人の背中でよく判らないが、三人はベッドの上の者を見て戸惑っているのに違いない。

 アカガワは言った。

「どうした、怪我人がまさか逃げたなんて……ちゃんと居るじゃないか」

 背中の隙間からベッドを見れば、確かに誰かが座っているのが見えた。


 強い風が吹く。


 天幕越しの日光は薄く白い緑色に見える。緑色の揺らぎに照らされた隊員は、頭から毛布をかぶり震えてた。

 足を抱え座り、頭から毛布をかぶる。

 顔はよく見えない。

 が、わずかに見える口元が震えているのは判る。

 恐怖に震えているのだ。


 補佐が言った。

「先生。報告書にあった症状と違うようですが」

「ああ。軽い負傷だが、腹部を打ち血尿が出ていた。それで大事をとって経過観察としたが、精神的には何の問題もなかった。はずだ」

 副隊長が言った。

「フラッシュバックですかな」

 素人の勝手な診察ではあるが、女医の見立ても同じであった。

 補佐が質問する。

「なんです、フラッシュバックとは?」


 アカガワが答える。

「修羅場の中にいるうちは平気なのよ」

「はい?」

「修羅場を越え、安全な場所に待避でき、全てが解決した頃に恐怖が来る。自分がどんな修羅場にいたか再確認して恐怖に襲われる」

「へえそうですか。でもおかしいですよ、そんな修羅場があったなんて報告は。あ、タケヤ君との戦闘ですかもしかして。彼が負傷して、すぐに他の隊員が到着してタケヤ君は逃げたので戦闘の詳細は彼しか知りません」

 アカガワは眉間に皺を寄せる。

「だからそれを聴きに来てるんでしょうが」


 さすがの副隊長も、大声を張り上げるのを控える。

「何を見たかは知らんが落ち着け。アカガワ中隊長の面会であるぞ」


 隊員の震えがさらに強くなる。


 アカガワは女医に目配せする。女医はうなづく。

 尋問を始めてもよい。ただし会話になるかは判らない。あまりに酷いようなら鎮静剤なりの処置を行うという意味だ。


 アカガワは一歩、隊員に近づく。

 わなわなと震える唇からは、かすかに『アカガワ中隊長』という言葉が聞こえた。

「そうだ、私がアカガワ中隊長だ」

 その一言で隊員はさらにビクリと震え、頭からかぶる毛布がするりと落ちた。


 まだ若い男の隊員だ。アカガワとさほど歳も違わないだろう。

 隊員の顔には恐怖が浮かんでいた。まるでアカガワが死刑執行に現れたかのように。


 尋常ではない恐怖。タケヤとの接触からは少しは時間が経っている。それでも鮮明によみがえる記憶がこの隊員をここまで怯えさせているのか。

 タケヤとの戦闘で何があった?


「お前が接触した村人との戦闘について、聞きに来た」

 恐怖で強ばる顔。

 必死になり振り絞られる言葉。

 隊員は覚悟を決めて言った。

「あ、アカガワ中隊長……命ばかりはお助けを!」


 嫌な間が空く。


 隊員がもの凄く変なことを言ってる。

 最初に口を開きかけたのは女医だったが、アカガワは右手をヒラヒラさせ、黙るように指示を出す。

 続いて補佐が発言しかけたが、これもアカガワは制す。

 アカガワはギロリと副隊長をにらんだが、彼は視線を合わさずに下手な口笛を吹いている。


 頭痛を堪えるように、というか実際に頭痛に襲われたアカガワは、こめかみを指で押さえ、言った。

「よし、判った。犯人は副隊長でトリックはこうだ。『アカガワ中隊長殿は失敗を許さぬお方だ! 失敗は死をもって償わせる!』とか言われたんだろ?」


 副隊長が叫ぶ。

「よく判りましたな中隊長殿!」

「判るわ!」

 アカガワは机の上にあったコップを副隊長に投げつけ、見事に眉間に命中する。

 女医に羽交い締めにされ、後頭部に頭突きを食らわされた状態では、副隊長にもコップを避ける余裕はない。

「軽い冗談だったのに!」


 可哀想な隊員はよせばいいのに命乞いを続けた。

「お願いします、中隊長! 命ばかりは!」

 アカガワはベッドの上の隊員の胸ぐらを掴む。

「お前もなんで、そんな戯言を信じてんだよ! 殺すわけないだろ! ふざけんな、ぶっ殺すぞ!

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