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01-01 『村長代理』 2月1日

 男の風貌を一言で現すなら老教授といったところだ。

 派手な装飾を避けた黒いスーツ。スーツに合わせた黒い帽子の下では、白髪が後ろになでつけられている。


 皺の寄った温和な顔つきの中、学究の徒らしく好奇心にあふれる眼光は鋭い。

 飴色をしたパイプをくわえ、紫煙をくゆらせながら道を進む。

 老人の片手は杖を握っているが、歩みはしっかりしている。


 老人の本職は教授でもなければ、教師でもない。

 もっとも、教師ではないが、老人には多くの生徒を指導育成した実績がある。

 真実を求め彷徨う者、学究の徒に限りなく違いが、老人はその手の類いの者とは違う。

 うららかな陽射しの下、老人は道を歩く。

 踏み固められただけの道の隣では、寄り添うように小川が流れている。遠くの森からは鳥のさえずりが聞こえている。風が近くの木々の中を駆け、葉の揺れる音がする。


 どこにでもありそうな、ありふれた田舎の光景だが、それを見つめる老人の視線は、やはり好奇心に満ちあふれている。

 すべてが興味深い。この景色すべてを脳裏に刻み込みたい。そう老人は願う。


 ここはヒノデ村。


 その実在を検証する気にさえなれない、馬鹿げた出来損ないの悪趣味なおとぎ話の村。

 だがヒノデ村は実在した。今、目の前にあるのが、そのヒノデ村なのだ。


 老人は、ヒノデ村の村長から、村長代理として招聘された。


 思い出すだけで、老人、村長代理の顔から笑みがこぼれる。パイプをくわえながらの笑顔はとてつもなく邪悪に見えた。


 老人は思う。

 最近、音沙汰もなく、とうとう暗殺でもされたかと思っていた、あいつがまさかヒノデ村の村長であったとは。


 まあ、あいつが村長ならば、この悪趣味も納得できる。


 ヒノデ村だと?


 毎年年末に鬼が現れ、村の中央にある『炭焼き小屋』を目指す。

 炭焼き小屋? あれが木炭を作っているのか?


 鬼の炭焼き小屋到達を阻止したい村人との壮絶な殺し合い、新年を迎える前に無事、鬼を討伐すれば、褒美が詰まったコンテナを開けられる。


 年が明ける寸前には鬼は死ぬが、鬼の自然死ではコンテナを開ける鍵は消滅して褒美はなし。

 短期的な視点なら、村人は命がけで戦ったりしなくとも、五日間逃げ回ればいい。

 だが希少な医療物資を含むコンテナを開け損なうことは、長期的には破滅に繋がる。


 なんという命を賭けた馬鹿げた仕掛けか。

 村人や鬼は、まあいいとして、災難なのは巻き込まれた赤い革のコートの連中だ。赤い革のロングコートだと? 笑わずにはいられない。

 鏡の仮面まで持ち出して、付き合わされる羽目になった連中の、なんと哀れなことよ。

 コートの連中はヒノデ村を常に監視し、村人の逃亡を阻止しなければならず、さらに年末には鬼やらコンテナを用意して祭りの準備もしなければならない。哀れでご苦労な話としか言いようもない。


 いやいや一番傑作だったのは、昨年の年末に十人近くの村人を失い、これはヤバいと私に助けを求めた村長の吠え面だ。

 まさかあいつの追い詰められた顔が拝めようとは。


 おっといけない。


 自制を取り戻した村長代理の表情から、にやけた笑顔は消えた。

 大きく煙を吐き出し、先ほどまでの思慮深く柔らかな表情に戻る。


 鬼との戦いにも、見学、参加したいところではあったが、それは欲が多すぎるというものだろう。

 たった一週間の任期とはいえ、村長の期待には、きっちり応えてみせよう。

 

 村の中に居た村人への挨拶は済ませた。

 老人は今、村の外(とはいえ当然境界線の内側だが)に出ていた村人を散歩がてらに探して、挨拶に回っている。

 その挨拶回りも残すはあと一人だった。


「さて、村人たちの話ではここらにタケヤ君が居るはずなんですがねぇ」


 老人はタケヤについての資料を思い出し、再び笑い出した。

 世界の根幹を揺るがしかねない情報を持つ、『三十一桁』のタケヤが、ヒノデ村の村人だなんて、これ以上に悪趣味で笑えることがあるだろうか。


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