プロローグ
物語が始まる。
茶のローブを被った老婆が、しわがれた声で語りだしたのだ。教会に集まった子供たちがしん、と静まり返る。
手にした琴を指ではね、ゆっくりと老婆は語りだす。
むかしむかしこの大地は茶色く緑絶える不毛の地になったそうな。
もともとは広く大きな国がひとつあり、多くの民が幸せに暮らしていたという。
けれど大きな国が幾つもにわかれてはまたひとつになり、またわかれては無くなっていった。
民は悲しくて嘆いた。
王に生まれた青年もまた、この苦しく難しい戦いばかりが続く世を何とかできないかと考え続けた。
多くに安らぎを、怯えぬ日々を。
けれど青年にはどうすることもできなかった。
国は形ばかりのものとなり果て、国の境を越えて奪いに来る者たちに抗う術を持たなかった。
青年は神に祈った。
空高くにあるという、この大地をつくり、木々やその森にすまう生き物をつくり、そして人をつくったという神に。
どうかこの大地に、心安らげる場所を与えてください。
この国でなくても構いません。どうか争いごとのない、尊い地を与えてください。
青年はただ、ただ祈り続けた。
戦いは国を荒らした。抗うこともできず、多くが大地に戻っていった。
残された王と民はたったひとつ残された城で最後を待つ。
命は一度きりのもの。
神から与えられた命は、神がつくった大地に育まれ、一度きりの生をあゆむもの。
けれど、もし、また、生まれてくることができるならば。
戦の無い場所に。
荒らされることのない、平和な地に。
飢えることなく、ひもじさなどないところへ。
そう祈りながら、命を終えようとしたとき……
「竜のお姫さま!」
「語り部のおばあちゃん! お姫さまだよね!」
興奮の声を上げたのは集まった子供たちのなかでも幼いものたちであった。しずかに、と姉や兄たちが口を押さえる。
「よいよい。そうじゃよ、竜のお姫さまがおいでなさるんじゃよ。静かに聞いておくれ」
老婆は語る。
神は憂いていた。互いに互いを大切にせぬ人をだいちにおいたのは間違いであったのかと。
ならばこのまま、人が、人を最後のひとりとするまで静かに見守るのが良い方法であると。
異を唱えたのは竜であった。
竜は空の守護者として神の意に従うものたちだった。
人はただ知らぬだけだと。
負の感情をどうしていいのかわからぬだけであると。
ならば、と神は申したという。
人を導いてみよ。空だけではなく地の守護もしてみるがよい。
そうして選ばれたのが竜の姫君だった。
空高きにあると伝えられる彼方より、竜の姫が降り立ち王である青年を助けに参られた。
竜の姫は人々に、守るための剣と盾を伝えた。
剣は戦うためだけにつかうものではない。守るためにこそ使うのだと。
姫は武を示した。この国に入ってくるならば守るために剣をとると。
そうして竜の姫は茶色になった大地に剣を突き刺し、城を大樹に変えたという。
緑は茂った。
瞬きするほどに空にのびたという。
その樹の名をガルバキア。国の名にもなった始まりを知る。
戦いをし、奪わずとも腹を満たす方法は多くある。剣を捨て去り言葉で話し合うならば知を与えよう。
生きるための術をあたえよう。
竜の姫がもたらした和平は続く。伝えられた知と術はこの大地に伝えられている。
大樹は王国の中央として今なお在りつづけ、ほら。
老婆が開け放たれたおおきな、木窓に指を向ければ子供たちの目が一斉に向く。
空向こうに青々としげる何かが見える。目が良いものであれば木々の葉が盛る様子を見取ることができるだろう。
「今日はよく見えるね。あれが竜の姫が授けてくださった大樹だよ」
知ってる! 毎日おいのりしてるもの! 神様と姫さま!
子供たちの声がいくつも重なった。
「この国は守られている。傷つけるための剣ではなく、守るための剣を持ち続け、おなかが減って倒れることもない。子供たち、良くお聞き」
続いた言葉に、子供たちは大きく頷く。
守るべき大切なもののありかを、それぞれの心にしっかりと詰め込むように。