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やりたいこと

作者: 梅本くん

初投稿です。

とりあえず完結作品を一つ投下したかったので、過去に書いた小説以外の媒体のものを、強引に書き換えて一応の形をつくりました。

これからも頑張っていくつもりなので、どうか感想等お願いいたします。


 とある日の夜。

 他の生徒の姿など全く見えないプールサイドに、僕と姉はいた。


 僕の姉、風香は少し不思議な人だ。

 いや、不思議という表現では生温い、異常な人だと言ってもいい。

 だからって別に嫌いじゃないけれど、好きかと言われれば首を傾げる、そんな距離感。


「史斗くん。お姉ちゃんはね、思うんですよ」


 そんな姉から夜の学校のプールに呼び出された時は、正直わけがわからなかった。

 言いたいことがあるからって、そう言われて。

 それでもって――


「プールの底にはきっと夢が詰まってるんですよ」


「……」


 ――用件を聞いても、まったくわけがわからなかった。

 というか、わからなさがむしろ悪化した。


「姉ちゃん」


「んー?」


「それだけ?」


「はいー」


 本当にそれだけらしい。

 それが当たり前であるかのように微笑む姉は、無意味にたくましく感じた。


「それじゃ、帰りましょう史斗くん、もう夜も遅いです」


「う、うん……」


 そこまで堂々とされると、ツッコミを入れたり、怒ったりする気すら起きない。

 この姉は、昔からそうだ。

 なにもかもが無意味と無駄だらけなのに、どうにも付け入る隙を与えてくれない。


「あ、あとですねー」


「ん?」


「なにも、お姉ちゃんはお姉ちゃんなだけではないんですよね」


 あぁ、もう。

 本当にさっぱりだ。




 そんなわけのわからない一夜を明けて。

 次の日の放課後。


「なるほど……わかった。わかったぞ! カナヅチだから、泳ぎを教えてね! という風香さんのメッセージだそれは!」


 昨夜の出来事があまりにもやもやと頭に残ってしまっていたので、友達の優駿に相談してみた。

 そしたら、あっさりと答えが返ってきたわけだけど……。


「姉ちゃんて、カナヅチなの?」


「常識!」


 どこの世界の常識なんだろうそれは。

 でもまぁ、自称『風香マイスター』である彼からしてみれば常識なんだろうか。

 

「というか、弟なのにそれを知らないってほうが、どうなのかと思うね俺は、そもそもだな――」


 ペラペラと、僕の姉のウンチクを並べ始める優駿。

 僕の姉は、変人故に大々的にモテるわけではないが、このように『明らかに知り過ぎているファン』が少数存在するのだ。

 別に直接的な害があるわけではないから優駿とも友達関係を続けられてるわけだが、実の弟としては少し複雑でもある。色々と。


「そういうわけで史斗。お前は風香さんに泳ぎを教えてあげるべきだ! そしてあわよくばその姿を俺に撮影させ……」


「……やめろ」


「ぅ……」


 思わず強い声を出してしまった。

 別に優駿が変な発言をしたわけではないのに。

 いや、変には違いないけど、優駿の物差し上では、大して変な発言ではなかったのに。


「ご、ごめん史斗、やっぱりお前、高森先生のことまだ気にして……」


「……してないよ、あんな最低教師のことなんて」


「でも……」


「優駿、ちょっとしつこい」


 そう言うと、優駿はうつむいて黙りこくってしまった。

 あぁもう、完全に僕の逆ギレじゃんか。


「……悪い、僕、ちょっと図書室行ってくるよ、たぶん姉ちゃんもあそこだし」


「お、おう……」


 なんとなく気まずくなって、僕は逃げるように教室を後にする。

 図書室への道中、僕は思い出したくもないことをひたすらに思い出していた。




 ――ほんの数ヶ月前まで、この学校には、一人の男性教員がいた。

 名前は高森夏樹。そこそこいい年ではあったけれど、独特の空気感が生徒の間で人気だった。

 かくいう僕も、アイツには少し尊敬……に近い感情を抱いていた。


「やぁ史斗くん、今日は何の質問ですか?」


 アイツの、朗らかな笑顔が思い出される。


「い、いや、質問てほどでもないんですけど、今日の授業難しかったなぁと思って……」


「あぁ~そうですね、今日の内容は本来一年くらい先にやる分野でしたからねぇ」


「……は? えっと……なんでそんな内容を……」


「今日のみなさんのモチべなら、なんとなく行ける気がしたんですよねぇ」


「……えー」


 こんな、すごく適当で馬鹿と呼ばれてもなんら差支えない先生ではあったけれど。

 型にハマってないところとかが、漫画やドラマに出て来る教師に通ずる部分があったんだ。

 そのせいか、僕らの……少なくとも僕の中では『この先生はわかっている、わかってくれる先生だ』という幻想が生まれていた。


「た、大変だ! 史斗!」


「……優駿?」


 だから。

 だからこそ。


「高森先生が、女子更衣室の盗撮でしょっぴかれた!」


「は……?」


 その幻想が随分としょうもない形で打ち砕かれた時は、ショックだった。

 混乱しすぎて、気が抜けたと言ってもいい。

 だけど僕だって、別に何も抵抗しなかったわけじゃない。


「そんなバカな……」


 もちろん最初はその話自体信用しなかったし、何かの間違いだと思った。

 それこそドラマみたいに、生徒を庇って捕まったとか、そんな妄想すらして、徹底的に調べ上げた。

 だけど、その調査で得られたのは、高森が俗物・オブ・俗物だったのだという事実だけだった。


「あーやっぱアイツ変態だったかー」


「だよねぇ、前からどっかおかしいと思ってたもん」


「……」


 生徒たちの見事な手のひら返しも、実際に高森が悪い以上、咎める気にもなれなくて。

 むしろ何故、あの教師を相手に根拠もない幻想を抱いていたのかと、自分自身が嫌いになりそうだった。

 まぁ何もそれで全地球の大人を呪ったとかそんな飛躍した考えは持たなかったけど、現実は所詮現実なのだと、そこで僕は少し大人になった。

 

「――そうして僕は■を失った」




 なんて、嫌な思い出を振り返ってるうちに、気づけば図書室に辿りついていた。

 放課後の姉ちゃんはいつもここにいる。


「るんるんるーんの、ぱっぱっぱーっと~」


「姉ちゃん……また……」


 と言っても別にそこで自習してるだとか、読書してるとかいうわけではない。

 むしろ、それ以外のことならなんでもしかねないと言ってもいい。


「ピラミッド!!」


 ……例えば今日みたいに、本でトランプでつくるようなピラミッドを作ってみたりとか。

 酷い時だと、本をラケットして行う卓球トーナメントなんかを開いたりしていた。


「いつも思うけど、姉ちゃんて図書室の使い方、全力で間違えてるよね」


「……へ? あ、史斗くんじゃないですかー!」


 僕に気づいて、手を振る姉ちゃん。

 なかなかにいい笑顔を見せてくれる。

 だが姉ちゃん。ちょっと待て。今そんな大きな動きをしたら……。


「あっ」


 唸るような不安になる音を立てながら本のピラミッドはぐらぐら揺れ始める。

 そして、次の瞬間。


「……やっぱり」


 案の定、本で作られたピラミッドは崩れ去り、図書室は地獄絵図と化した。

 どうやら、姉ちゃんと話をするのは、これを全て片付けてからになりそうだ。





「それで? 史斗くんはお姉ちゃんに何の用があったんです?」


 片付けが一段落つくと、姉ちゃんがそう聞いてきた。

 ……あれ、そういえば何で僕は姉ちゃんに会いに来たんだっけ?


「えーっと、たしか泳ぎがどうとか……」


「本で泳ぐんですか?」


「その名詞と動詞はどう足掻いたって繋がらないと思うな……」


 というか思い出した。

 姉ちゃんがカナヅチだから、泳ぎを教えようって話だった。


「えっと、姉ちゃんって、カナヅチなんだろ?」


「人を殺せるかって意味ですか?」


 そうくるか。

 アンタの中ではカナヅチ=鈍器なのね。

 いや、それ自体は決して間違ってるわけではないんだけど。


「いや、そうじゃなくて、泳げるのかを聞いたんだけど……」


「あぁ、なるほど。そうですね、泳げませんよ」


 どうやら優駿は正しかったらしい。

 我が友人ながら恐ろしい。わりと生々しい意味で。


「それじゃあさ。僕、教えるよ、泳ぎ」


「……」


「あれ……」


 ポカンとした顔で黙る姉ちゃん。なんか、間違った……かな。

 やっぱり、カナヅチだってのが事実でも、昨日の件はそれとは関係ないのか……?

 とか、少し疑問に思ったけれど。


「あぁ、なるほど。わかりました、ありがとうございます」


「あ……うん」


 どうやら単に意図が伝わるのが遅れていただけだったみたいだ。

 たぶん、姉ちゃんには珍しく、少し驚いていたのだろう。


「(まぁ、僕からこんな提案するの、下手したら初めてだしなぁ……)」


 その点に関しては僕自身も相当に驚いているんだけど。

 だって、僕は姉の願望にいちいち答えるような殊勝な弟では、断じてなかったわけだし。


 でも、そんな僕でも、昨日の姉ちゃんは少し特別に感じた。

 普段の僕と今の僕とで違うところがあるとすれば、きっとそこなのだろう。

 ……あと、泳ぎでも何でも、人に何かを教えて得る優越感を僕が好んでいるってのもあるのだけど。


「それでは、少し準備があるので、先にプールで待っていてもらえますか?」


 そう言い残して、姉ちゃんは恐らく自分の教室へと駆けて行った。


「準備……あぁ、水着とかか」


 少し時間が空きそうそうなので、ちらりと図書室を見渡してみる。

 やはり、まったく普通の図書室だ。

 その普通さが、姉ちゃんという存在の異常さをさらに際立たせる。


 今日みたいに、ほんの少し姉ちゃんと話すだけでもそうだ。

 本をトランプに見立てて、ピラミッドを作る。

 カナヅチなのではないかという質問に、鈍器を最初に連想する。


「そりゃ、そういう考え方もできなくはないのかもしれないけどさ……」


 できなくはない、だとか、こういう可能性もアリなんじゃないか、だとか。

 僕の姉は、わざわざそうやっていわゆる灰色な選択肢を選ぼうとする。

 それは決して間違っているわけではないのだけど、だからといってそれを正解としてしまうのは、常人の僕にはどうしても抵抗があるのだ。


 それから、見慣れてる校舎内を性懲りもなく見て回って時間を潰した後。

 水着に着替えてプールへとやってきたわけなんだけど……。


「あのさ姉ちゃん」


「んー?」


「なんで姉ちゃんは、ロシア在住ですと言わんばかりの防寒具を着込んでるの?」


 さすがにその選択肢は真っ黒だよ。

 もう、何もかもが間違ってるよ。


「だって、ハァ……ハァ、プールの中って、冷たいですよね? ハァ……ハァ……」


「息切れてるじゃん……それ、すっごい暑いんでしょ……?」


 いや、本当に最近の夏ってシャレにならないから、そういう悪ふざけはやめようよ。

 死ぬよ、マジで。


「大丈夫……です。これしき、水に入れば……あっ」


 明らかに無意味な虚勢を張った直後、姉ちゃんの膝ががくりと落ちた。

 言うまでもなく、体力の限界だった。支えを失った体は、そのままプールへと落下していく。


 なんというか、明らかに人がプールに落ちた時のものではない、ダイナミックな音が、プールサイドに響いた。


 結果的に随分な質量になっていたのだろう。姉ちゃんの落下と共に、プールの水が大きく跳ねる。

 一瞬スローモーションにも思えたその凄惨な映像は、海に落ちる隕石すら連想させるようで……。

 それでもって姉ちゃんは隕石よろしく、浮いてはこなかった。


「え……姉ちゃん? 姉ちゃん!?」


 その後、僕と、近くで練習していた水泳部員による、姉ちゃん救出劇が行われた。

 水を吸った防寒具達は、アホみたいに重くなっており、お相撲さんを救助してるようだった。

 その上浮かねぇし。


「お……おうぅ……げほっげほっ」


 防寒具を脱がして、ちゃんと下に着ていた水着姿にすると、姉ちゃんは呻き声をもらした。

 あれだけ沈んでおきながら、どうやら意識は完全には手放さなかったらしい。


「……お姉ちゃん、初めて見ましたよぉ」


「え……」


 走馬灯でも見たんだろうか。

 やはり、保健室ないし病院に連れて行った方が……。


「プールの底ってああなってたんですね」


「……えーっと?」


「お姉ちゃん、水に顔をつけるのが怖くて、今まで見たことなかったんです」


「あー」


 姉ちゃんのカナヅチって、そこまで深刻なものだったのか。

 これを知らなかったってのは、さすがに弟としてどうなんだろう。


「それで? どうだった? 初めてみたプールの底は」


 まぁ、なんとなく感想は予想できるけど。


「汚かったですね。オマケに溺れていたせいもあって、さらに数倍邪悪なものに思えました」


 うん、だろうよ。

 9割9分悪いのは姉ちゃんだけど。


「もう少し、夢と希望に満ち溢れてる光景かと思ってたんですけど」


「プールの底にそんな幻想を抱いてたのは姉ちゃんくらいなもんだろうけど……」


「見たことなかったんだからしょうがないです」


 うーん、まぁ、たしかに……なのか?

 これまたよくわからない理屈で丸めこまれようとしてる気がするけど。


「見てみないと、やってみないとわからないモノってやっぱりたくさんありますねぇ」


「普通、だいたいは想像できるとは思うけどね……」


 姉ちゃんみたいなトンデモ思考回路してなければね。

 僕がそういうと、姉ちゃんは嬉しいでも悲しいでもない表情で、急に頭にはてなを浮かべた。


「……唐突ですけど史斗くん」


「え、うん」


「史斗くんの夢ってなんですか?」


 本当に唐突だな。

 姉ちゃんの場合、唐突じゃないことの方が稀だから、別にどうとも思わないけど。


「僕の夢……は、えっと、サラリーマン、とか?」


「サラリーマンに、なりたいんですか?」


「いや、なりたいってわけではないけど、やっぱり他の職よりか安定してるから……」


「……? やったこと、あるんです?」


 そういえば、なかった。

 そらそうだ、学生なんだからサラリーマンの経験とかあるわけがない。

 もっと言うと、サラリーマンと一口に言ってもそもそもどっからどこまでがサラリーマンなのかもわかっていない。


「ないのに、サラリーマンは安定してるって、わかるんですか?」


「そ、そんなの、みんな言ってるし、実際データみたいのにも……」


「史斗くんがサラリーマンになった場合のデータがあるんですか?」


「それは……」


 そんなの、あるわけないじゃんか。

 そりゃたしかに、『どんなのかわからない』のに『安定』ってのは矛盾してるかもしれない。

 だけど、そんなのどう考えたって屁理屈だ。


「だって、そんなこと言ったら、どんな職業だって一緒じゃないか」


「ですねー、たしかに、本当の天職なんて、やってみないとわからないのかもしれません。でも――」


 姉ちゃんは、そこで一端言葉を区切った。

 それでもって、明らかに軽口を叩くような、それでいて一文字も聞き逃すことを許さないような、そんな雰囲気を纏って。

 彼女は口を開いた。


「――何をやりたいのかは、わかるでしょう?」


 姉の言葉に返答できない自分を責めたいと思ったのは、これが初めてかもしれない。

 僕が普通で姉が異常なのは間違いないけど、この件に関してだけは、正しいのは姉ちゃんだって、僕にもわかった。

 それでもって……。


「う、お、おぉ……」


 実際教えてみて、姉ちゃんに水泳の素質はまったくないことがわかった。

 手を引いてあげても溺れかけてるってこれ、どうなってるんだろう。


「ね、姉ちゃん、とりあえず力入り過ぎ、力抜いて……」


「わ、わかりました……」


 物分かりはいい。

 体の動かし方とかも、決して間違ってるとは思えない。

 でも、


「お、お、おぁぁぁ……」


 これはちょっとダメかもしれない。

 というか、ちょっとどころじゃなくダメかもしれない。

 なんでここまで沈むんだこの人、血の代わりに水銀でも流れてんじゃないのか。


「ふ、ふぉぉぉぉぉ!」


 顔を水につけられない上に他がものすごい勢いで沈んでるせいで、水中でしゃがんでるようにしか見えない。

 見た目からはまったくやる気が感じられない。

 ……でも、本人がやる気があるといっているんだから、僕は、きっと信じるべきなんだろう。


「よし、姉ちゃん。また、最初からおさらいしてみようか」


 それから日が落ちるまで練習したけど、姉ちゃんはまったく上達しなかった。



 日が落ちた、プールサイド。

 そこには、疲れたまって満身創痍の僕と姉ちゃんがいた。

 正直どんな会話を交わしたらいいのかもわからない中、姉ちゃんは微笑んだ。


「史斗くんは……すごいですねぇ……」


「どこがさ……結局、姉ちゃんまったく泳げるようにできなかったじゃん……」


 皮肉か。

 皮肉なのか。


「それは学校の先生もスイミングスクールのコーチも、同じでしたよ。でも、ここまでできない私に付き合ってくれたのは、史斗くんだけです」


「……そりゃ、まぁ、身内だし、マンツーマンだから」


 僕だって、この才能の皆無っぷりには何度か投げ出しそうになった。

 だけど、諦めなかった。

 それは、相手が姉ちゃんだったから……。


「…………だけじゃ、ないのかな」


「はい、きっとだけじゃないんだと思いますよ」


 そうだ。

 僕は、そんな程度の理由で諦めないほど、根気のある男じゃない。

 責任感に溢れた男でもない。ただ……。


「ただ……楽しかったんだ。教えることが、すごく、楽しかったんだ……」


 いつからだろう、その欲求を抑えていたのは。

 高森という一つの理想が、潰えた時だろうか。

 あるいは、勝手に夢への過程を現実的にビビっていただけなんだろうか。でも――


「姉ちゃん……僕、教師になりたいかもしれない」


 ――もうそんなのはどっちだっていい。

 そんなのは結局、自分のやり方、考え方次第なんだ。


 目の前のこの姉は、本を一冊とりあげて、どれほどその用途を間違えてきただろう。

 でもそんな姉に、後悔の念はまったく感じられない。むかつくほどに。


 だから、理想だって、現実だって、正解は全部、自分次第なんだ。

 僕は、僕のやりたい通りに進めばいい。この、姉ちゃんみたいに。


「……そうですか。頑張ってくださいね」


 姉ちゃんは、まるで何もわかっていないように。

 それでいて、全てを知っていたかのように、自信満々ににこりと笑った。




 それから数日後の昼休み、優駿が慌てて僕の机の方へ駆けてきた。


「聞けよ史人! 今度は隣町の学校の教師が逮捕だってよ。まったく、聖職が聞いて飽きれるよなぁ」


「ほんと? ひどいなぁ」


 相変わらず僕の周りには、未だに教師のいい例は現れず、悪い例の情報ばかり入ってくる。

 というかもしかしたら、いい例なんて一人もいないのかもしれない。


「でもさ、僕はそれでも……」


 だけど、そんなの僕には関係ない。

 やってみないと、教師がどんな職業かなんてわからない。

 だから、いいんだ。


「教師っていう職業には、きっと夢が詰まってるってそんな気がするんだよね」


「……へ?」

 

 優駿はなんじゃそらという顔をする。

 でも、酷いこと言ってしまえば、優駿の理解はたぶん僕には必要ない。

 僕には僕自身が教師をやりたいって、その気持ちさえあれば、それだけでいいはずなんだ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです。お姉さんの非常識さというのは、既成概念を壊すためのよい要素だと思うし、史斗君の気持ちの変化がうまく伝わってきました。
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