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yagi's stories

青空と川桜

作者: 矢木 翔

第十作ですね。

読んでやっていただけると幸いです。

 疲れた……今日も疲れたな……

 河川敷に転がって空を見上げた。白い切れ目に覗いた空は梅雨だというのに青かった。青色空はだんだんとその身を赤く染めていく。

 疲れた……今日も疲れたな……

 仕事帰りに転がった草は、空とは対照的に青々と緑だった。今日も昨日もその前も、くたびれるほどに緑だった。今日も昨日もその前も、俺はただただ疲れていた。生きること、そのことに、俺は疲れ始めていた。

 疲れた……今日も疲れたな……

 この疲れ、どうやったならとれるだろう。今目の前にある川に身を任せたらとれるかな…… そんなことを思いつつただただ空を見上げてた。息できないと苦しいかな。そんなことを思いつつ、ただただ空を、見上げてた。すかっとした気分になりたかった。



 空はそんな彼を見て、ただただ涙を流し出す。人生の苦から逃げるより、目の前の苦から逃げたいのだ。そんな脆い彼を見て憐れむ涙を流し出す。



 雨が俺に振り落ちる。俺は雨が好きだった。体に染みる雨の青が心を満たすようだった。でもまた彼は感じ取る。寒さをその身に感じ取る。風邪を引いたら大変だ。すぐさま俺は立ち上がり、傘に入って濡れないようにゆっくりゆっくり帰路につく。

 俺も分かっているのだった。死に伴う苦よりも生活に伴う苦の方が俺にとっては怖かった。だからこそ、生活の方に目がいくのだ。生の方に、目がいくのだ。


 でも俺は、気付いてしまった。

 死んでしまえば、その苦を味わうこともなくなってしまうのだ。

 今まで生を見てた目が、今度は死を見始めた。

 いつも通りの仕事帰りに俺は空を見上げてた。緑だけが広がる世界で灰色の空を見上げてた。周りを見てもなにもない。緑以外になにもない。見てないだけだと分かっていても、見えないんだから仕方ない。もう見ようとも思わない。いつも通りの仕事帰り。今日はいつもと違ってた。


 ……もう、死のうと思うんだ……


 仕事でミスをしてしまった。

 死んじまえと言われた。

 お前に生きる価値はないと言われた。

 その通りだと思った。

 ……もっとちゃんと言ってしまえば、その通りだと思ってしまった。

 死がまぶたの裏に浮かんだ。最近考えてしまったからだ。死ねば苦はなくなるって。


 目の前の川は穏やかだった。身を任せるには、十分だった。俺は起き上がって川を見た。

 その時、雨が降り出した。



 空が涙を流したのだ。空はこんな彼を見て、悲しい奴だと思っていた。生の喜びを味わわないで、死んでいくのは悲しいことだ。そう思うと瞬く間に、涙はどんどんあふれ出す。



 土砂降りが俺を押さえつける。とてもとても寒かった。心も体も寒かった。そのまま川に向かおうとした。さらに雨は強くなった。寒さに耐えきれなくなった体は、膝を地面に突き刺した。動きたくても動けない。死にたくても……死ねない。そのまま俺は倒れ込んだ。


 周りの人はそれを見て、驚きの目で彼を見た。好奇の目で彼を見た。誰かは助けを呼んだけど、誰かは写真を撮っていた。

 「ひとしんだなう」

と呟いて、そいつは生を楽しんだ。そいつの正を楽しんだ。


 気付いたときには病院だ。風邪を引いて苦しかった。自分をバカだと思い込んだ。どう考えても死は苦だった。生活の苦を避ける為にもっと悲痛な苦を選ぶ? どこまで本末転倒だ。それでもまだ死にたいバカはまだここに。この体の中にいる。それを俺は押さえ込もう。体の外で誓いをたてた。どうやって押さえ込もうか。痛い頭で考えた。足りない頭で考えた。考えていて思い付いた。次の日俺は病院を抜け出して、行動に移していた。



 空は彼が昨日の今日で川に戻ってきたのを見た。彼は苗木を抱えてた。彼の胸に収まるほどの小さな小さな苗木だった。その木を植える彼を見て、空は疑問を抱えていた。あの木を彼はどうするんだろう。あの木は彼をどうするんだろう。



 俺がたてた誓いというのは生きるための誓いだった。なんのために生きるのか、頭を絞って考えた。そして結論に至ったのだ。ひとつ、目標を立てよう。簡単に実行できて簡単に達成できないものを。

 俺が考えたのはあのなにもない河川敷に木を育てることだった。これなら簡単にできる。そしてこれなら、簡単には終わらない。最適だった。最高だった。新しい生きがいを作るというのは。



 空はそんな彼を優しく見ていた。これで生き甲斐ができたのならば、これで生の喜びを感じられるのなら。

 彼は仕事帰りに立ち寄って、毎日木に水をやった。たまには手伝ってやることもあった。水をあげた彼はその下に転がって空を見ることが多かった。たまにはその首を川の方へ向けることもあったけど、もう死のうとはしてないようだ。



 俺が木を育て始めてから数年がたった。木は立派……とまでは行かないものの、成長して大きくなっていた。そして、ある年の梅雨の約一ヶ月前、その木は花を付けた。桃色の花だった。俺は寝転がって喜んだ。そして、一人だけの特等席で花見を決め込んだ。やった、やったな俺。目標は上書きされた。次はもっと大きくして人を集められるようにしよう。そんな空想が頭を駆け巡る。自然と笑顔がでた。目標は消えてなくならない。

 俺は毎年この花を、守り育てると決めたのだ。俺は毎年この花を見守り続けると決めたのだ。



 そんな、変わった彼を見て、空は笑顔を覗かせた。空は青い顔を笑顔で染めていた。



 そんな空と桜の対比を、死にたかった俺は楽しんでいた。バカな俺は楽しんでいた。そこには苦は何一つ無かった。苦のない世界から、苦を持って旅立つことなんて、出来ないだろうよ。

 俺は死ぬことを諦めた。俺はたてた誓いの通りに、生きることを依存した。育てている木に依存した。それのどこが悪いんだ。目標に依存して生きること。それの、どこが悪いんだ。


 開き直った俺の心はこれ以上ないほどにすかっとしていた。

他作品も読んでやっていただけると幸いです。

感想お待ちしてます。

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