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明かされる能力  作者: 吉川明人
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幼少の気持ち


「はははっ! 葵ちゃん、お母さんすぐに迎えに来てくれるって」

 彼女に向き直って話しかけた。

「お母さん来てくれるの?」

「おう。すごく心配してたぞ」

「うん」

 ようやくニッコリ笑う葵ちゃん。


「何か御用ですか」

 警官が戻って来た。

「おっ、戻って来たな。この子、迷子になってたもんで。今、家の人に連絡取って待たせてもらっていたんですよ」

「そうですか……失礼ですがあなたは?」

 警官はかすかに目を細めて、怪訝そうな表情を親父に向ける。

「おう、すぐそこに住んでいる天凪だ」

「天凪さんですか。何か身分証明書は?」

 丁寧だが、事務的な口調の言葉に、俺はムッとした。さっきの怪訝な表情の意味が分かった。

 こいつ、親父を誘拐犯か何かと疑ってやがる。

「あるぞぉ、ほら運転免許証に会社の社員証、健康保険証のコピーに……おおっ! どこに行ったか分からなくなって捜していた年金手帳まで出て来た。いやぁ、助かったよ」

「い、いえ。そんなには結構です……はあ、なるほど確かに…」

 まったく、親父のやつ、分かってやってやがるな。


「葵!」

 しばらくして血相変えた女の人が交番に飛び込んで来た。

「お母さん!」

 葵ちゃんがその人に飛びつく。安心したのか、また泣き出していた。

「どうしてこんなところまで来たの? こっちには来たことないのに」

 母親も一緒になって泣き出している。

「うぅ……あのね、今日いづもの公園であぞんでたんだげど……」

 鼻をズルズルさせながら説明する。

「知らない子があそびにきでたの。それで、すぐどもだちになって、一緒にあぞんでると、その子がいつもあそんでいるどころであぞぼうって言って、こっぢに来たの」

 葵ちゃんが説明するうちに、警官の顔からは疑いの表情がだんだんなくなって行く。

「でも暗くなってぎで……ぞのこ、さきに家に帰って……いっだんだげど、あだし……どっぢにいっだら……いいのが」

 押さえ切れなくなった涙が、一気にあふれ出るように、大声で泣き出した。お母さんは、もう何も言わずに葵ちゃんの頭を優しく撫で続ける。

「こちらの方が、迷子になっていたこの子を連れて来て下さったんです」

「あ、お電話を頂いた方ですね。ありがとうございます!」

 そう言いながら深々と頭を下げる。その下げかたに、エルティを連想してしまう。

「まあ、とにかく無事で何よりです。今度迷子になったら、こっちの方も捜してあげて下さい」

「はい! あ、もしよろしければ、お名前を」

「いやあ、名のるほどの者でもって言いたいところですが、今の時代、その方が怪しいんで、こう言う者です」

 ポケットから名刺を取り出して渡すのを、横にいた警官が素早く目配せした。

「天凪さん、ですか。改めてお礼に伺います」

「いいですよ、そんな大げさな。たまたま通りかかっただけですから。なぁ、葵ちゃん」

 そう言いながらまた頭を撫でる。

 葵ちゃんのお母さんは、何度も頭を下げながら彼女をおぶって帰って行った。

 それ以来、葵ちゃんはすっかり親父になついてしまい、時々公園で親父を待って、連れて帰ってもらうようになった。

 ただし、その時はちゃんと親に断ってから来るようにしていたが……。


「葵ちゃん、待っていてくれるのは嬉しいんだけど、一人でこんなに遅くまでいるのは危ないぞ」

「だいじょうぶ。ちゃんとおじちゃんが来てくれるから」

 パッと花が咲いたような笑顔で答える表情は、親父を信用しきっている。

「それなら、俺の家で待っていてくれないかな。その方が安心だし、葵ちゃんも退屈しなくてすむぞ」

「んー……わたしここがいい」

「どうして?」

「この木があるから」

 彼女は公園の隅に生えている堂々としたでかい松の木を指す。

 その木はこのあたりでも有名な御神木だ。

 切ろうとしたり、枝を折ったりすると死んでしまうとか、登ると高熱が出るとか、古くから色々いわくがある。

 ほんとかどうか知らねぇが、今でも悪ガキがふざけて登るとその日のうちに高熱を出して病院に担ぎ込まれたとか聞く。

 この地域が宅地造成された時、切り倒される予定だったが、どの建築業者からも拒否され、仕方なくここを公園として残すことになったらしい。

 それほど畏れられているにも関わらず、根本に奉ってある祠には、いつの間にか誰かが花を供えたり水を替えたりと、ここらに住む人の暮らしに自然と溶け込んでいる。


 実は俺は、鈴乃や順崇が止めるのも聞かずにこの木に何度も登ったことがあるが、高熱どころか体調を崩したことはなかった。

 昔、高熱を出したのはまだ登ることさえできなかった頃の話だから、関係はねぇはずだ。それに俺はふざけて登ったわけじゃない。

 理由は分からないが、この木がすごく好きだから。それは今も変わらねぇ。妙な話だが木も俺に登ってもらいたがっているように感じていた。

 しかもてっぺん近くまで登るとまるで人が座ることを意図したかのような枝があって、そこに座って見る眺めは最高だった。

 今でも機会があれば登りたいと思うが、あの頃とは体格も体重も違う。過って枝でも折ったら木がかわいそうだ。

 だから、葵ちゃんがこの公園にいたがる気持ちはよく分かる。

「そうか、葵ちゃんもそうだからな……」

 親父が妙に納得している。

『葵ちゃんもそう』ってなんだ? 


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