出会いの出会い
「そのあとは、4時まで予定は入ってないみたいですね」
「そうか。じゃあ葵ちゃんの授業、俺がちょっとだけ顔出してやろう」
「ほんとに! おじちゃん来てくれる?」
「長い時間はいられないけど、葵ちゃんが勉強しているところ見せてもらうよ」
「わぁ! ありがとう。おじちゃん」
「でもな、お父さんとお母さんを悪く思ったりするんじゃないぞ。どうしても都合がつかないから行けないだけで、本当は行きたくてしょうがないんだ」
「うん。分かってる……二人とも大変そうだし」
「よしよし、葵ちゃんはいい子だな」
そう言ってまた頭を撫でる。親父のこんな姿を見るのは初めてだ。親戚の子どもが来た時も、確かによくかわいがっているが、こんなに親しくはしねぇ。
「葵は本当に義鳳さんのことが好きだな」
後部座席の雄綱さんが話しかける。
「だって、おじちゃんがわたしを迎えに来てくれたんだよ」
「そうだったな……」
雄綱さんが言った時、また景色が変わった。
公園のベンチに、五歳くらいの女の子が泣きながら座っている。
「すべり台の俺」は、すぐ葵ちゃんだと分かった。
「ひっく……おがあざん……ううぅ」
ぬいぐるみを抱えて、顔中を涙と鼻水でグチャグチャにしている。
もうだいぶ陽は暮れていて、公園には彼女一人だけしかいない。完璧に迷子になっているようだ。
「どうした、家が分からなくなったか?」
声をかけたのは親父だった。
そうか、ここは家の近所にある公園だ。ここを通り抜けると、借りている駐車場までの距離が半分近く短縮できて、すごく便利なんだ。
親父は安心させるようニコニコしながら、葵ちゃんの前にしゃがみこむ。
「もう泣かなくていいぞ、お母さんのところへ連れて行ってやるからな」
「ほんどに?」
鼻をすすりながら、彼女は泣き止む。
「ほら、涙ふいて。名前はなんて言うんだ?」
ハンカチを渡しながら尋ねる。
「あおい」
「あおいちゃんか……上の名前は分かるかな?」
それにはふるふると首を左右に振る。
「近所でも見かけたことはないし、他に手がかりもなさそうだ……しょうがない」
なぐさめるために葵ちゃんの頭を撫でているのかと思ったが、違う。指先や掌から光線が出ている。
見覚えのある光線。ラフトから出る光線に似ている。
そうか、撫でるふりをしながら葵ちゃんの記憶を探っているんだ……って、なんで親父がエルティと同じことができるんだ?
「朝日奈葵ちゃんて言うのか。たしか近くに交番があったな、そこで聞けば……ん? なに!」
表情が急に厳しくなった。
「……まさか、こんな幼い子どもが」
「おじちゃん、どうしたの?」
親父の変化を葵ちゃんは不安げに見つめる。
俺も驚いた。こんな厳しい顔を見たのは初めてのことだ。
「おう、ごめん、驚かせたな。何でもない、行こうか」
葵ちゃんの手をつないで立ち上がる。
《『もうとく』様。永きに渡り、不在でありし『あみ』の位置。我らとともに輝き始めん……しかし、あまりにも幼い》
親父の心の声が伝わって来る。それは、さっき俺に話しかけた『もうとく』と呼ばれた人物へ伝える言葉だ
何を言っているんだ?
《『とかき』よ》
返事が返って来た。
《偶然は必然。それこそが世界の意志。その子もまた世界に導かれ、我らとともに集うのでしょう……それがどのように残酷に見える事がらであっても》
さっき感じた優しさと温かさの中に、わずかな憂いを含んだ応えだった。
《しかし、これほど幼い者がふたやになると言うのは……》
《我らがそれを選ぶのではありません。この世界がそれを選ぶのです》
《分かっています。だからこそ、気がかりなのです》
《わたしとてそれは同じです。が、世界が選ばれたことに何も言うことはできません》
そこで声は途絶える。
《この子は……こんな小さなうちから、多くの辛いことを見なければならないのか……》
ため息とともに、そんな意思が伝わって来る……辛いことって、なんだ?
いきなり交番に着いていた。
少しは慣れて来たものの、次々場面が変わるのは戸惑うぜ。
「なんだ? 誰もいないのか、不用心だな。お、電話帳がある」
置いてあった電話帳を親父は勝手にパラパラめくる。
「……朝、朝日、朝比奈、朝日奈……お! あった。一件しかないから、間違いないだろう。意外に近いな、電話借りるぞ」
自分の携帯を使わず、机に置いてある電話機を取って、番号を押し始める。いいのか? 勝手にそんなことして。
「はい! 朝日奈です!」
呼び出し音が一回鳴り終わるのを待たず女の人の声が答えた。
「あ、葵ちゃんのお母さんですか?」
「そ、そうです! 葵は…葵は?」
必死の声で言葉が詰まっている。
「うちの近所の公園で迷子になってたもんで、近くの交番に一緒に来ているんですけど……邑久辺西交番分かりますか?」
葵ちゃんのお母さんとは裏腹に、のんびりした口調で尋ねる。
「分かります! 葵は無事なんですね!」
安心してか、半分泣き出しそうな声に変わっている。
「元気ですよ、早く迎えに来てあげてください」
「すぐ行きます!」
頭から突き抜けるような声がして、電話はガチャンと勢いよく切れた。