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明かされる能力  作者: 吉川明人
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存在の体験


 意識が遡る? 

 それがいちばん適当な表現だ。

 10年、100年、1000年の存在の記憶の中を、俺は遡る。

 存在の記憶?

 そんな言葉なんて聞いたことがない。

 だが、俺の頭の中には、その言葉の意味が流れ込んでくる。


——地上に暮らすあらゆるものは、おたがいに影響しあって存在している。

 命を持った動物や植物だけではない。

 風化した石のかけらは風に溶け込み、枯れゆく草は大地に染み渡る。

 その空気や大地から芽吹く恵みを、あらゆる生き物たちが呼吸し、生きる源にしている。

 食物連鎖は、動植物だけで成り立っているのではなく、生きている環境全体で成立するものである。

 存在の記憶とは、今ここに、何かが存在することそのものの証明。

 生命は、今、目に見えている瞬間だけの存在ではない。

 生命は、今、この瞬間に存在していることで、未来の存在に影響を及ぼしている——


「ちょっと待ってくれ! 言っていることが分からねぇ!」


——ならば、体験してください——


 体験!? そのとたん俺は意識を失い、気がつくと、見渡す限り大森林が広がる景色の中にいた。

 どこだ、ここは?

 だが声を出そうとしても出せず、しかも身動き一つできない。

 なんだ? どうなっているんだ?

 その時、俺は自分が大森林の中でもひときわデカイ木になって景色を見おろしていることに気づいた。

 俺、なんで俺、木になっているんだ? え? 俺?。

 理屈は分からねぇが、今なっている大木の記憶が俺の心に流れ込んでくる。


——この大木が生まれたのは、2000年以上も前の昔。

 周囲に生える木々のほんのすき間に芽吹いた命は、小さな動物に踏まれただけでも死に直面するほど弱々しい存在でしかなかった。

 やがて100年経ち、200年経ち。

 周囲のどの木にも負けないほど生長した木には、たくさんの命が集まり、寄り添って生きるようになった。

 この木はまさに、存在そのものが一つの世界を作り出しているともいえる。

 しかし、そこに住む昆虫や寄生する植物は、自分たちが暮らしているものが、生きている木だとはっきり承知している訳ではない。それでも生きていく上で欠かせないことだけは、分かっていた。

 ある日、巨大な落雷がこの木を直撃した。

 2000年生長してきた巨木は一瞬で燃え上がり、降りしきる雨の中でさえ、その火は消えることなく5日間燃え続け、根元に黒い燃えかすを残して地上から姿を消した。

 その木を世界として暮らしていた生き物たちも一緒に燃え尽き、無惨な残骸が放置されてから1か月あまり。

 何もかも死に絶えたように見えたその場所から、2000年前にこの巨木が生まれたばかりのような小さな小さな新芽が地面から顔を出していた。

 やがて巨木の残骸を養分にして、生き物は再びその場所に栄え始める——


 あたり前だ。こんなこと、自然の中ではあたり前のことじゃねぇか。


——そう。あたり前のことです。放っておいても新たに生まれる命。繰り返される命。

 命に囲まれていることがあたり前だと、ついつい見逃しがちです。それがどれほど奇跡的なことか。

 宇宙は、ゆらぎの無から生まれたと言われていますが、完全な無から有は発生しません。初めに『場』が在った。そこへ具象する力が働きかけられただけ。

 つまりそれは、生まれるべくして生まれた。

 自然はそれそものが生命なのです。

 我々は、この世界という一つの生命体から生まれた、分岐した個性。一つ一つの存在なのです。

 ゆえに、今見えている世界は、世界の生長途中であり、例え一部が失われることがあっても、必ず立ち直って新たに進んでいくことができるのです——


 ちょっと待て!

 だったらどれほど悲惨な事件や暴動や飢餓、戦争なんかでたくさんの人が死んだとしても、時間がたてば元どおりになるから気にするなってか?

 そんなことあるはずねぇ! デカイ視点に立つなら一時的なことは気しねぇなんて、それこそ命を軽く見てるじゃねぇか!

 勝手な言いぐさに我慢できず、叫んだとたん、俺の心の中には周囲からものすごい感情が集まってくる。

 嬉しさ、喜び、感激、感謝。

 それは俺が予想したものとはまったく反対のものだった。


——その通りです。生命はたがいに補い合う。

 それは、傷ついたり病に冒されたりした体が治癒していくかのように。

 小さな傷でさえ痛み。

 少し気分が冴えないだけで憂鬱。

 どれほど大きな視点から見たところで、癒えた傷も良くなった気分も、それは記憶に残ります。

 生き物が生まれ、死んでいく。

 その営みすべてが、世界という生命が生きている証。存在の記憶なのです。

 だからこそ世界は、大きな視点から見ても個々の命を重く見ることができる、あなたの思いに喜び、感謝しているのです——


 い、いや、俺はそこまで考えてなかったが……。

 体験してください。存在たちの記憶を。

 まったく別の生き物であり、生き物でさえないと思われている存在たちもこの世界の生命であり、同時にそれはあなた自身でもあるということを。


 同時に俺の意識は俺から離れ、あらゆるものに同化していく。


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