親父の場所?
……よく来てくれた、とかき!
……とかき!
……とかき!
なんだ、とかきって?
しかも、その『とかき』とか言う、意味不明の声が多くなっていく。
とにかく中心に向かって歩いていると……ふと足が止まった。
中心の台座からあと少し、それを囲む四つの台座……と言うより、すでに柱のように見える台座の周り。
10数本ある台座を通り過ぎようとした時のことだった。
一瞬迷ったが気合いを入れ直して数歩踏み込んだ時、恐ろしさで体がすくんだ。
恐怖じゃない。
畏怖だ。
なぜか分からないが、これ以上は、畏れ多くて進むことができねぇ。いや、今この場所でさえ、すでに俺が入ることは許されない領域なんだ。
生まれて初めての感覚。
なんだ!
これは?
ガクガク膝が折れ、気がつけば地面に膝をついている。しかしそれはこの場所では当たり前のように思えた。
頭を下げながら少しずつあとずさりして行くと、急にふっと畏怖がなくなったので頭を上げるとさっき迷った台座を通り過ぎたあたりだ。
そこには女の子とみーさんが待っている。
「では仁狼さん、この列の円の中にある祭壇の一つを選んでください」
女の子が中心から二重目の台座……祭壇を指す。
「お、おう」
……どれかって言ってもな。
だが、俺はごく自然に正面に向かって左に歩き出していた。
祭壇……と女の子が呼んだものは、入り口付近では、高さがほんの30センチ程度でしかなかったものが、ここだと5メートルはあり、上の様子は分からない。
たぶんこの祭壇の一つひとつにも誰かが乗っているんだろう。
とにかく、ひと回りするつもりで歩き出したが、すぐに一つの祭壇に惹かれた。
見た目は他のものと変わらねぇが、それだけは特別……懐かしさのような、まるで、長い旅行先からようやく自分の家に帰って来たような安心感を感じる。
5メートルと言っても、俺が本気になれば跳べない高さじゃねぇ。階段やハシゴはなく、誰かが乗っていることもお構いなしに迷わず飛び乗った。
そこは、予想に反して誰もいない祭壇で、長い年月によって削られ、磨かれたような複雑な模様があったが、何を意味しているのか俺には分からない。
とたんに周囲から圧倒的な歓声が……音じゃなく、俺の内側から……心の中から聞こえた。
……帰って来た!
……とかきが帰って来た!
わけの分からないまま、周りを見渡す。
たぶん今の俺は、すげぇカッコ悪いポーズ取っているんだろうな。ファンでも何でもなく、たまたま見物していた俳優のいる会場で、突然指名されて舞台まで上がってしまったような感じだ。申しわけないような、場違いのような。
「そんなことないで。自分のこと、みんなずっと待っとったんやから」
聞き覚えのある声がした。
「弓香さん?」
驚いた。気がつかなかった。
隣の祭壇に佳月の家に住込みで働いている、関西弁の八嶌弓香さんが座っている。
分からないことだらけでパニクッていた俺は、知っている人間に会えたことで、かなり安心した。
「どうなっているんだ? 俺にどうしろって」
「それ知りたいからわざわざここ来たんやろ? 心配せんでもええ、その祭壇は元々義鳳さんの場所やったんやから」
「親父の? どう言う」
「ほれ座り。長が話される」
いつの間にか心の中から聞こえる歓声もやんでいた。
しょうがねぇ、ここまで来たらなるようになるしかねぇな。弓香さんの言う通り祭壇にドカッと座って待つ。
物音一つしない静寂が流れる。
——新しき 宿が再び 集い来て 我らとともに輝き始めん——
心の中にはっきりと声が聞こえてくる。
いや、聞こえたのか、あるいは俺自身がそう思ったのか判断できないくらい、はっきりとした言葉……荘厳な威圧を持っていたが、同時にとても優しくて、温かさまで感じられる。
その言葉がどこから発せられているのか、すぐに分かった。
中心の最も高い祭壇にいる人物。どんな人物なのか、はっきりとは分からない。ずっとその場所が光り輝いていて見つめ続けることができねぇ。
熱くはないが、まるで小さな太陽がある感じだ。
——とかき失い はや四年 日月は流れ みなの者には 苦労をかけた——
話の意味は分からなかったが、言葉の音の流れを感じているだけで心地良い。
——『もうとく』よ 彼に伝えて 導くがよい——
声の主……長は俺より一段高い、中心を取り巻く四つの祭壇の一つに座る人物を指したように思えた。髪はまっ白だったが、姿勢や雰囲気に若々しさが感じられる男性が立ち上がる。
「天凪くん」
予測はしていたもののやっぱり緊張するぜ。
「お、おう」
俺も立ち上がる。
「ようやく君に本当のことを伝えられる日が来ました。何も分からないまま、ここまで来てくれたことに感謝します」
さっきの意識の流れにはわずかに及ばないものの、言葉には優しさと温かさが含まれている。
「座って目を閉じていなさい……伝えよう、我らの歴史を。君の父のことを。そして、君自身のこともすべて」
言われるままに、俺は目を閉じてもう一度祭壇に座る。
パシッと音が聞こえた瞬間、意識が遡った。