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明かされる能力  作者: 吉川明人
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意味


「だけど、元の会社でさせられることっていったら、お茶くみと雑用ばっかり。

 今でもそんな会社はあるって聞くけど、時代が時代だからひどかったの。女性社員は完全に一段下扱い。

 それに比べてよしおさんのチーム、お茶は飲みたい人が自分で入れる、雑用は手の空いた者がするけど基本的に全員することになってたわ。

 実際は私がいちばん多くやってたんだけど、それが当然みたいな雰囲気とはかけ離れてた。

 その時になって初めて、よしおさんは本気で私を一人前にしようとしてくれてたことに気づいたの。

 でも、現実はその会社でいくら頑張っても、絶対に認めてもらえないのは見えていたわ。仕事のできる女より、使い物にならない男の方が給料も待遇もすぐ良くなって行くのが当たり前だったし。

 いつ辞めようかって思ってたんだけど、なかなかタイミングがつかめなくて。

 やっぱり少し期待があったのね。よしおさんの会社と取り引きが無くなったって聞いてやっと辞める決心したの。

 それで、本当はよしおさんの会社に入りたかったんだけど、募集してなくて。ちょうどその時役所が欠員募集してたの。

 公務員だから将来は安定してるからいいわって思って、試しに受けてみたら合格して以来ずっと役所勤めよ。そこへ、よしおさんが書類申請しに来てくれて、また会えたの。

 ちなみに私の辞めた会社、しばらくして倒産したわ」

「なあ、初めて会った時のことは分かったけど、なんで親父はよしおなんだ?」

「あら、言ってなかった?」

「ひと言も言ってねぇ!」

「私はつき合ってる間に慣れちゃったからなんだけど、初めて会った時に名刺交換したの……まあ、私の名刺なんて作ってもらえなかったから、よしおさんから貰っただけなんだけど。

 名刺交換なんて生まれて初めてで、お茶かけた件もあって、すごく緊張してたの」

「また何かやったのか?」

「今度のはそうでもないわ。ほら、よしおさんの名前って読めないでしょ?

 それで、尋ねたら『みちひろ』って教えてくれたんだけど、私ったら、『へー、みちひろですか? よしおかと思いました。変わってますね』って言っちゃったの」

「めちゃくちゃ失礼じゃねぇか」

「でも笑ってたわよ。『なるほど、そうとも読めるな』って」

「それは、親父だからだって!」

「次に会った時は驚いたわ。名刺に『よしお』って読みがながふってあるの。

 勤めてた会社が本格的に大きくなり始めたのはあれ以降だから、あのあとよしおさんに会う人みんなよしおって信じてるわ。引っ込みがつかなくなったんじゃないの? 

 親戚関係にも姓名判断の結果、読み方を変更しましたって言いふらしてたから。ほら、お葬式の時もみんなよしおって呼んでたでしょ?」

「やっぱりとんでもねぇやつだ」


「いいえ違います。おじちゃん内緒で教えてくれました」

 それまで黙っていた葵ちゃんが声をあげる。

「え? 違うのか」

「最初は確かに、ただの冗談でやっていたらしいんですけど……プロジェクトが終わって、やがておばさんの勤めていた会社との取引もなくなったと聞いて、よしおとふりがなをつけた名刺も棄てようとされたそうなんですが……。

 その時になって、初めて棄てられなくなっていることに気づいたそうです。棄ててしまうと二度とおばさんに会えなくなるんじゃないか……逆に棄てなければまた会えるんじゃないかと……その名前で呼ばれると、その……」

 葵ちゃんが赤くなって口ごもった。

「その……おばさんのこと、愛していることを、いつも感じていられると」

「……よしおさ……」

 葵ちゃんから教えられた事実に、母さんの目から涙が溢れる。

 黙ってタオルを渡した。ハンカチじゃ足りないだろう。


「葵ちゃん、そろそろ送って行くぜ」

 立ち上がって葵ちゃんをうながす。

 一人でたくさん話していた母さん以外は、もう食べ終わっていた。

「あ、でもあと片付けが」

「いいから、今日は俺も手伝うことにするぜ」

《しばらく一人にしてやってくれ》

「あ、はい」

 意思で伝えると、すぐに立ち上がった。

「じゃあ、ちょっと行ってくるぜ」

「すみません、おじゃましました」

 葵ちゃんは深々と頭を下げる。

「……ありがとう」

 母さんの返事がかすかに聞こえた。


「……かえって悪いことを言ったんでしょうか」

 外に出てから葵ちゃんが心配そうに振り返る。

「逆だ、逆。あんなに楽しそうな母さん、久しぶりに見た。葵ちゃんが来てくれたおかげだぜ」

「いえ、わたしは……」

「ほんとだぜ。これまで親父のこと思い出すと、どうしても最後は暗い方に考えが行ってしまってるみたいだからな」

「分かります……それは……」

 ヤバイ、俺が思いださせてどうするんだ。

「ま、まあ、親父も元気でやってることが分かったんだから、そんな気にしなくてもいいじゃねぇか。母さんも喜んでるし」

 あわててとりつくろったが、葵ちゃんは黙ってしまった。なんとなく気まずくなって、しばらくどちらからも話しかけずに歩く。


「……あの、仁狼さん」

 やがて葵ちゃんが遠慮がちに口を開いた。

「おう、なんだ?」

「わたし……おじちゃんから聞いてます。仁狼さんの名前の意味のこと」

「ほんとか!」

「はい」

「教えてくれ。親父はなんて言ってたんだ!?」


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