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明かされる能力  作者: 吉川明人
25/28

連打


「なんだ、母さん。ただの親父の冗談じゃなかったのか?」

「仁狼さんはご存じなかったのですか?」

「おう。尋ねても、面白いだろとしか答えてくれなかったぜ」

「それより葵ちゃん、今日はうちで晩ご飯食べて行かない?」

 話をさえぎり、鈴乃を誘うノリで母さんが誘った。

「え? ですが、ご迷惑ですので……」

「迷惑なんかじゃないわ。久しぶりに家族がそろったみたいで、なんだか嬉しいの」

 母さんの『家族』の言葉に、葵ちゃんがちょっと驚きながら喜ぶ。

「では、自宅に連絡してみます。電話をお借りできますか」

「どうぞ。ハイ、これ」

 母さんがカウンターキッチンに置いてあった電話を渡す。

「あの……もし、もう用意がしてあって、戻らないといけなくても……また」

「今日がだめでも明日でも、いつでもいいぜ。なあ母さん」

「あたりまえじゃない」

 母さんも笑うと、葵ちゃんもニッコリ笑った。


「……もしもし、お母さん。葵です……」

 ひと通り事情を説明している会話の様子から、大丈夫のような雰囲気だ。

 葵ちゃんから母さんに受話器が渡されると、すぐに昔からの知り合いのような会話になっている。

「さて、じゃあ準備を始めましょうか」

「すいません。今日はおよばれになります。わたしも何か手伝います」

 ニコニコしながら葵ちゃんが母さんと一緒にキッチンに並ぶ。

「ありがと。あ、エプロンいるわね。ちょっと待ってて」

 ふだんはしまいっぱなしのエプロンを出してくる。これを使うのは、これまで鈴乃だけだ。

「おばさんは使われないんですか?」

「ええ、昔からエプロンする習慣がないの。そんなのするとかえって緊張するもの」

 そうだったのか?

 なんでエプロンくらいで緊張するんだ?

 コンロに火をかける音、トントンと調子良くまな板に包丁が当たる音がし始める。

 母さんに比べると少しぎこちない音に、キッチンをのぞくと葵ちゃんが包丁を握っていた。

「葵ちゃんが切ってたのか!」

「あら、何言ってるの。葵ちゃんは料理の才能あるわ」

「いいえ、時々お母さんを手伝っているだけの、見よう見まねですから」

「そんなことないわ、私なんか初めて包丁握ったのは中学生の調理実習の時よ」

 そんなことを話しながら、楽しそうに料理を作っている。

 完成した料理は、葵ちゃんがいるのでうちの食卓には似つかわしくない物が並ぶことを想像していたが、いつにも増して我が家の食卓くさかった。

 ヒジキの煮物、大根葉の塩昆布和え、豆腐の味噌汁にご飯に漬物……良く言えば純和風料理。

 人によっては年寄り料理とも言う。しかも、いつも通り味付けが薄い。

 元々は親父の好みで、俺も子どもの頃から慣らされたおかげで、コンビニで買うパンやおにぎりは味が濃過ぎるくらいだ。


「驚いたわ、葵ちゃんの家も同じような味付けなんだって」

「お母さんが管理栄養士をしているので、基本的に和風で味の薄い、成人病対策にもなる食事が中心になるんです」

「葵ちゃん、その歳から成人病予防なのか?」

「はい、おかしいですね」

「い、いや。おかしくはないけど。それより母さん、さっき言ってた親父の名前のこと教えてくれ」

 ちょっと白々しいか?

「聞きたい? ちょっと恥ずかしいけど、まあいいわ。よしおさんも恥ずかしかったんだと思うけど……。

 初めて会ったのは私が役所に勤める前にしばらく勤めていた会社でのことなんだけど、よしおさんその会社の大得意先の担当だったの。

 見た目の歳はそう変わらないのに、もう部門の責任者だったわ。

 それで会社にわざわざ来てもらった時、お茶を出すように言われたの。くれぐれも失礼のないようにって厳重注意つきで……新入社員だった私は逆にガチガチに緊張しちゃって、やっちゃたのよ」

 ふだんはしっかり者の母さんだが、いざと言う時には緊張して失敗をやらかす。さては、何かやらかしたんだな。

 例えば、子どものころピアノ発表会の時、舞台に上がったとたん頭がまっ白になって、曲を最後まで鍵盤一つズレたまま、おかしいと思いながらも最後まで弾いたことがあるらしい。

『とてもできるものじゃない』と、通っていたピアノ教室では語り種になったとかで、急遽作られた特別賞を受賞した。

『落ち込ませないための配慮だったんでしょ』と母さんは笑っていたが。


「何やらかしたんだ?」

「まるでマンガよ。応接室で座っていたよしおさんの直前でつまずいて頭からお茶かけたの。

 それも暑い日だったから、いつもより大き目のコップにムギ茶いっぱい入れてたの」

「うお、とんでもねぇ!」

「ところがよしおさん、倒れたところの椅子に頭ぶつけそうになっていた私を、すばやく支えて『大丈夫か?』なんて言ってくれたの。自分はビショぬれなのに」

「おじちゃん言ってました、お茶より目の前で人が頭をぶつけそうになっている方が驚いたと。

 それで反射的に体が動いた……仁狼さんと同じですね」

 さっきの台座から落ちそうになった時のことを思い出し、なんとなく頭の後ろを掻く。

「そう、それで専務と部長なんか、まっ青になって、私も大変なことした! って、あわててハンカチ取り出して上着拭こうとしたら、力が入りすぎてワイシャツのポケットひきちぎったの」

「連打でくるかぁ!」


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