らしい
「仁狼さんは……1123倍です」
「せ、せんひゃく、にじゅう……さん?」
葵ちゃんが答えた値に頭がクラッとなった。
エルティに俺に敵対するヤツの記憶を消してもらった時に聞いた、とんでもなく常識外れの数値と同じだ。
「君が能力に目覚めた時、誰もが間違いではないかと、ししん様に尋ねた。
だが、間違いなく君はししん様並の能力を持つふたやだ」
能力が大きいほど社会的ステータスが小さいってのを思い出すと喜んでいられねぇが。
「考えてもしょうがねぇ。とにかくそう言うことだな」
「そう言うことだ」
マスターもコーヒーを飲み終えた時、カウベルが響き客が入って来る。
偶然はおしまい。
話もここまでってわけだな。
「さて、忙しくなる」
マスターがカップを持って立ち上がると、次々客がやって来る。
飲み終えた俺たちが場所をとっているのは悪い、代金は葵ちゃんの分もあわせて俺が……。
《今日はおごるよ》
別注用のサイフォンをいくつも同時に火にかけながらニッと笑って心の中に話しかけて来る。だったらごちそうしてもらおう。
「マスター、また来るぜ」
「ごちそうさまでした」
挨拶して外に出ると、そろそろ陽が傾き始めていた。
まったく、今日はあっと言う間だったぜ。葵ちゃんに会って、親父に会って、俺が次元を護る役割を担っていて、光を操ることができる……やめた。
なるようになれだ。
「時間があるんなら、俺の家に寄って行ってくれないか」
黙って俺のあとをついて来ている葵ちゃんに話しかける。
「はい。構いません」
「鈴乃にも、葵ちゃんのこと紹介したいんだ」
あいつもエルティとは現れた頃からのつき合いだし俺と違って納得するまでいつまでも考えるやつだ。
もう何も言わないようになっているが、ほんとはエルティの正体をいまだに考え続けているはずだ。
「それに俺の……親父の家、まだ入ったことないんだろ。書斎残ってるぜ」
「あ、ありがとうございますぅ」
困るくらい頭を下げる……おう、やっぱりエルティと同じだな。
「鈴乃ぉ! いるか!」
呼び鈴も鳴らさず、ずかずかと玄関の扉を開けて大声で呼ぶ姿に、葵ちゃんが門のところでオロオロしている。
「いるよ。どうぞぉ」
キッチンの方から返事が返って来る。
「葵ちゃん、来いよ」
振り返って呼ぶと、キョロキョロしながらついて来る。
むうの地に初めて行った時は堂々としていたのに、こう言う時には遠慮するんだな。
「いらっしゃい。今、夕ご飯の用意して……?」
葵ちゃんを見て言葉を止めた。
「仁狼ちゃん? この子」
「おう、妹だ」
「え?」
「初めまして。朝日奈葵です」
戸惑っている鈴乃に深々とおじぎをする。
「は、初めまして。神流原鈴乃です」
あぶねぇ! 包丁を握ったまま同じように頭を下げるんじゃねぇ。エルティとも同じようなことをしていた気がするぜ。
……そして今日のことを話した。
俺だけじゃ説明し切れなかったので、葵ちゃんにずいぶん補足説明してもらった。
初めのうちは戸惑っていた鈴乃だが、葵ちゃんが実際に電磁波を操り、俺が、鈴乃自身の後ろ向きの姿を見せてやったり、レーザーを出してスプーンを焼き切ったりして見せると納得した。
さらにエルティの説明をしてやると、やっとスッキリしたって表情をした。
「そんな役割の人がいたんだね」
鈴乃はしげしげと俺と葵ちゃんを見る。
「仁狼ちゃんのおじさんも、そうだったなんて……それに、あの事故にそんなことが」
「事故のことは気にするな。親父のやつ、あの世で元気そうだったからな」
「変な表現だけど、そんな感じだね。なんかほっとしたよ。
それに仁狼ちゃんのこと、もう一つ判ったし」
「なんだ? 力の秘密か?」
「それもあるけど、ほら、幼稚園の時に退院してから二週間でキズが治ったことと、中学の時に棒でいっぱい殴られた時にあっと言う間に治ったこと。
自然から治癒するエネルギーが送り込まれたんだよ。うん、すごい」
いつものように鈴乃は笑う……そう言えば、そんなこともあったな。
「……実は、少し心配だったんです」
不安そうな顔をしていた葵ちゃんが話し始める。
「何が?」
「……仁狼さんが、いきなり鈴乃さんにわたしたちの能力のことを話されたことです。
普通はこんな能力ありえないことですし、信じてもらえないか、逆に知られると家族からでさえ疎まれる場合もありますから」
こいつが気にするなんて考えもしなかった。
「鈴乃、気にするか?」
「え? ううん。驚いたけど、驚いただけ」
やっぱり鈴乃らしい。
どんなとんでもねぇことでも、現実にあるものはある……として、納得さえすれば何でも受け入れる。
特に俺の言葉は、ほぼ全面的に信用する。
それが分かっているだけに、こいつには冗談は言えても、絶対に嘘はいえない。
まあ、それ以前に俺がウソを言ったところで、すぐ見抜かれるのがオチだが。




