同等
「まだ何を聞けばいいのか分かんねぇけど…そうだ、なんでわざわざ『とかき』なんて呼ぶんだ? 普通に名前で呼べばいいじゃねぇか」
「それもそうだ。しかし呼び名を変えることによって、気持ちが切り替わらないかな?
古くから名前を変えることは、新しく生まれ代わることを意味しているんだ。
天凪仁狼と呼ばれる時と、とかきと呼ばれる時……どちらも君自身だが、その役割は違う。
それに、そう呼んだ方が君の所属がすぐ分かる。もうとく様を補佐する『いぬい』の能力、光を操る者とね。
また、うか様がおっしゃるには、言葉の音としての能力……音波心理学とも関係があるかもしれないということだ」
「その音波なんとかってのはさっぱり分からねぇが、そう呼ぶほうが便利だってことだな?」
「まあ、そう考えて間違いはないかな」
なんだか修仁と話しているような気分になるぜ。
「……それと、みななふたやここのむゆ、それにふたやの力というのが、どのくらいのものかの説明はまだだろう?」
「おう、聞いてねぇ。これまで俺の力は最大7倍だったから、10倍くらいにでもなったのか?」
そんなにあるわけねぇけど。
「みななふたで一般的な成人男性の50倍から100倍。ここのむゆで100倍から300倍。
我々ふたやで500倍前後の物理的な力が出せる」
思わずコーヒーを吹き出しそうになった。
「そんなにあるのか? いや、そんなはずねぇ。そこまで力があったら、普通の生活なんてできねぇだろ?」
7倍の今でさえ苦労しているんだ。
このコーヒーカップでさえ、何も考えずに持つと割ってしまうんだって……あれ? 俺、普通に持ってるぞ。
「これまで君の能力は、長によってムリやり封じ込まれていたために、力の微調節ができなくなっていたんだろう。
完全に開放されたことで、逆に意識しなければ力は出なくなるはずだ」
何もかもお見通しって顔でマスターが微笑んだ。それがほんとなら、ありがたい。
「だったら今の俺の力って、どのくらいあるんだ?」
ガキの頃のような病院での検査はお断りだが。
「うむ。それは分かるが、ちなみにいちばん力の弱いのは自己紹介で最初に名乗った『す』の三の関くんで232倍。
次が『うるき』の八重咲さんで406倍だ」
「ずいぶん差が開いてるな」
「うむ。彼だけがふたやとして突出して能力が弱いのだが、代わりに霊能力を持っているんだ」
「霊能力? なんか眉つばだな」
さっきの親父を見ていなければ端っから信用しねぇところだ。
「気持ちも分かるが事実だ。特に密教念力系の霊力はすごいものがあった」
「あったってことは、もうないのか?」
「まだ使えるのだが、おさが念力とは『自然が本来向かおうとする方向に逆らって、術者の都合のよい方向に捻じ曲げる能力』であるため、使うべきでないとおっしゃって以来、自ら封じているようだ」
なんだ、今度会ったら見せてもらおうと思ったが、それならムリだな。
「それより仁狼さん。普段お茶が好きでしたら穂香さんに会った時に入れてもらうといいですよ。あの人のお茶はすごくおいしいんです」
最後のひと口を飲みながら葵ちゃんが教えてくれる。
「穂香って誰だっけ? それに会ったからって、いきなりお茶いれてくれって頼むのも変じゃないか」
「『うるき』の八重咲穂香さんならそんなこと気にしないで喜んでいれてくれますよ。
穂香さんはまだ若いですけど、まるでみんなのお母さんのような人ですから。
あ、わたしにはお姉さんみたいですけど」
ああ、そういえばフワッとした優しそうな雰囲気を漂わせた、大学生ってほどじゃないがお母さんってほどでもなく、俺から見てもお姉さんくらいの女の人がいたな。
「八重咲さんは『おとし』の能力、分子……特に水を操り、ただの水道水でさえ、最高の天然水のように変えることができるんだ。何と言っても水の心を読むのがうまい」
「水の心? なんだそれ」
「君はさっき光を操ったが、どんな気持ちだったかね」
「別にどうってことない、なんとなくそうしようと思ったらできたんだ」
思い出しながら、目の前に淡い小さな光を浮かべてみた。
ゆらゆらと揺れる光を、何かの形に作ってみたり、一部分にだけ輝きを増してみたりすると俺の意思にすぐ反応して生き物のようにゆらぐ。
「おう! そういうことか」
世界から能力を操ることを許された者にとって、能力は思うままに願いを聞いてくれる生き物のようなものだからこそ、気持ちを理解することができる。
この光も俺が操っているのか、それとも光が俺にそうさせているのかは、同等ってことだ。
「じゃあ、葵ちゃんには電気、マスターには空間の心が読めるってわけだな」
「そうです。ですから携帯電話や地上デジタル波が増えたために電気たちが増え過ぎて、うるさくてつらいんですよ」
色々な悩みがあるんだな。
「これまで、ふたや最強と言われていた消防隊員『とみて』の榎原さんで574倍。そして『とろき』の六郷くんで559倍だ」
「わたしが419倍で、みぃさんが502倍なんですよ」
「この子はこの年齢でこれだけの能力だ、将来どれくらいになるか想像もつかない」
小柄でほっそりした葵ちゃんが、大人400人以上の力があるなんて信じられねぇが、五メートルの高さをジャンプしたんだから信じないわけにもいかない。
「それで、俺はどのくらいの力があるんだ?」
「これまでのふたやとかけ離れた能力、ししん様に匹敵するほどの……」
マスターが言葉を止める。




