心地いい香り
「わたしの能力で仁狼さんの意識に働きかけて、仁狼さんにしか見えないような具象的エネルギー体として作り出していたんです」
「それならあいつは葵ちゃん自身か?」
「少し違います。わたしの能力で仁狼さんの能力を利用した新しいわたし……赤ちゃんのような」
赤ちゃん……か。時々妙なことを知っていたが、あの純真さと素直さは、言われてみればその通りだな。
「赤ちゃんに近い状態だったので、エルティ自身、自分が何をしなければいけないのか、何ができるのかも分からなかったんです。
わたしがそうなるようにしたんですけど」
「何のためだ? 最初っからちゃんと分かっていればしなくてすんだ苦労、結構あったぞ」
「仁狼さんが自分で能力を制御できるようになるためには、白紙の状態から進めるのがいちばん効果的だったんです……すみません」
「いや、いいぜ。どっちにしろ俺のことを思ってのことなんだろ。
しかしあの服と羽は何なんだ? あんまり意味ねぇと思うけど」
この際、エルティの存在に次いで不思議だったことをみんな尋ねることにした。
「服ですか? わたしは特にイメージしていません。初めて現れた前の晩、遅くまでネットを検索されてましたね、日本の民族衣装について古代から現代、アイヌの装束などを扱ったサイト。たぶんその中でのイメージが影響したんだと思います」
そんなサイトあったか? そう言えば、なんとなく見たような気もするが。
「やっぱり仁狼さんすごいですね、遅くまでそんな難しいサイトで勉強されるなんて」
俺がそんなところを自分から見るはずがねぇ。半分寝ながらテキトーなところをクリックしてたに違いないが、感心しているから黙っておこう……エロサイトじゃなくてほんとに良かったぜ。
「それと羽ですけど……仁狼さんにわたしの能力を送り込んでイメージを固定しようとしていた時、ちょうど鳥の夢を見られていたんです。そのイメージがくっついたんだと思います」
「そうだったのか。それで」
今ではすっかり見慣れているから、羽のないエルティなんて考えられない。たぶん同じ顔の葵ちゃんに羽があっても違和感は感じないだろうな。
「それであのラフトか? あれは一体何なんだ? あんなの俺は一度も見たことねぇぞ」
「え、ラ、ラフトですかぁー」
そう答えた葵ちゃんは、少し恥ずかしそうに笑う。これまでの照れ笑いとは少し違うようだが。
「あの、あれはですね……当時流行ってた女の子向けのアニメの魔法に出てくるものだったんです。
仁狼さんが魔法のように何か能力を使われるんだったら何がいいかな、と考えているうちにくっついたみたいなんですよー」
「……はあ〜〜〜、これまでさんざん考えてたのが、女の子向けのアニメか。そりゃ分からねぇはずだな」
「す、すみません……」
「いや、いいぜ。分かったんだからそれでOKだ。あ、そう言えば今日は一度も出て来ていないけれど、ひょっとして俺が能力を操れるようになったらエルティはどうなるんだ? 消えてしまうのか」
「本当はそうなるんですが……仁狼さんが望まれるのでしたらこれからも会うことはできます」
「おう、会いたいぜ。あいつは俺の相棒だからな」
「しかし、これまでのような形で、と言うわけにはいかなくなる」
マスターがゆっくりとコーヒーを飲みながら言った。
「なんでだ?」
「これまで、エルティを具象化するために、常にこの子の能力を媒体にしていたんだ。
能力を使いこなせるようになった以上、あまり負担をかけさせるわけにはいかない」
「そうなのか?」
葵ちゃんを見ると小さくうなずいた。
「すまねぇ。親父のこと思ってくれていただけじゃなくて、俺まで守っていてくれてたんだな」
そう言うと、恥ずかしそうにうつむいた。
「う、嬉しいですぅ! ひとつてさんにそう言ってもらえるなんてぇ!」
いきなり現れたエルティが涙をポロポロ流しながら、ペコペコおじぎする。
「お、おい……そんな大げさな」
たぶん、恥ずかしさを隠すために、葵ちゃんの気持ちをエルティが代わりに言っているに違いないが……それでもこいつが言うと、すごく自然に感じられる。
「いるのかね? エルティが」
仲間なのにマスターには見えてないのか。
「はいぃ。これまで通りひとつてさんと鈴乃さんにしか、あたしの姿はご覧になれません」
エルティが代弁しながら葵ちゃんが恥ずかしそうに微笑む。なんか、俺と葵ちゃんだけの心の会話みたいだ。
「エルティのこと、やっと分かったぜ。今度からこいつに会いたくなったら葵ちゃんに頼むようにするぜ」
「「はい。いつでもおっしゃって下さい」」
まったく同じ笑顔で、二人は同時に答えた。
「それと、さっき親父がエルティのこと知っているようなこと言ってたけど、なんでだ?」
「たぶんおじちゃんは想像で言ったんだと思います……電気・電磁波を操る、『ふるへ』の能力でこんなことができるのは知っておられますので」
「なんだ親父め、カマかけてやがったのか」
あいかわらずとんでもねぇやつだ。
最後の質問は……やめておこう。葵ちゃんの話し方はハキハキとハッキリしているが、エルティのとぼけた話し方は何なのか……。
さっき分かった。せっぱ詰まった親父の最期の話し方だ。俺に能力を送り込んだ時、親父のことを思いだしていたんだろうな……。
「さてと……それじゃあ、仲間のことで何か知りたいことはないかね」
マスターが新しいコーヒーを注いでくれる。




