絶句
「中に写っている、こいつが鈴乃で、こっちが順崇だ。
どっちも親父にとって血はつながっていないが、実の子どもみたいにかわいがってくれて、俺も子どもの頃はほんとの兄弟と思っていたんだぜ。今でも兄弟同様につき合っている」
「……そうですか」
葵ちゃんがなぜか少し寂しそうに答えた。
「だから親父のやつ、こいつらのこと『心の我が子』とか言ってほんとに俺と変わらないくらい、こいつらのことかわいがっていたんだ」
「はあ……」
やっぱりさっきより、もっと寂しそうになるが?
「そりゃもう、葵ちゃんと同じくらいかわいがってくれたな……いや、俺でもあんなにかわいがってくれた記憶はないぜ」
「え?」
驚いて上げた顔を見て、なぜ寂しそうなのかやっと分かった。
「さっきの記憶、見せてもらって分かったぜ。
葵ちゃんも親父にとって『心の我が子』なんだ。だから俺にとっても葵ちゃんは兄弟同然、妹だぜ」
葵ちゃんに親指を立てて見せる。
「……あ」
目から涙がポロポロながれ落ち、葵ちゃんがしがみついて来た。
親父の代わり……と言うわけじゃないが、あんなに親父のことを慕ってくれたこの子の気持ちに少しでも役立ちたいと思った。魂とは言え、せっかく会えた親父ともまた別れ、寂しい気持ちがヒシヒシ伝わって来る。
親父がしていたように…親父のできなかった代わりに頭を撫でると、葵ちゃんは俺のシャツに額を押し当ててゴシゴシと頭を動かす。
……涙と鼻水が。まあ、今はいいことにする。
葵ちゃんに兄弟はいない。彼女自身、父親も母親も優しくしてくれているが、俺たちの仲間、特に親父ほどの精神的つながりはない………話してもいないことが自然に伝わってくる。
「葵ちゃん…エルティって何モンなんだ?」
少し落ち着いたのを見計らって、いちばん知りたいことを尋ねることにした。
「その話は店でゆっくりとするのはどうかな」
全員を送り届けたマスターが話しかけて来た。もう残っているのは俺たちだけだった。
「そうだな。行こうぜ」
「はい」
来る時通った道を戻ると、やっぱり清々しい空気が満ちていた。葵ちゃんは少し恥ずかしそうにうつむきながら、俺の後ろをついて来る。
「なあ、この山どこなんだ?」
こんな気持ちのいいところ、鈴乃や順崇や他のやつらも連れて来てやりたい。
「いまだ人の手入らず。いい場所だろう、白産連峰の奥地。核心地域だ」
マスターがリゾート地としても、国立公園としても有名な山の立入禁止区域であることを教えてくれたが……それはちょっと簡単に来れる距離じゃねぇな。
ラオムに戻って最初に座ったテーブルにドカッと腰を下ろす。時間はまだ昼を少しまわったばかりで、長く感じられたむうの地でのことは、ほんの二時間足らずのことだった。
マスターがサイフォンのセットを準備し始める。店は営業中になったが、誰一人客が入って来ないが、いいのか?
「お客さんが来ないことを気にしているのかね? 君にも分かるだろう、世界が偶然を起こしているんだ。君に我々の説明をしているあいだは、お客さんは誰も来ないよ」
「だったら俺は、営業妨害しているんじゃねぇのか」
「心配ないさ、私がこの店を開いてから一日も売り上げが落ちたことはないんだ」
「そりゃあまあ、この店の雰囲気はいいからお客が来るのは分かるけど」
「ありがとう。でも少し違う。どんなに忙しく、あるいは暇に感じても一か月、年間の売り上げはほとんど変わらないんだ。
つまり我らと同じバランスを保っている。いつものでいいかな?」
「おう、頼む。葵ちゃんはどうする?」
「天凪くん、その子は通だぞ」
葵ちゃんが答える前に、マスターが面白そうに言いながら、後ろにズラリと並んだ色々な豆の中から二つを取り出す。
「わたしは、スマトラ・マンデリンとヴァテマラを7対3の割合で荒挽きしたものが好きなんです」
知らねぇ! 聞いたこともない!
マスターは自分用にジャワ・ロブスターってのを挽いて店の奥に入り、ポットに入れてあるコーヒーを三つ持って出てきた。ポットごと湯せんしたコーヒーからいい香りが立ち上りあたりにゆったりと漂う。
「おう、やっぱりうまい!」
ひと口すすって思わず声がでる相変わらずの美味さだ。
俺の声に満足そうに微笑んで、マスターもひと口。葵ちゃんはこの歳でブラックを飲んでいる。つ、通だぜ!
「エルティのことでしたね……」
葵ちゃんの方から話し始めた。
「おう、そうだ。さっきみんなの前でパフォーマンスした時はエルティなしで能力を操れたけど。どうなっているんだ?」
「エルティは安全弁だったんです」
「安全弁?」
「はい。仁狼さんの能力が暴走しないように、自分の意思で操れるようになるまでは、能力を主観的ではなく、客観的に使うことによって徐々に使い方に慣れて行き、また、仁狼さんの中に蓄積されたエネルギーも時々開放してあげる具象的な存在だったんです」
「そ、そういえば葵ちゃんて、歳いくつだ?」
「え、え、歳ですか? 十三歳です」
ぜんぜん関係ない質問に葵ちゃんは驚いている。
「すげぇ難しい言葉知ってるんだな。最近の中学生って頭いいんだな」
「いえ……まだ小学生です。中学は来年から」
小学生で主観的やら具象的存在なんて、俺が小学生だった時には考えられねぇ。
「塾では色々なことを教わりますし、本を読むのも好きですから」
そう言えば、葵ちゃんはきっちりと敬語を使っている。俺みたいにアバウトじゃねぇ。
「それでエルティですけれども」
絶句していると、葵ちゃんが話を続ける。




