それみろ
「おう、例えば俺が単独でいねむり運転をして、事故を起こしていたとか、家でくも膜下を起こしてしまうとか……どう転んでも死んでいたことに変わりないんだ」
「死なずにすむ方法は、ほんとになかったのか?」
「おう、あったのなら俺は死んでいない」
「そうか…」
親父は嘘が嫌いだった。というか、俺もそうだが、ほんとのことなのにわざわざ理由や理屈なんて言えねぇ。だからこそ、親父の言っていることは間違いなくほんとなんだ。
「それで俺はこれからここで、どうすればいいんだ?」
「この祭壇から、お前に世界からのエネルギーが送り込まれる。
そうすれば何をすればいいのかイヤでも分かって来るんだ。世界に通じる接点、祭壇に心を開け……と言っても理解できないだろうな」
「当たり前だ」
「お前、公園のでかい木は好きだろう? この祭壇、あの感じと似てないか?」
そうだ。初めてこれを見た時もすごい安心感がしたんだ。改めて足元の祭壇を見ると、触れている足の裏が心地いい。
「座ってじっとしてろ。余計なことを考えるなってことだ。得意だろ」
「そうだな。そうするぜ」
祭壇にドカッと座って、ただ祭壇から伝わって来る心地よさ以外、何も考えないことにした。
この世界の意識が俺の中に流れ込んで来る感じがした。これまで感じたことのない、でかいエネルギーが俺の中に注ぎ込まれる。
宇宙の脈動、銀河の息吹。
恒星の鼓動、惑星や衛星の息づかい。
空の躍動、海の流動、大地の活動。
動物一頭、虫一匹、雑草一本の命。
自然の意思、希望。
そして次元バランスを脅かす存在にさえ、平穏を願う気持ち。
すべてが大切。
すべてが愛おしい。
俺たちはその世界を守るために、世界の愛情によって生み出された誇るべきもの。
「……親父……」
「なんだ?」
「いくつか聞きたいことがあるけど、あとどのくらいここにいられるんだ?」
世界の意思が流れ込んできたおかげで、少しは親父がどういう状態なのかが分かってきた。
生命の本質……魂に戻ってから、顕現できる日は限られている。俺がこの場所に来られるくらい内包された能力が安定して、半日程度の時間があり、そこへ導いてくれる葵ちゃんとも時間の都合が合う……いや、そもそもこれだけの人数が一同に会することができるのがおかしい。
親父が始めに言った『あるのは必然の積み重ねだ。だが、その必然を繰り返すために、世界は偶然を用意する』ってやつか。
最初から『今日』が用意されていたんだな。でなければ修仁のやつが休みにしようなんて言うはずがない。
だから、親父も集まっている人たちもいつまでもいられる訳じゃなく、あくまで偶発的にいられるだけのことだ。
「そうだな、あと30分ってところか」
チラッと隣の葵ちゃんを見ると、親父と話したそうにウズウズしている。俺ばっかり話すわけにいかねぇな。
「エルティのこと、なんで親父が知ってたんだ?」
「俺たちは互いに考えていることが分かる。伝えようとする意思は自然に伝わるんだ」
「俺の意思を読んだのか」
「いいや。姿が見えなかっただけで、俺は今日、葵ちゃんと一緒にお前を迎えに行ってたんだぞ」
「おじちゃんもわたしと一緒に来てたの?」
葵ちゃんが驚く。
「おう、むうの地から離れていたから姿は見せられなかったけどな。
だいたい、葵ちゃんを見た時、お前が自分で言ったろ?」
「確かにエルティの名前は呼んだけど……なんでそれで分かるんだ?」
「それはあとで葵ちゃんから教えてもらえ」
へ? じゃあ、やっぱりエルティと葵ちゃんは何か関係あるのか? 葵ちゃんに尋ねたかったが、時間が限られてる今は親父と話すことにする。
「母さんに伝えておくことはないか?」
「玲子か……あいつとは性分が近いから、あいつが死ねばまた逢えるんだが……」
縁起がいいのか悪いのかどうか分からねぇ。
「そうだな、また逢えるのを楽しみにしているが、できるだけのんびり来い……心配しなくとも俺はちゃんと待っている。と言っておいてくれ」
「分かった。最後に教えてくれ。俺のこの名前、ムリやりつけたらしいけど。どう言う意味なんだ?」
「おう、そのことか」
親父はニヤリと笑う。
「そのうち分かる」
「そのうちって……親父だけが知ってるんじゃねぇか。いつまでも焦らすなよ」
「焦らしているんじゃない。お前が俺の予想通りの能力を現した時、分かるようになっているんだ」
そう言って親指を立てる。
「予想通りの能力?」
「それより、鈴乃ちゃんと少しは進展したか?」
「するわけねぇだろ。俺はいまだに妹にしか思ってないぜ」
「じゃあ他に彼女でもいるのか?」
「いないぜ。めんどくせぇ」
「それみろ。ほら、そろそろ葵ちゃんと交替しないか?」
「それみろって……」
俺が反論するのを無視して葵ちゃんの方を向く。彼女は俺を遠慮がちに見つめた。しかたねぇ。親父の調子じゃあ、サプライズでも楽しんでいる様子だ。こうなったら教えるつもりなんてないんだ。
「葵ちゃん、親父は任せた。ここからは好きに相手してやってくれ」
葵ちゃんはすごく嬉しそうに笑った。




