価値
「今のがあんたたちの、親父の……」
納得できねぇ。
理解はできても、納得はできねぇ。
「親父のように……俺にも役目があることは、なんとなく分かった。だったらなおさら、親父が死ななくて済む方法があったんじゃねぇのか?
たった三人で行かせねぇで、もっと大勢で行っていればあんなことにならなかったんじゃねぇのか?」
「その問いにわたしたちが答えても君は納得しないでしょう……だからこそ、今日来てもらったのです」
「世界に……自然には偶然はなく、あるのは必然の積み重ねだ。だが、その必然を繰り返すために、世界は偶然を用意する。
矛盾しているのかどうか分からん話だな」
いきなり後ろから声がした。
懐かしいはずの、ついさっきまで聞いていた声。振り返ると、あのままの姿の親父が立っていた。
「親父? おい! これも幻覚なんじゃねぇだろうな」
「おじちゃん!」
だが返事よりも早く、離れたところにいた葵ちゃんが、自分の祭壇を飛び降りて、俺のいる祭壇に飛び乗ってきた。
「おじちゃあーん」
「葵ちゃん、危ない!」
親父があわてて止めようとしたが、葵ちゃんは親父の体をすり抜け、ふいを突かれた葵ちゃんはその勢いのまま祭壇から落ちそうに……。
「っあ! 危ねぇ!」
考えるより先に体が動いた。
落ちる寸前のところで葵ちゃんに手が届き、グッと引き寄せると彼女はペタッと尻餅をついて落ちずにすんだって……!
おい! その勢いで俺が落ちてるじゃねぇかぁ!
「すみませーん仁狼さん、大丈夫ですか?」
上から葵ちゃんの心配そうな声がする。
「おう。痛いより、カッコ悪い……」
けっこう膝に来ていたが、もう一度祭壇に飛び乗る。
「すみません。わたしなら落ちても平気だったんですけど」
申しわけなさそうに葵ちゃんがうなだれた。
「あ、そうか。自分で飛び降りて来るくらいだったんだ。忘れていたぜ」
「はははは……だから危ないって言っただろ」
親父の幻覚が大笑いしやがる。
「なんだよ、やっぱり幻覚だったんじゃねぇか」
「あわてるな。ほら、触ってみろ」
文句を言うと、親父は静かに首を振って手をのばしてくる。
今度は触れるのかと恐る恐る俺も手を出すと、スカッとすり抜けて触れない。
「触れねぇ! 意味ねぇだろ!」
「はははは! 引っかかったな」
「引っかかりもしてねぇだろ」
「冗談だ。だが幻覚じゃない。魂だよ、仁狼。早い話が幽霊だ」
笑いながら、自称『親父の幽霊』が言った。
「ふざけんな、そんなモンいるわけねぇ!」
「目に見えない、聞こえない、理解できないモノが存在しないと言うなら、エルティはどうなるんだぁ? 仁狼」
なんでエルティのことを知っているんだ?
「なんでそんなこと知っているのかって顔だな。お前のことなら何でも知っているぞ。なんせ父親だからな」
「わざわざ父親であることを強調しねぇといけないくらい知っているのか?」
親父は顔を曇らせる。
やっぱりニセモノなのか?
「仁狼、率直に言う。魂の存在を信じる信じないはともかく、俺は義鳳だった者の魂。つまり存在の本体だ」
「だった者?」
「おう、だった者だ。今見えている俺は、お前の覚えている父親の姿をしているが、俺に生まれる以前は違う姿、違う名前を持っている。存在の記憶と同じだ。
お前の知っている天凪義鳳は、いくつも積み重ねられた俺と言う存在の一つの現われに過ぎない」
「あのなぁ、もし自分が言っているように親父だったら、俺にそんな話が理解できると思うか?」
「241パァセント無理だな」
笑いながら答えるそんな中途ハンパな数字にハッとなった。
親父の言い方だ。素直に100%や120%と言えばいいモンを、わざと妙な数字を使い、それにパァセントと聞こえる妙な発音。そもそもさっきのような意味のない冗談のかけ合いも、親父との懐かしい思い出だ。
「なあ、だったらあれ覚えているか? 昔、順崇の爺さんの店で壷割ったこと」
「おう、話を聞いた時、血の気引いたぞ」
「弁償せずに済んだらしいけど、なんでだ?」
「そのことか。あの人が言うには、割れ物である以上は、いつか必ず割れる日が来る。それがこの壷にとって今日だったに過ぎないと言ってな。
それに、この壷が作られてから約2000年ものあいだ大切にされて来た時間と、この壷を愛してきた多くの人たちの思いは、いくら金を積まれても元には戻らない。
そのことに親である俺たちが取れる責任はただ一つ。
お前をそれほどまでに価値のある人間に育てることしかない、と言われてな。金は一円たりとも受け取ろうとしなかったんだ」
なんて爺さんだ。佳月の親父が信用できるって言ってたのが分かるぜ。
「で、どう思うんだ? 俺がそんな人間になると思うか?」
「当たり前だろ。俺の息子だ」
ニヤッと笑って親指を立てて見せた。
「……分かったぜ親父。親父がなぜ死ななけりゃならなかったのか、納得のいく説明をしてくれ」
「そうだな。次元バランスを護る行動は、必要最低限の人数にしないと、かえって次元を刺激することになるからだ。
それに、俺が死んだのはさっきの壷と同じ話だ。生きている者にはいつか必ず死が訪れる。それが俺にとってあの日だったに過ぎない」
「それじゃ、ぜんぜん納得できねぇ」
「はははは……はっきり言ってしまえば、俺が行動してもしていなくても、どっちみちあの日に死んでいたってことだ」
「そ、そうなのか?」
意外な言葉に驚いた。




