変換
「やはり、放っておけなかったな」
「そうですね。とかき、どうです?」
「探っているが、次元の違いが大きくて意思決定を起こさせるものが見つからない。止めているだけで精一杯だ」
親父の言うとおり、光が少しでも弱まるとまた動きだそうとする。
ラチがあかねぇ!
だんだんと親父の顔に疲労が現れ始める。
「とかき、援護します」
からすきと葵ちゃんが気を集めて親父に注ぎ込む。
ソイツと親父の攻防……どちらも動かないだけの攻防がさらに続く。それでも、ソイツはあきらめない。
《このまま粘られるとぉ、能力がもたなくなるなぁ》
親父のすっとぼけた意思が聞こえてくる。
「とかき、あきらめて攻撃しましょう。このままだととかきが……」
「な〜に言ってるんだぁ。それこそ、俺らの来た意味がないじゃないか」
「おじちゃん……」
気を送りながら、葵ちゃんも心配そうに見る。
「大丈夫。何とかするから、あみも心配するな」
そう言いながらも、俺には親父の心の動揺が聞こえていた。
《こりゃあちょっと本気でヤバイな》
その声は仲間どうしのからすきにも聞こえている。
「これ以上はとかきが危険です! 僕が攻撃します!」
「やめろ!」
からすきが腕を上げるのを、親父は厳しい口調で止めた。
「……ですけど、このままだと能力を使いきって」
「俺もまだ死にたくはないよ、妻も息子もいるんだ。
葵ちゃん雄綱くんたちこの仲間、友人、信頼する仕事の同僚や、信用してくれる人たちがいるからな。それはあの子にも言えることだろう」
アイツを指しながら親父は言った。
なんてやつだ。こんな時までそんなこと考えてやがったのか。
「やりたくはないが、賭けてみるかぁ……二人とも、ちょっと離れてろぉ」
二人が離れたのを確認してから、ゆっくりと能力を集め始める親父の考えが伝わって来る。
《周囲の炎を、失った能力にまるごと変換して、限界まで高めた能力のぜんぶをアイツに解き放てばなんとかなるかぁ。
意思を決定する方法が見つからねぇのなら、単純にエネルギーの量で強制的に帰らせるしかないなぁ。だが、そのためには相当量のエネルギーを操らなくてはならねぇ》
それは、ひょっとすると……親父自身が自分の能力を制御できなくなるほどの。
「むん!」
向けていた光をいったん弱め、能力を集めると、アイツは動き始めた。と同時に親父を中心に木々に燃え広がった炎がかき消すように消えて行く。
光が熱に変わるように、親父は熱を光に変えてエネルギーを集めているんだ。
気がつくと俺は、親父の服から周囲に生えている木の一本になっていた。
眼下の親父の腕がゆっくりと上がり、巨大な光の柱が空に伸びる……。
ソイツは向きを変えて、もとの穴の中に入って行く。
全身が入ったのと同時に、引き伸ばされた肉の輪がヘロヘロと焼けたアスファルトに落ち、ジュッと音をたてて焦げた。
余りにあっけない幕切れだ。
「やりましたね! とかき」
「おじちゃん!」
「だめだぁ。近寄るなよぉ〜」
二人が駆け寄ろうとするのを、親父は振り返って制する。
「どうしたの? おじちゃん」
「……とかき?」
「残念だが、能力が暴走しているようだ」
親父の額から、すごい量の汗が吹き出していた。もう自分の意思とは無関係にエネルギーが集まって来ている。
「近づいちゃいけないぞぉ。お前たちを巻き込むことになるからなぁ〜」
聞いたことがねぇほどの、いちばんすっとぼけた口調に、二人は息を飲む。
「いやだ! おじちゃん、死なないで!」
「だめだ! あみ!」
葵ちゃんも理解して親父のそばへ駆け寄ろうとしたが、からすきに押さえられ動けない。
足元のアスファルトが二人の力でめくれ上がっている。
親父の服の中のあちこちから、懐中電灯が照らされているようにボウッと光り始めた。集められた光のエネルギーが、ふたたび熱に戻ろうとしているんだ。
「葵ちゃん、悲しまなくていいんだぞぉ。
肉体の死は厚いコートを脱ぐようなものだからなぁ。本当の俺が死ぬわけじゃないんだぁ……これをやるぞぉ」
周囲が焦げ始めた写真を、『あみ』じゃなく葵ちゃんと呼んで投げると、きれいな弧を描いて葵ちゃんの手元に納まる。
「写真の中の、俺の右隣にいるのが息子の仁狼だぁ。そいつはこれまでのふたやとはかけ離れた大きな能力を持っている。
ふたやでありながら『ししん』に匹敵するほどのなぁ。だけど、今のままでは中途半端に目覚めて能力の暴走に耐えられなくなって、今の俺と同じことになるんだぁ。
葵ちゃん。仁狼を……能力を自分でコントロールできるようになるまで守ってやってくれないかぁ。
それがいつのことになるかは分からないがぁ、その時が来たら俺が迎えに来たように葵ちゃんが仁狼を迎えに行ってやってくれぇ」
服の光っていたところが焦げ、炎が上がり始めた。
「……その時にでも、伝えてくれぇ」
口調とは裏腹に、残る力をふりしぼって、必死になって能力をコントロールしている。
俺も拳を握りしめた。




