目覚めると
景色が変わった。
葵ちゃんは一人だった。
一人で木に登ろうとしている。
見ているだけで危なっかしいが、ベンチの俺にはどうすることもできねぇ。
俺の心配をよそに、ゆっくりと慎重に……しかし確実にてっぺん近くまで登って行く。
そこでやはり気がついて、あの枝に座った。
「気持ちいい」
俺は木の枝になり、小さな声でつぶやく彼女の隣にいた。
久しぶりにここからの眺めを見たな。俺が登っていた時よりも、住宅なんかが増えているが、やっぱりここからの眺めは気持ちいいぜ。
しばらくすると、葵ちゃんは眠り始める。
おい、こんなところで眠るんじゃねぇ。
高さ20メートル以上あるんだ、落ちたらケガじゃすまねぇ。目の前にいながら、どうすることもできねぇってのはイヤなもんだな。
とにかく俺には見守るしかなかった。
やがて、体がゆっくりと沈み始める。
うおっ! ヤバイ!
どうするんだ? え?
改めてよく見るとバランスが崩れているわけではなく、木の中に溶け込んで行ってる?
全身が枝に支えられているわけじゃねぇからところどころに隙間があるはずなのに、ある一定の個所からは空間を通り抜けるように体が消えている。
岩の通り抜けを思い出したが、ここでは向こう側の空間は見えねぇ。どうなっているんだ?
俺を残して彼女は完全に消えて行く。
そして景色が変わった。
さっきまで俺もいた山の中の場所だ。
いくつもの石の祭壇が立ち並ぶ山の中。俺は周囲の山肌として光景を見ていた。
空間を抜け出して来る葵ちゃんを、誰かが受けとめようと待っている。
確認するまでもない。親父だ。
背広姿のまま両手を差し伸べ、それ以外のやつらは俺の時と同じく無言でその光景を見守っている。
やがて全身が現れ、ストンと親父の腕の中に落ちる。
「ひあっ!」
落下感で葵ちゃんが目を覚ます。
「……あれ? おじちゃん……ここ?」
目をこすりながら、キョトンとしている。
「葵ちゃん、一人で木に登ったら危ないだろ」
なんでそのことを知っているんだ? それになんでこんなところに親父がいるんだ?
弓香さんもさっき、あの祭壇は元々親父のだと言ってたけど。
「ごめんなさい」
「まあ、しょうがない。それにしても、まさか葵ちゃんの方から自分で来ることになるなんてな」
「おじちゃん、ここどこ?」
地面に降ろされた彼女は、キョロキョロしながら尋ねるが、親父がいるせいか、怯えているようには見えない。興味津々といった感じだ。
「おう『むうの地』と言ってもまだ分からないだろうな。仲間が集まる場所……学校みたいなところかな」
「ふうん」
葵ちゃんは分かったような、分からないような返事をする。
「とにかく葵ちゃん。まん中に向かって行けるところまで行ってくれないか」
「おじちゃんも来てくれる?」
「おう。後ろからついて行くから」
ニコッと笑って彼女は歩き始めた。
オドオドしていた俺とは大違いだな……まあ、後ろに親父がついているんだけど。
まん中の輝く祭壇と周りを囲む四本の祭壇、その周りを囲む1、2、3…28本の祭壇。さらに周りは……多過ぎてとても数え切れねぇが、上から見てようやく全容が把握できたぜ。
葵ちゃんはスタスタと歩き、俺と同じように28本の祭壇のところで足を止めた。
「おじちゃん、もう行けないよ」
不安そうな顔で親父に振り返る。
「そうか、じゃあこの柱の中のどれか気に入ったのを探してごらん」
頭を撫でながら、28本の祭壇を指す。
「うん」
意味が分からないまま、キョロキョロ左右を見渡していたかと思うと、急に走り出して右に4本目の柱の前に立った。
「おじちゃん! これ! これがいい」
そう叫んで柱にしがみついたとたん、何かが起こった。
柱から、目には見えないがすごいエネルギーのようなものが、葵ちゃんの体の中に入って行くような感覚を感じる。
とにかくそんなイメージだ。
葵ちゃんはボーッとなったままじっとして、それがぜんぶ入り込み終えると、彼女はスッと顔を上げて……跳んだ。
五メートルはゆうにある祭壇の上に、跳躍の動作もしないで跳び乗った。そのとたん周囲から怒涛のような歓声、もちろん声じゃない歓声が沸き上がった。
俺も驚いた。こんなことができるのは俺くらいだと思っていたぜ。
それもあんな小さい葵ちゃんが。
——わたしたちは次元のバランスを護る者。その能力を使いこなすためには、それ相当の体力が必要となるのです。
わたしたちがそれに目覚めると、普通の人の何倍もの力をも授けられることになります。
君が通常の人よりも高い運動能力を持っているのはそのためです——
『もうとく』って人の声が聞こえて来た。
そうか、それで俺は……あれ?
俺は、まだ目覚めてねぇ四歳の時から人よりすごい力があったぜ?
——そう。君はわずか四歳で能力に目覚めようとしていました。しかも、そのまま目覚めることになれば確実に能力が暴走し、君は失われているところだったのです。
そこで君自身で能力の制御ができるようになるまで、長を通じて君の能力は封じられてきました——
そうだったのか、親父はそのことを知っていたんだな。
——いちばん心配していたのも彼でした。
物理的な高熱だけならともかく、世界がその者を失わせるほどの能力を与えようとしていたのですから——
そうか……で、その能力って何なんだ?
——異次元からの侵入があった場合、速やかに状態を回復させれらる特殊な能力です。最初から説明しましょう……——




