希望から
【第二幕七節】希望から
与市とお藤は決心を固め、同じ終わるのであれば、前へと進むことを選んだ。そう、お藤の父、栄次郎に、二人のことを打ち明け認めてもらうのだ。
その日、二人は柳屋へ行き、全てのことを栄次郎へ話した。栄次郎は、お藤のその顔がとても真剣で、この話をまとめようとする心が、ひしひしと栄次郎へも伝わってきたのを感じならが栄次郎は、話し始めた。
「・・・お藤、わたしはとても悲しくおもうぞ?。このわしが、お主たちのその真剣な想いを反対するとでもおもっておったのか!けしからん・・・。そして、与市おぬしもお藤と夫婦となるのなら、商人としての心構えも覚えてもらわねば困る。わしは、厳しい父親だぞ?ええのか?」
二人は、驚いた顔で目と目を合わせ、次に栄次郎をみたが、笑いながら呆れた顔をしていたので、本当にゆるしてくれたのだと解り、お藤は泣いて喜んだ。そして、与市も膝の上にのせた拳を、ぎゅっと力強く握り、喜びをかみしめた。そのような、姉の喜ぶ姿を不思議そうにみながら、弟 正之助が可愛く言った。
「お姉ちゃん嬉しいそう。わしもなんだか、嬉しくなってきたぞ」
お藤はそれを聞いて
「うん。お姉ちゃん本当に嬉しい。嬉しいよ」
と、正之助を抱っこして、くるくるとまわったので、栄次郎も母も笑った。
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柳屋がそれより、とても明るい前向きな婚礼へと向かっていた時、お藤のうわさが流れていた。
江戸城から数名の武士が柳屋へと出向いてまいり、命令文書を広げて読み上げた。
「江戸城下町商人 柳屋栄次郎の娘お藤、これより一ヶ月後のち将軍綱吉公の命により、大奥へと入れとのご命令謹んで受けるがよい!」
と、命令文書を栄次郎へと渡し、去って行った。
その日より、父栄次郎はその命令を取り下げてもらうよう翻弄するが、さすがの栄次郎も将軍綱吉の命令を保護にすることなど出来はしなかった。そして、二人に謝った。
将軍綱吉のその愛欲は激しく、ある時は夫婦になっているものさえ、それを引き裂き、大奥へと連れてきたことがあるほどだ。それを結婚もしていない美しいお藤のことをあきらめるはずもなかったのである。もし、断われば柳屋はもう商売をすることが出来なくなるだけではなく、どうなるかも解らなかった。
お藤は、与市と結ばれることが出来ないのであればと、命を断とうとさえしたが、与市はそれをゆるさなかった。
「生きてさえいればいい。生きてさえいればわしは、他には望まん」
と、言って二人はその一か月を噛みしめながら過ごした。結局ふたりは結ばれることなく、しかし一生分の愛情を注ぎ込んだ。
明もまた、そのような二人を慰めるかのように寄り添ったのだった。
【第二幕七節】完