別れ
【第二幕六節】別れ
大切なものとは、それが離れて行きそうになってはじめて、苦しく無くしたくない!と気づくものだ。問題は本当に問題なのだろうか。そして、惹かれあう与市とお藤にも同じことがいえた。
明に対して、試し斬りをされそうになったあの事件より、与市は変わらず優しい人だったが、すこし以前とはちがう気持ちを抱いていることを、お藤は本当のところ気づいていたのに、それに触れようとすることが何やら怖くてできなかったのである。当の本人は、お藤や明に対して優しくすればするほど、愛情が深まり、自分のことが許せないことに日に日に想いが膨れ上がった。
一瞬、瞳の奥に向かい合って話していたお藤は、自分自身を与市が斬るかのような鋭い感情を感じ怖くなり目をそむけた。
それを与市は、あぁ この女性は、わたしの気持ちの苦しみを知っているのだと分ったので、問いただした。
「お藤、どうして急に目を背けたのだ?・・・・やはりおぬしも気づいていたのだろう?」
お藤は、振りむいてから、分らぬ様な顔で答えた
「なんのことですか?急にどうしたのです?」
与市は、じっとお藤の目をみるが、お藤は今度は変わらぬ疑問の目をして、そらさずにこちらを見ているので、自分の気のせいだったのかとおもい黙って下を向いた。
しかし、与市は話すべきだとおもい。ふぅーっと息を吐きお藤へ話し始めようとすると、お藤が
「そういえばですね。今日の朝・・・」
と、さえぎるような話をはじめたので、与市も
「お藤!ちょっとまて、ちゃんと話しをしたいのじゃ。聞いておくれ」
と、前の話へともどそうとした。
しかし、お藤は
「いいではありませんか。今が幸せでこうやって三人一緒にいられるのですよ?それに何の問題があるのですか」
と、顔は笑顔で話すが、目は脅えていた。
「お藤、明がお主の言葉であのとき斬られずに助かったことを本当に今でもよかったとおもっておる。でもな・・・心の奥底ではわたしは、あの童を止めることもできない力の弱い人間だということを許せずにおるのじゃ」
すると、またお藤がさえぎるように
「与市さん、わたし怖いです。その先のことはどうか、言わずにこのままでいてください。」
涙をため始め、聞きたくない風なお藤の心は、自分への愛情をちゃんともっていることを与市は分り、嬉しく思った。だから、なおさらお藤のことが、大切に思えて話さずにはいられなかった。
「いや、これを話さずにいたら、いつかわたしは自分を許せずに、その気持ちをお主に向けて傷つけてしまう。そうならないように話しておきたい。」
想いが心に苦しみを与えたので、すこし間をおいて、さらに話しはじめた。
「わたしは、ただの農民。あのとき斬られたとしても、あやつらには、何もおとがめもなく終わっていたであろう。そんなわたしは、お前たちを幸せにすることが、この先できぬのなら、いっそうこれで終わりにしたほうがいいのではないかと想うておる。今日限りわたしたちは・・・・・別れよう・・・・どうじゃ?」
しばらく、お藤は何も言うことができずに、涙を流しながら下を向き、下唇を小さく噛みながら悲しみに堪えていた。
しばらく考えたお藤は、急に与市へ睨みつけるかのように目線をやって相変わらず綺麗な声で言った。
「では、あきらめるのではなく。進んではどうですか?!農民がだめであるなら商人として、柳屋へきてわたしと夫婦になってくださいまし!わたしの父もはじめは、農民からはじめた方話をして、わかってもらうのです!」
与市は、驚いたが確かにこのまま終わるのであれば同じこと、ほんの少しの希望へと進んでみてもいいのではないか。そう思い、お藤の涙しながら見ている目をみて、何度も小さくではあるが、意思強くうなずいた。
【第二幕六節】完