悔しさ
【第二幕五節】悔しさ
その頃、日本国では、斬り捨て御免というものが流行っていた。それは、この平和な世の中で、剣を使うことがなかった武士たちが、おのれの刀の切れ味を試したいがためだけに、犬猫を試し斬りして殺していたのだ。それだけでは、飽き足らず一番位の低い農民を斬り捨てた者さえいたという。
お藤は小屋の中で与市たちを待っていた。与市の手ぬぐいも小屋にあったので、ふたりでどこかへ行っているものと思っていた。
すると、与市の叫んでいる声が外から聞こえた。
「おやめください!」
与市は明を抱え必死で頼んだ。目の前には、上級武士のこどもであろう3人組みが、親から内緒で持ってきたであろう刀を持ち試し斬りをしようと、明を標的にしていたのだ。
「なんだお前!道に歩いておったただの猫ではないか!どけ。どかぬなら!」
その頃、階級は絶対なものであったので、人道よりも階級の方が重んじられた。子どもといえども武士なのだ。こどもは、与市もろとも斬ろうと振りきってきた!
与市には当たらなかったが、明の足に少しあたり血がでた。
明が威嚇をする!
「おやめなさい!」
と、お藤が駆けつけてきた。
「わたしは、柳屋の娘、お藤。あなたたち、このようなことをして只で済むと思っているのですか?そなたたちの親もわたしは知っているのですよ?いまから行きこのこといい伝えましょうか?!」
すると、まずいとおもったのか、渋々刀を納めた。
「ふん!他の斬るものを探すから、そんな猫いらぬわ!」
と、去って行った。
明は、こどもがさっても、まだ威嚇していた。お藤は与市たちのもとへ近づき悲しみながら明に言った。
「明今日お前は、人間をきらいになったかもしれません。でもね、どんなに嫌なことをされても決して怨んではだめですよ。あなたが無事で本当によかった。」
と、お藤は、与市に抱かれた明に顔をいとおしく、すりよせた。
与市は、無言で明を小屋へつれていき、処置し頭をなでてやった。
お藤は、与市の隣へ座りそっと肩に頭をのせた。
「どうして、この世はこんな理不尽なことがあるのでしょうね」
と、悲しそうに与市に語りかけた。
与市は静かに聞いていた。
【第二幕五節】完