純愛
【第二幕三節】純愛
お藤は最後の肉親を亡くしてしまい、心が悲しんでいる与市をほっとけることができなかったので、与市の家へ毎日通い、元気づけた。ある時は話をして、ある時はいつものお藤のように、笑顔で与市に接した。最初はやはり、与市も作り笑いだったが、いつの間にか与市もそんなお藤のおかげで本当の笑顔がたまに出始めていたのだった。そんな笑顔を見付けるたび、お藤は
「あ!。今笑顔でしょ?」っと与市にとても嬉しそうな顔で、笑いかけた。
本当の気持ちをすぐに感じ取るお藤の心に今はまだ、与市は尊敬の心だけで答えていたのだ。それが恋愛になるという考えは、一切与市の考えれる範囲ではかった。なぜなら理由はひとつは、与市はただの農民、方やお藤は城下町一の商人の娘。そんな二人が結ばれるなど、与市も考えることをしないようにしていたし、他の誰も思ってもいなかったので、毎日二人が会っていたとしても、誰もあやしいとは思わなかった。
数日が経ち与市は、お藤に感謝の言葉をかけた。
「お嬢様。わたしは、もう元気になれました。それは全てあなたと栄次郎様のおかげです。あなたのような方に、ここまでしてもらって、本当にうれしく、また感謝をしています。でも、ここまで毎日歩いて来るのは、やはり大変でしょうし、もうわたしのことは御心配せず、お構いなくお過ごしください。お金ができましたらまた、伺わせていただきます。」
与市は心から感謝を述べたて、笑顔をお藤に照れながら向けた。これがあなたが与えてくれた笑顔ですよと与市の心は語っていた。これでお嬢様も喜んでくれると期待した。
お藤はそんな与市の少しひきつったような心のこもった顔をみたあと下を向いたまま黙り込んでしまった。
「どうして、わたしはこんなに悲しいのでしょう。あなたが日に日に元気になっていかれるのを望んでここにいるはずなのに・・・」
お藤は与市の言葉を聞いた瞬間、心のどこかで自分のことを好いる彼を探していた自分の心に気付き、また、それは彼の中にはないことを知って落胆し、彼はわたしがいなくなっても何とも思わず、大丈夫だということがまた悲しいのに、与市の笑顔がもどったことに嬉しさも感じるという正反対で痛々しい心に張り裂けそうな想いに駆られていた。
その胸の苦しみをお藤は伝え始めた。
「よくわからないですが、あなたと出会ったあの日、あなたは涙を流していることも気づかぬほど悲しんでいたあの時を、毎日思い出さずにはいられないのです。夜寝る時も、いつものようにお使いに出掛ける日も、前は毎日が楽しくて歌を口ずさんでいたのに、あの日より苦しい気持ちになり、歌もうたえません。でも、何故かここへ来て、あなたの顔あなたの声をきくととても、幸せな気持ちになって、いつものわたしに戻れているのです・・・・・。」
お藤は自分が泣いては駄目だと涙をこらえていた。
そんなお藤をみて、与市の抑えていた心が這い出してきた。与市は本当は一人になることが怖かったのだ。この目の前にいる美しい人が毎日訪れ、笑顔を向けてくれていたことは、考えてはいけないと思っていても、心の奥深くに突き刺さっていたので、それに気づくことをまた認めることをためらっていたのだ。与市はドスンとその場に座り込み考え込むように言った。
「わたしもあなたが、来てくださる時間を指折り数えずにはいられなかった。わたしには、あなたは眩しすぎてあなたに想いを寄せることを認めることが出来なかったのです。どうせ結ばれることができないのなら、早めに会わない方がよいとそうおもったのです。・・・・ですが、あなたがよければ、明日も明後日も来てはくださいませんか?」
お藤の魅力それは、その言葉を聞いて、すこし涙がこぼれ何とも言えない顔で喜ぶことを隠さずに相手にみせることができる、その心の強さだろう。
与市はお藤を見ることができず、座ったままになった。そんな不器用な与市をお藤は嬉しくおもった。
【第二幕三節】完