一石二鳥
【第四幕一節】一石二鳥
濃い霧の中で起きた怪奇化け猫襲来は、一体なんだったのか、みながその動揺をかくしきれていない中、只一人盲目であるはずの翔平八郎だけが、心落ち着かせ探っているかのようだった。この平八郎をここへと導いたのは、水戸の光圀公、あの水戸黄門である部下の佐々木助太郎であった。
この事件より半年も前のことである。江戸の役人の家で、一家惨殺や野外道襲来というひどい事件などが数件起こっており、その残忍さと目撃証言の怪奇さから水戸の光圀公は目をつけていたのであった。そして、その犯人であるであろう者は、姿は見えども姿がなく黒い影のような存在で次々と人々を襲っていき一言だけ発したと記録にある。
「憎き徳川め」である。
いずれ本家である将軍綱吉のもとにもその様な怪奇な存在が襲ってくるやもしれぬと思い、水戸黄門の部下の佐々木助太郎に命令し、事件解決へと誘う人材を探させていたのであった。
そして、佐々木はその人材であろう者をいくつか回ったが、本物であろうと確信するものは翔平八郎だけであった。平八郎でさえ、佐々木は疑っていたのだが、平八郎のその冷静な判断と的確さ、また目の前でキツネの魂のような怨念が空へと向かう瞬間をその目で見たことにより、平八郎であれば、今回の事件の糸口を見い出せるのではないかと思い依頼したのであった。
この平八郎、歳は四十そこそこであろう。盲目ではあったが、目の見える人間異常に周囲の状況を把握し、さらには見えないものまでみえるという。そして、背丈は大きく顔は日本人ではあるが、眉毛がとてもしっかりとした、中東にでもいそうな、外人のような風貌(風貌)であった。家族は年老いた父が一人いたが、その収入は平八郎のその能力をいかしての報酬で賄っていたのである。
キリシタンではあったが、その能力のおかげで幕府の人間からも依頼があるなど、そのつてにより、迫害からは逃れていた。幕府の人間と関わりがあったおかげで、佐々木もそれほど苦労もなく平八郎を探し出せたのであった。
しかし、化け猫事件から数日後、将軍を救った平八郎に江戸城にへと赴くことを柳沢吉保に命ぜられた。
柳沢が平八郎を呼び出し口に出した内容はこうであった。
「徳川幕府の方から、おぬしを信頼することは出来ぬ。なにしろ、おぬしキリシタンではないか!キリシタンといえば、怨まれはしても助けられることなどあろうはずもなかろう?そこでじゃ」
といい、部下に連れて来るようにいわれたその人は、平八郎の父であった。なにをしたわけでもなし、体を縛られ捕えられていたのだった。平八郎はそれに気付き
「ち、父上?・・・・なにごとでしょうか?」
と、問いただした。
柳沢のその目は、卑しく、また人間ではあるのに情というものが無いかのようであった。座ったその体は微動だにせず機械仕掛けのように話し始めた。
「殿は信じても、この柳沢はそなたのような者を信じるわけにはゆかぬ、例の事件もしや、お主の術のあやかしではないのか?だが、しかし、水戸の光圀公からの人物ということであるから、一週間時間をやろう。その一週間でこの事件の真相をあばくことが出来なかった時には、おぬしの父はこの世には生きてはいられぬと思え、それだけではない。今回の事件の一連の計りごとは、キリシタンであると公表し、弾圧もこれまで以上に行うこととする。そなたを連れてまいった光圀公にも責任を取ってもらうこととする。よいな!!
もちろん事件を解決しお主の潔白を証明したのなら褒美をつかわそう。」
将軍綱吉の側近であった、柳沢吉保という男、残忍極わまる人間で、目的の為であればどんな事でもすることで有名であった。その権力は絶大であったが、一番めざわりなのは、水戸の光圀であった。毎回その政治に口をはさみ 「平民の為、平民の為の政治」と口癖のようにいう、厄介な存在で実際柳沢吉保は光圀を亡きものにしようとしたこと、数度、とても険悪な関係であった。こと、今回にいたっては、キリシタンである平八郎も関わり失敗の時には、光圀の政治力の低下とキリシタンへの弾圧両方を行うことができるという一石二鳥の考えにでたのであった。
平八郎は、恩を仇で返す所業と、この柳沢の良心の小さきことにとても、憤りを感じ体が震えたが、大切なのは、今まで盲目の自分を育ててくれた、父の命。このたったの一週間で、この難事件の真相へと向かわなければならなかった。
平八郎は、はっきりとした口調で柳沢に条件を足した。
「では、柳沢様、徳川幕府のため、この一週間その情報と人手を割くことをお約束くださいまし!」
坦々と、うっすら微笑んでいるかのような声で
「ふん。勝手にするがよかろう!忘れるではないぞ。その方の時間一週間である。それをすぎればこの柳沢、直々に楽しく処分してくれよう!」
柳沢は立ちあがりその場を離れ、父も監獄へと送られたのである。
この時より、父の命と多くのキリシタンの命が賭かった一刻の猶予もない、答えがあるのかさえ分らぬ平八郎の闘いが、人知れず始まったのであった。
【第四幕一節】




