第5話...朱い。
ほんとうに、ほしいもの。
ぜったいに、まもれるもの。
ぐうぜん、ひつぜん。
せつな、えいごう。
よく、わかんないや。
あたしは。
ジリリリ、と目覚まし時計が鳴り響いた。
空はまだうすら青くて、なんという種類だったか、鳥たちが歌いながら空を抱いている。
起きるのにはまだまだ早い時間だ。今日は火曜日で、特に予定は何もないはずなのに。
幸一郎はセットした覚えもない目覚まし時計を、振り下ろした右手で止めた。ばご、という音がした。
しかし最近の時計はよくできている。音を止めても何分後かにまた鳴り出すのだ。完全に停止させるには‘もと’から切らなければならない。幸一郎はそれを知っているから、音を止めた後寝ぼけ眼でなんとか時計をつかみ、‘もと’を切った。
(なんで、こんな時間に鳴るんだよ…)
うぅー、と唸るとまた布団の中にもぐり込む。現在AM5時。
「ほへえぇ」
意味が分からない変な声を出すと、瞼を閉じて幸せそうな顔で二度寝しようとしていた。
できなかった。
「あっれーっ。目覚まし時計確かに鳴ったのにぃ…なんで寝てんのよ、この怠け者!起きろー!」
「……?は?え?な、何何?」
やはりまだ寝ぼけている幸一郎は、いまいち状況をつかめていない。一人でわたわたしていた。早朝から大声をあげた山都は少し怒っているようだ。
「あたしがセットしたのよ、これっ。どーせまたいつもみたいに、9時とかに合わせるつもりだったんでしょ?」
「えぇぇー…今日何かあったっけ…?お客さん、入った?」
不機嫌そうに頭をかくのを見て、山都はにっこりと笑った。
「何も」
「…。じゃ、何で私を起こしたのかな、山都ちゃん」
「…正直に言ったら、幸一郎さん笑うもん」
ちょっとだけ悲しそうに見える山都は、それだけ言って部屋を後にし学校へと歩いていった。
幸一郎はというと、しばらくきょとんとしていたが、また夢の中へと沈んでいった。
「遅くなるって…どーして?」
夕日が綺麗に見える時間、幸一郎は山都から携帯電話にかかってきた話を聞き、悲しそうな声で質問した。この家には携帯電話しかない。
『友達と晩ご飯食べに行くのよ、だから幸一郎さんは適当に何か食べといて』
「いーけど、何時くらいになるのか決めときなさい」
『んん…8時くらい…』
「はいはい。気をつけてね」
はーい、という元気な声がして電話が切れる。幸一郎は携帯電話をデスクに置く。すると、穏やかな表情がガラリと変わる。
「…男かな」
幸一郎は心配だった。あれほどの美人でスタイル抜群なくせに自覚なくて、あどけなくて人を疑わなくて恋愛沙汰に疎くて。
変な男に騙されてたら、とか、考えてしまうのだ。
「山都ちゃんに限って、そんな事ないよね」
「東海林さんに限って、そんな事ないよね?」
「え?」
そう遠くはない小さな公園のベンチで、山都は一人の少年と話していた。普段から人通りは少ないが、夕日で朱く染まった噴水の他に誰もいない。
水城悠太は山都のクラスメートだった。
チャラチャラした様子もなく、バスケットボールを袋に入れて持っている。どちらかといえば幸一郎の様な感じだが、悠太はそこまで童顔ではなかった。友人たちは彼をかっこいい、彼氏にしたいと言うが、山都は一度も興味を示したりはしなかった。というか、自分から関わりさえもしなかった。意図的にではない。別に意識などしていなかった。
それなのに悠太は山都がお気に入りだった。事あるごとに山都に近付き、話しかけ、一緒にいたがろうとした。そしてとうとう今日は山都を“デート”に誘ったのだ。もちろん山都にその気はない。
「ご、ごめん水城くん。何だったっけ?」
幸一郎の事を考えていた山都は、うっかり悠太の話を聞きもらしてしまった。
ダメだな、と思った。友達の話はしっかり聞かなきゃいけないのに、私は何をしてるんだろう。
「だから俺の友達がさ、東海林さん誰かと付き合ってるって言ってたって話なんだけど」
山都は自分の話でちょっとびっくりした。こんな風にはっきりと言ってくるのは、幸一郎だけだったから。それだけになぜか可笑しくなり、笑ってしまった。
「んふふふ、そんな訳ないじゃない、あたしがそんなこ」
かたん。
小さな音と共に、世界が傾いた。
「と…」
ボールが地面に落ちる。
気付いた時には、山都はベンチと悠太に挟まれ横になっていた。悠太は山都の両肩をつかんで何も言わない。
いくら鈍感な山都でも分かるほど、この状況は明らかに。
(押し倒、されてる?)
途端に顔中が熱くなる。身体が震える。
どうして。
「み、水城くんホラ、ご飯食べに行かないと…」
「ねぇ、もう一つ質問していいか?…さっきはさぁ、何を考えてたの?」
「やだ…」
顔を逸らす。力の限り悠太を押し返そうとするが、当然敵わない。
「答えないんだ。まぁいいけどさ」
ニヤついたまま、悠太はお互いの距離を縮めていく。
山都の目に映るのは、真っ赤な空の色だった。
生意気キャラはもう要らないよ。幸一郎だけで勘弁しろよ。という声が聞こえてきそうだね!ちなみに私は朝食にはパン派です。ではでは佐藤ビー玉でした。