多分これが、初めての甘え。
2009年、世界は未曾有の危機に瀕していた。
テラーの登場である。
日本の人口は関東圏に密集し、その他の地域は人外魔境と化していた。
冴えない男子高校生、飛騨寿之と、ビッグカンパニーの令嬢にして対テラー精鋭部隊の天江紗雪。
果たして彼らとその仲間たちは、自らの学生生活を守ることはできるのか。
朝7時、初夏の光がカーテンから差し込む。
ベッドからのっそりと起き上がった俺は、目をこすりながらスチャリとメガネをかける。
連休明けの初日、既に低かった俺のテンションは、ブレーキをかけることなく落ちてゆく。
『テラー発生率30%…?』
"本日のお出かけは、安全のため鬼鈴の用意をお勧めします。"
鬼鈴か、一度買ったきりすぐ壊したな。あれ高いんだよ、などと独り言を言いながら、袋に入った食パンを取り出し、バターを塗る。
はあ、なんだかんだ始業には間に合いそうだ。
歩いて行くのは流石に怖いし、自転車で行くかぁ。
これでもかと敷き詰められたアパート街を抜け、昨日の雨の湿り気が残るクチナシの下を通り抜ける。
発生率30%となると、緊張感がすげーわ…
はやる気持ちを抑えながら滑らないよう漕いでいると、ある一点に目が止まる。
胆力半端ねー。
綺麗な白髪の女子高生が、見たところ鬼鈴も付けずに1人で歩いている。それは異様というか、命知らずというか…
特に目を引くのは、薬指に付いた指輪だ。距離はそこそこあるはずだが、これでもかと言うほどの主張で、太陽の光を反射するだけでなく何か別の光で輝いていた。
しかし同時に、彼女に一種の憧れを感じていたのかもしれない。この世界でこんなことができるのは、そう多くはないはずだ。
どこかただならぬ雰囲気の彼女を横目に、そそくさと自転車を漕ぎ進める。
『おはようメガネくん!!』
『ぐっもーにん。』
朝礼後、俺、飛騨寿之に話しかけて来たのは、幼馴染の宮島尚と茅野ウメである。
『なあ尚、俺たち5年目の付き合いなのに、メガネくん呼びはどうにかならんの?』
「ならんのよー。板についちゃってさー。』
『人はアイデンティティが無ければ生きてゆけない。その点君は、立派なお眼鏡があるのだ。胸を張って生きたまえ!』
「ぜんっぜんフォローになってないです。』
キーンコーンカーンコーン。
一限のチャイムが鳴る。今日も一日が始まるのだ。
連休明けのせいか、教室の雰囲気は最悪だ。
『そういや今日さ、転校生来るらしいよ。しかも女子!可愛い子だといいなあ。』
昼休み、尚がつぶやく。認めたくはないが彼はイケメンだ。おそらく学年1の。
5年の付き合いだが、彼が俺にした彼女できました報告は数知れず。恐らくこの学年の全男子は彼を僻んでいるだろう。もちろん俺も。
五限。歴史。
1999年。ミレニアムの節目に日本が湧き立つなか、奴は現れた。
九尾の狐。正式名称はナインフォールド・ヴルペス・キュウビ。始まりは栃木県那須町。伝説どおりというのはいささか都合が良すぎる気がするが、実際に出て来たのだから文句は言えない。その怪物は周辺に黒いガスを撒き、"テラー"と呼ばれる数多くの異形の生物を生み出した。詳しくはわかっていないが、奴らは影に住みつき、周囲の空気、音、匂いなどから情報を収集し、様々な形に変化してゆく。
最終的に九尾は、尾に宿る9つの力を吐き出して死んだ。内5つは5人の人間に宿り、5人の適合者は五大理と呼ばれている。現在も頻発するテラー災害のスペシャリストとして働いているらしいが、個人情報は公開されておらず不透明だ。
「九尾が遺した九つの力。そのうち五つは、現在も五大理によって管理されています」先生が黒板に五つの名前を書き並べる。
「じゃあ先生、残り四つは?」誰かが尋ねた。
「わかっていません。もっとも、見つかっていたとしても、我々に知らされるとは限りませんが」
教室が少しざわつく。俺は窓の外を眺めていた。
九尾。東京戦。あの日のことは、できれば思い出したくない。
九尾撃破から10年。俺たち高校生もこのころの記憶は忘れられず、皆真剣に授業を聞いていた。
七限が終了し、終礼の時間となる。
遅くなりましたが、今日は転校生が来ます。入って来なさい。と言う担任の声で、ドアが開いた。
綺麗に整えられた白髪。少しだけ主張のある紫の髪飾り、スラリとした細身の体型。
「天江 紗雪です。よろしくお願いします」
可愛い。だが俺はそれより先に、朝の光景を思い出していた。そう、あの超胆力女だ。確かに見ない顔だと思っていたが、まさか転校生、しかも俺のクラス…
「じゃあ君は、一番窓側の後ろの席ね』
げっ。俺の隣じゃん。困ったなこれ…
喜びとも緊張ともとれるこの気持ちは、俺の頭を限りなく真っ白にして、口をつぐませた。
隣に彼女が座る。文句なく可愛い。しかし俺は、彼女からイヤな気配を感じていた。
一応、声かけとく?
朝できなかったことをもう一度。俺は心に決めた。
「俺、飛騨寿之っていいます。これからよろしくね、天江さん。』
え。
無視、無視なの?
嫌な予感は的中した。思い返してみれば最初から、彼女の目は俺を捉えてはいなかった。
ちょっとパニック気味に前に向き直すと、歯を出しながらほくそ笑む尚の姿が見えた。あいつ、ずっと見てやがったんだ…!
終礼後、俺は案の定尚にイジられる。
無視ってマジw!?どんだけ嫌われてんのよw!なんかしちゃったw?だとしても早すぎないw?
帰り道、数々の煽り文句が頭の中を反芻していた。
何故かウメはいなかったが、どうせいたらいたで慰められているようでバカにされるのだろう。
無視されバカにされた恥ずかしさと同時に怒りも湧き上がり、咄嗟に目を瞑った。
ガシャーン!!
天地がひっくり返ったような衝撃を浴び、目を開けると、俺は道路に横たわっていた。
『痛ったぁ…久々に転んだわ…』
立ち上がってすぐ、右膝に激痛が走る。どうやら血が出ているらしい。
ヨタヨタと自転車を起こし押そうとした刹那、異変に気づく。
自転車が進まないのだ。
ふと後輪に目をやると、俺の額は嫌な汗を滲ませ始めた。
何やら黒い蔦のようなものが巻き付いている。その元を辿ると、ぶくぶくと太った植物型のテラーが、蠢きながら蔦を伸ばしている。
俺が逃げようとする時には、すでに足に蔦は絡まっていた。
『チクショ、このっ、このっ!!』
必死に振り解こうとしても、蔦は締めるのをやめない。
ついに蔦は首に迫り、呼吸が苦しくなってくる。
死を必死に拒む俺の頭には、10年前の映像が流れていた…
走馬灯、そう呼ぶには残酷すぎる映像。燃え盛る東京郊外で、俺の両親は目の前でテラーに呑まれていった。俺に一縷の望みを託して。
だから俺は死ねないのに。
死ぬ、本当に死んでしまう。
涙も鼻水も未練もタラタラだが、多分無理なやつだ。
体力も尽き、とうとう走馬灯すら消えてしまう。
その瞬間、
棘のある軽快な音と共に、俺を締めていた蔦は一度に力を失った。
何が起きたか分からず周りを見渡した俺の目に映ったのは、
あの天江紗雪だった。
一本、二本、三本。
あの指輪と同じ輝きを放つ、三本の棒が彼女の周りを廻転する。
風も吹いていないのに、彼女の髪は揺れていた。
『あ、天江さっ、な、んでこんなところに、てかそれ何っ』
次の瞬間俺の声を遮るように三本の棒は動き出した。
甲高い音が連続して、リズム良く蔦を斬り落としていく。
最後に三つの棒は一直線につながり、一つの剣となる。
「終わり…」
低い唸り音とともに長剣はテラーを掘削し、遂に貫いたようだ。
数秒経ち、テラーは力無く萎れ、灰のようにサラサラと分解を始めていた。
壊れたメガネを這いつくばりながら見つけ、天江紗雪を見る。
「えっと、ま、ずはありがとう…」
次々と起こる異常事態に、俺の頭はパンク寸前だったのだが、
スタ、スタ
また無視された。しかし今回こそは見逃せない。
「ちょ待、行かないで、くだざ」
そこまで言ったあたりで、俺の意識は飛んだ。
目が覚めると、見知った壁にもたれかかっていた。
部屋の前、俺の部屋の玄関じゃん。
自転車でコケて、テラーに襲われて、それで…
天江紗雪っ!
俺をここまで運んできてくれたのは彼女なのか。
体を動かそうとしたが、全身が痛む。
うぅ、はぁ…とため息が漏れたその時、
勢いよく俺の部屋の扉が開いた。
「ちょっとあんた、説明しなさいよっ!!」
天江紗雪だ。彼女は確かに天江紗雪だったが、俺は知らない彼女であった。
焦り、怒りともとれるその表情を、俺は見たことがなかった。
「えぇ…空き部屋無し…?」
目を覚まして一時間後、俺たちは大家のおばあさんと対面していた。
「ホントにないんですか?ホントに?ちゃんと見たんですか?」
「無いもんはないんよ…ごめんねお嬢ちゃん…
それともアンタら、同じ所に住むけ?」
そう、彼女はとんでもないミスを犯したのだ。唯一空いていた寮の部屋は、二人部屋を一人で占領していた俺の部屋だった。
「それはっ…絶対に嫌だけど…」
「大体アンタが素性も明かさず滑り込んできたんでしょ。そればっかりどうにもならんでなぁ」
渋々部屋に戻った天江は頭を悩ませていた。
こいつ、こんな顔もできるんだな…と少し感心したほどに。
「親戚とか…身を寄せられるとこはないの?」
俺がそう聞くと、彼女は首を横に振った。
天江といえば、ここ北東京では結構有名な苗字だ。
対テラーの最前線に立ち、数多の兵器を生産する天江グループの名前は、ここ一帯で知らない人はいないだろう。そんな名家の令嬢らしき人間が、どうしてこんな状況に陥っているのだろう。
ふと俺は、数時間前の出来事を思い出した。何だか分からないが、彼女は超能力を使っていた。
「もしかして、さっき俺を助けてくれた時の力って…」
彼女は一瞬イラッとしたような顔をしてから、少し苦い顔をしてこう言った。
「私、五大理なの。すごいでしょ」
薄々勘付いてはいたが、あまりの衝撃的な発言に目眩がする。
教科書上の伝説が、今目の前にあるのだ。
平静を装い、こんなことを聞く。
「もっと詳しく話してくれ。お前がここに住むにしても住まないにしても、俺がそれを知る権利はあるはずだ」
「………。」
「何か答えてくれよ」
「…とりあえず中入って」
「私、ここに住むことにする。よろしく」
「ちょいちょい、気が早いって…親戚とか親御さんに相談してからだな…」
「親には会いたくないの。あと親戚は信用できない」
えぇ…
こんな自分勝手なことを真剣に語る彼女を見て引いてしまったが、二人部屋を堂々と使う自分にも引け目を感じてしまう。
「だからもっと説明を…」
「お願い、家には帰りたくないの…事情はまた説明するし…」
命を助けてもらった矢先、断ることはできない。
まあ一つ部屋は空いてるしなと思い、彼女を招き入れることとなってしまった…
酒とみりんの芳醇な香りが漂う。
彼女は今何をしているだろうか。
勉強しているのだろうか、ぼーっとしているのだろうか。
俺が知る由もない考え事に、ひたすら耽っているのだろうか。
一つ屋根の下、彼女のことを考えずにはいられない。この先どんなことが待っているだろうか。
この生活をいつまで続けるのだろうか。
答えの出ない疑問が、俺の頭を悩ませている。
二人分の肉じゃがをテーブルに並べる。
今まで一人だったせいか、料理が二つ並ぶのはとても新鮮だ。
「おーい、天江。ご飯できたぞー」
「ん…」
俺たちは静かに食べ始めた。
その沈黙はあまりにも深くて、抜け出せそうもない。
「テレビでも、つけるか。」
俺の提案に彼女は、
「いい、つけなくていい」
「そうか」
「美味しい?」
「……そこそこ」
「なら良かった」
「嘘。美味しい」
「いいんだぞー、無理して言わなくても…」
「…本当に…美味しいから…」
「そう…?」
俺はまだ彼女を知らない。
この言葉が嘘か真かも、俺には分からない。
再び訪れた沈黙に、俺はどうもできずにいた。
ふと、彼女の食べる手が止まる。
ここまできて、俺は彼女が今にも泣き出しそうな顔をしていることに気づく。
「どうかしたの…?」
「初めて、なの」
「え?」
「今日初めて、普通の学校に行った。今日初めて、同い年の人と話した。今日初めて…心が温かい。
誰かと二人でご飯を食べるなんて…ほぼなかったから」
ハッとした。
彼女はあの天江グループの令嬢で、テラーと戦う五大理の一人。
でも、中身は等身大の女の子なんだ。
「私…二ヶ月後にアメリカに行く」
何を返そうか迷っていた俺に、またもや衝撃の事実が告げられる。
「今日こうやって転校してきたのも、そのせい。
最後くらい、まともな学生生活っていうのをしてみたかった。だから、父に反抗して出てきちゃったんだ…でも、二ヶ月後に迎えが来る。どんなに遠くへ行こうとも、ね」
「じゃあ、なろうよ」
俺は机に手をつき言った。
「……何に?」
「家柄ともテラーとも関係ない、普通の学生に」
「………!」
「なるんだ、必ず。俺も精一杯手伝うから。今から俺は、お前の最初の友達になるから、お前も、俺の等身大の友達になってくれ。
学校で一緒に授業受けて、飯食って、くだらない話で笑って…そんな生活を、二ヶ月だってやってみようぜ」
彼女は涙が溢れそうな目をそのままに、純粋な笑みを浮かべた。
「うん…!
よろしく、飛騨寿之くん。」
俺の自己紹介は、無駄ではなかったらしい。
「ところで…おかわり」
「あぁ、うん」
これが彼女の、記念すべき初おかわりだったという。
「お風呂行くけど…
絶対に…覗くなよ…」
「はい…神に誓いますぅ…」
でもやっぱり、同居ってダルいな…
ど素人です!続きほぼ書いてません!
見てくれてありがとう!




