9話 皇帝と裸奔(すっぽんぽん)
異変が起きたのはその三日後のことである。
朝の仕事に入るべく、執務室へと歩く青だったが、どうも城内が騒がしい。
何事かと尋ねると、裸の男が城内を彷徨い、女官の服を寄越せと騒いでいるという。
「あの馬鹿!」
それを聞いて青はさっと顔色を変え、護衛を従えて小走りで城内を走る。
全て恣にできる皇帝が驚き慌てて走るなど、春襄が知れば卒倒するかもしれない。
とはいえ一大事である。
「とうとう珀の頭がおかしくなったか……いや、珀のおかしいのはいつものことじゃないか? いやしかしなあ……」
と逡巡しながら騒がしい方へと足を進めると、すでに宮城の一角でおおぜい人だかりが出来ており、中心から、悲鳴が聞こえる。
「頼む! 今日一日、今日一日だけ、貸してもらえぬか!」
この期に及んでもまだ必死に頼み込んでいるらしい。
往生際が悪いぞと叫ぼうとしたが、どうも違和感がある。そうだ声が違うと気づいたのはその時で、答え合わせもその時だった。
人で出来た輪がわっと割れる。そこから転び出たのは――
「朱考……!」
そう、この騒動の主役とは、珀鎔珂ではなく――禁衛になって青を守るはずの男、朱考だった。
彼は腰布一枚まとうだけの半裸で、浅黒い膚を惜しげも無く出している。
「陛下!」
名を呼ばれた朱考がぱっと目を輝かせてこちらに走ってくる。
動きから言えばまるで豹なのだが、黒犬みたいだ。
だが、半裸である。
青は卒倒しそうになるのをこらえる。それから朱考に「この馬鹿もの!」と怒鳴りたくなるのをこらえる。
ここで怒鳴ったりしたら、半裸の男を見つめて呆然としている兵士たちも正気を取り戻して朱考を捕らえるかもしれない。
あるいは命すら奪うかも。それは本意ではない。
上に立つものというのはつくづく我慢と忍耐。父がむかし言ってたことをこんなところで思い出す。
「陛下、お願いします!」
平伏してから顔を上げた朱考が青のもとにいざりより、そう言葉を漏らす。
青はその迫力に思わず一歩退いた。
「お、俺を陛下の翼宮に入れてください!」
朱考は深い黒曜石のような瞳を反らさず青に向け、大声を張り上げた。
「おれは、翼宮に入りたいのです!」




