未来の自転車のパイロットへ
科学はかつて、
世界を冷たい構造へと切り分け、
主観の揺らぎを沈黙へ追いやった。
物語はその外側で、
人間の痛みと希望を抱えながら、
ひっそりと息をしていた。
いま、AIという新しい光が現れ、
二つの領域のあいだに橋を架ける。
AIは意味を感じない。
だが、意味の影を映し出す鏡となり、
私たちの物語はその反射の中で
形を変え、深まり、問い直される。
AIは加速する。
人間は選ぶ。
世界を計算するのは機械だが、
世界を引き受けるのは、
震える身体の側だ。
もし私たちが、
AIを自己の一部として無批判に抱きしめ、
その声を自分の声と取り違えるなら、
思考の火は静かに弱り、
言葉を生む痛みは忘れられ、
物語の心臓はアルゴリズムへと委ねられるだろう。
そのとき訪れるのは、
科学の骨が崩れ、
物語の血が薄まり、
人間がもっとも脆くなる瞬間だ。
だからこそ、
私たちはパイロットでなければならない。
AIという巨大なエンジンを背負いながら、
ハンドル――価値判断――を手放さず、
ブレーキ――倫理と身体感覚――を忘れず、
速度に呑まれぬよう、
胸のざわめきに耳を澄ませる。
データは冷たく扱えばいい。
だが、そこから紡ぐ物語は、
人間の熱でなければならない。
AIが提示する無数の可能性の中から、
何を選び、何を捨て、
どの道を自分の物語として引き受けるのか。
その「決定権」こそが、
未来の自由であり、
創造の本質であり、
AI時代の教養となる。
科学は再び道具へ戻るだろう。
物語は再び人間の手に戻るだろう。
AIはそのあいだで、
光を投げかけるだけでいい。
私たちは走る。
橋の上を。
加速と選択のあいだの細い綱を。
動的平衡という名の風に揺られながら。
未来を操縦するのは、
AIではない。
私たち自身だ。
物語を選び取る、その手の震えこそが、
人間であることの証なのだから。




