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本日も愛され日和〜不遇の幼女、今日から愛され公爵令嬢はじめます〜  作者: さき


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07:ブルーローゼス家のお兄様達(3)

 


 室内にノックの音が響いたのはライアンが去ってしばらくしてから。満腹になったシャルロッテがテオドールの膝の上でうとうとと船を漕ぎ始めていた頃。

 だがノックの音を聞くと眠気は一気に吹き飛んでしまった。代わりに緊張が湧き上がり心臓がドキドキと跳ね始める。


 ゆっくりと扉が開かれる。

 三人目の兄が来たと察し、シャルロッテは緊張しつつ扉を見つめた。


「……妹って本当に?」


 覇気のない声が聞こえ、次いで扉の隙間からヌゥと一人の青年が顔を覗かせた。

 目元を隠すほどの長い前髪が印象的な細身の青年。濃い紫色の髪と黒を基調とした衣服があわさり、まるで影が人の形を成したかのようだ。

 まだ昼だというのに彼の周囲だけ少し暗く見える。動きもどこか緩慢で、それがまた陰鬱とした雰囲気をより顕著にするのだろう。

 シャルロッテの目の前に来ると「この子が……」と呟きはしたものの、それ以降は何も言ってこない。


 どうして良いのか分からず、シャルロッテはテオドールの膝の上に座ったまま彼を見つめた。

 長く重い前髪で目が隠れている。そのせいで彼がどこを見ているか分からないが、きっと自分を見ているのだろう。


「……こ、この子が、妹?」

「そうよ。貴方の妹、シャルロッテ・ブルーローゼス。さぁシャルロッテ、ハンクお兄様に挨拶をしてあげて」


 フレデリカが上機嫌でシャルロッテを促してくる。房で鼻先を擽りながら。

 それを受け、シャルロッテはテオドールの膝の上から降りてハンクの元へと向かった。……不安なので人形を手にしながら。


「ロッティです。あの、ロッティは、シャルテ……、シャルテッテ……」

「シャルロッテ、だったよね。だから愛称がロッティなんだ。僕はハンクだ。ハンク・ブルーローゼス」

「あの、ロッティは……、ハンクお兄様のいもうとで良いですか……?」


 許されるだろうか。受け入れてくれるだろうか。そう不安を抱いてハンクを見上げる。

 彼の長い前髪は目を隠してしまい、口角も上がりも下がりもしていない。ゆえに彼の表情から感情は窺えない。

 もしも怒っていたらどうしよう……。そんな不安がシャルロッテの胸に湧き上がり、堪えるようにぎゅうと人形を抱きしめた。


「その人形……」

「……これ? これはロッティのお人形です。ずっと一緒にいたの」


 おずおずとハンクへと人形を差し出す。

 彼は人形を手に取りこそしないもののじっと見つめている。……のだと思う。前髪のせいで視線までは分からないが、少し身を屈めているあたりきっと見つめているのだろう。


「ハンクお兄様はお人形好き?」

「僕は……」


 何かを言いかけ、ハンクが小さく息を呑んだ。

 身を屈めていたのを戻し、それどころか顔を背けてしまう。「興味ない」という声には焦りの色がある。


「そ、それじゃあ、僕は部屋に戻ります……」

「あらハンク、もう戻っちゃうの? シャルロッテの事は歓迎で良いのかしら」

「べつに……、僕は気にしないから、す、好きにやってください……」


 ハンクの声は小さく、ボソボソと口の中で喋っているのに近い。

 そのうえ返事を待つことなく小さく頭を下げると部屋を出て行ってしまった。ジョシュアのように颯爽というわけでもなく、ライアンのように去り際に手を振ることもせず、ヌゥと扉の隙間から擦り抜けて出ていくような静かさだ。


「ハンクは相変わらずだな。だが返答は予想通りだ」

「そうね。まぁそもそも、あの子が反対するはずないわね。さて後は」


 言いかけたフレデリカの言葉に、「父上! 母上!」という大きな声が被さった。

 これはジョシュアの時と同じだ。だが声量は彼の時よりも大きく、扉を開ける勢いも激しい。

 シャルロッテはビクリと大きく体を跳ねさせ、慌ててテオドールの元へと駆け寄った。縋り付くように彼の腕を掴み、そこでようやく部屋に入ってきた人物へと視線をやった。


 一人の青年が立っている。彼がきっと四人目の兄なのだろう。

 体躯の良い立派な青年だ。先程までいたハンクが細身だったからか、余計に彼の身体つきがしっかりとしているように見える。身長ももしかしたらグレイヴの方が高いかもしれない。

 年齢はハンクが十六歳に対してグレイヴは十三歳と聞いた。だというのにグレイヴの見た目と言動はハンクと同年代、むしろそれより上のようではないか。


 部屋に入ってくる足取りも堂々としており、背を伸ばした立ち姿は立派の一言に尽きる。

 短く切られた紫色の髪は男らしさを感じさせ、険しい表情でテオドールとフレデリカに対して「いったい何を考えているんですか!」と厳しい口調で言及しだした。


「朝の挨拶も無しに文句なんて、母は貴方をそんな子に育てた覚えはないわよ、グレイヴ」


 フレデリカの言葉に、グレイヴと呼ばれた青年が一瞬言葉を詰まらせた。

 次いで恭しく頭を下げる。「それは失礼いたしました。おはようございます、母上」という言葉遣いは丁寧だが、すぐさま頭をあげてしまった。


「それで、先程ライアン兄さんから聞きましたが、保護した少女を娘として迎え入れるとはどういうことですか」

「そのままの通りよ。ねえテオドール」


 フレデリカがテオドールに同意を求める。

 これに対して、テオドールはジョシュアの時と同様、はっきりとした口調と堂々とした態度で、


「そもそもシャルロッテは俺の娘だ」


 と断言した。


「俺はその程度では納得しませんよ」

「そうか。それならシャルロッテを受け入れることの利点を説明してやろう」


 断言作戦は失敗したと考え、テオドールが溜息交じりに先程フレデリカがジョシュアにした説明を繰り返した。

 シャルロッテを引き取るということは、今回の件を捕縛以降も責任持って担うという意思表示になる。そして同時にブルーローゼス家の格を示し、家への評価、ひいては国の評価に繋がる。

 テオドールのこの説明に、グレイヴが一度頷いた。もっとも「話は一応(・・)理解しました」という声は低く、眉根を寄せた表情からまだ納得していないのが伝わってくる。


「確かに父上の話は筋が通っています。ですがその考えだけで娘として受け入れるのは早計すぎではありませんか。ブルーローゼス家は国を代表する公爵家です。突然娘が増えたとなれば社交界に混乱を招く恐れがあります」

「これでも引かないか。やっぱりグレイヴが一番厄介だったな」

「そうねぇ。この頑固なところは誰に似たのかしら? ねぇテオドール、この頑固さ、融通の利かなさ、昔の誰かさんを思い出すじゃない」


 どれだけグレイヴが厳しい口調で理詰めしようと言及しようとも、テオドールとフレデリカからしたら所詮は息子。臆する様子は無く、それどころか困っている様子すら見せていない。

 テオドールは息子の成長を実感しつつ己の若い頃に似ていると言われて少し照れ臭そうにし、フレデリカは上機嫌でコロコロと笑うだけだ。むしろグレイヴが頑固さを見せれば見せるほど楽しいと言いたげである。

 だがシャルロッテの胸中は楽しむどころではない。はらはらしながらテオドールとフレデリカ、そしてグレイヴを交互に見やり、ついにはテオドールの膝から降りるとグレイヴへと近付いていった。もちろん不安なので人形を抱きしめながら。


「あ、あの……。グレイヴお兄様……」

「あぁ、きみが保護された子か。安心してくれ、何も無責任に追い出すつもりは……、お、お兄様?」


 話の途中でグレイヴが言葉を止め、「俺が?」とシャルロッテに尋ねてくる。

 意外なことを言われたと目を丸くさせる表情には先程までの厳つさは無く、むしろあどけなさを漂わせている。


 そんな彼をじっと見上げ、シャルロッテはコクリと一度頷いて返した。

 もう一度「グレイヴお兄様」と彼を呼ぶ。ライアンから聞いたアドバイスを思い出しながら。

『四番目のお兄様がきたら『グレイヴお兄様』って呼ぶと良いよ』と。少し悪戯っぽく楽しそうに囁いてくる兄の声……。


「俺が、俺が兄……。そ、そうか。妹ならそうだよな。俺が兄か」


 何度も繰り返すグレイヴの口調は、まるで己の中に落とし込むかのよう。

 次いで彼は改めてシャルロッテへと向き直った。その表情は随分と晴れやかだ。嬉しそうで、キラキラと輝いているようにさえ見える。


「誉れ高きブルーローゼス家なら、幼子の一人や二人受け入れて当然だ。シャルロッテ、今日から俺が兄だからな!」


 先程までの話を一転してグレイヴが己を兄と誇り出す。胸を張り、嬉しそうに。そのうえ「なんでも頼っていいんだぞ」とトンと己の胸を叩いた。

 これにはさすがのテオドールとフレデリカも驚いたのか「おぉ」「あら」と声を漏らしている。

 そんな中、シャルロッテは彼が兄だと断言してくれたことが嬉しく、「はい!」と元気いっぱいに返した。もう一度「グレイヴお兄様」と呼べば、彼が更に嬉しそうにかつ得意げな表情を浮かべる。


「シャルロッテ、家の中はもう見て回ったか?」

「まだです。このお部屋と、ロッティのお部屋だけです」

「そうか。それなら俺が案内してやろう。なんていったって俺は兄だからな!」


『兄』を強調してグレイヴが手を差し出してきた。

 この提案にシャルロッテは彼の手をぎゅうと握って応えた。温かな手だ。シャルロッテの手を握り返してくれる。


「よし、行くぞシャルロッテ。まずは庭だ。ブルーローゼス家の庭は社交界でも有名なんだ」

「はい、グレイヴお兄様」


 出発だ! とグレイヴが歩き出す。シャルロッテの歩幅に合わせた歩みで。

 シャルロッテは彼と手を繋いだまま、ちょこちょことその隣を歩いて部屋を出て行った。




「グレイヴ、末子なのを気にしていたのか。あれもなんだかんだ言ってまだ子供だな」


 とは、息子と娘を見送ったテオドール。


「あの子もまだ可愛いところがあるわね。さて、これで面倒だった息子への説明が終わったわ」


 良かった良かった、とフレデリカが上機嫌でコロコロと笑った。





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― 新着の感想 ―
お兄ちゃんになりたかったってことか。かわいいなー。
お兄ちゃんになりたかったんだね
まあ上に3人も兄がいるから、下に妹が出来て、兄呼ばわりは嬉しいんだろうな。
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