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本日も愛され日和〜不遇の幼女、今日から愛され公爵令嬢はじめます〜  作者: さき


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06:ブルーローゼス家のお兄様達(2)

 


 洟を啜り、滲む視界を戻すためにグイと目元を拭う。

 そんなシャルロッテを見て、ジョシュアが慌てたようにしゃがみ込んだ。

 片膝を突き、シャルロッテを正面から見つめてくる。彼の大きな手が洋服を掴むシャルロッテの手に重ねられた。


「悲しませてすまない。きみを追い出そうなんて考えて居ないんだ。だが突然のことで驚いてつい……」

「ロッティはここにいてもいいですか?」

「あぁ、もちろんだ。父上と母上の娘として、そしてもしきみが許してくれるなら、私の妹としてこの家で一緒に生活してほしい」


 ジョシュアが真っすぐに見つめてくる。紫色の瞳。フレデリカと同じ色だ。宝石のように美しく、シャルロッテには輝いて見える。

 そんな彼の言葉にシャルロッテはスンと一度洟を啜り、深く頷いて返した。その動きで涙がポロポロと落ちていくので手の甲で拭えば、ジョシュアがハンカチで優しく拭ってくれた。まるで宝物を拭くような優しい動きだ。


 そんなやりとりの中、パンッ! と軽快な音が割って入ってきた。

 フレデリカの扇子だ。彼女は閉じた扇子でジョシュアを指し、命じるように彼の名を呼んだ。


「妹を泣かせた償いとして、今すぐに美味しいお菓子を買ってきなさい」

「今すぐですか?」

「女性を泣かせた詫びが後回しで良いと思っているのかしら。息子をそんな体たらくに育てた覚えはないわよ」

「今すぐに行ってまいります」


 ジョシュアが素直に応じてフレデリカに頭を下げ、改めてシャルロッテへと向き直った。


「クッキーは好きかな。チョコレートやマシュマロでもいい。何かリクエストは?」

「……クッキーは分かります。でも、チョ……、チョレレットとマシュロロは分かりません」


 クッキーは食べたことがある。いつだったか思い出せないが、男の一人がクッキーが数枚入った袋を荷台に投げ入れてきた。

 それと、荷台で共に過ごした女性が持っていたクッキーを内緒で分けてくれた。サクサクして甘かったのを覚えている。

 だがジョシュアがクッキーの後にあげたものは分からず、シャルロッテは首を傾げながら「マロロ?」ともう一度尋ねた。


 ジョシュアが一瞬息を詰まらせ……、だが小さく息を吐くと穏やかに微笑んだ。


「たくさん買ってこよう。クッキーはもちろん、チョコレートもマシュマロも、他にもフィユタージュやワッフル、キャンディ。全部食べてシャルロッテの好きなものを探すと良い」

「……いっしょに食べないの?」

「私もか? あぁ、そうだね、一緒に食べよう。紅茶かココアも用意しようか」


 穏やかに微笑み、ジョシュアがそっとシャルロッテの頬を撫でてきた。

 優しい手だ。大きくて骨ばっていて、テオドールの手に似ている。だが擽るような撫で方はフレデリカに似ている。


「それじゃあ行ってくるよ」

「はい。……あ、あの」

「どうした?」

「……行ってらっしゃい、ジョシュアお兄様」


 擽ったい気持ちにシャルロッテがはにかみながら告げれば、ジョシュアが僅かに驚きの表情を浮かべ、

 だが次の瞬間には柔らかく表情を緩めて「いってくるよ、私の妹、シャルロッテ」と返すと部屋を出て行った。



 ◆◆◆



 部屋を出ていくジョシュアを見送り、「さて」と場を改めたのはフレデリカ。


「面倒な二人のうち一人は片付いたわね」


 あっさりと言い切り、先程閉じた扇子を開いて口元を隠してコロコロと笑う。

 次いで部屋の隅に控えているメイドを呼び、「ライアンを呼んでちょうだい」と告げた。メイドが恭しく頭を下げて部屋を去っていく。


「ライアン?」

「えぇ、そうよ。貴女の二人目のお兄様」


 穏やかに微笑みながらフレデリカが話す。

 先程のジョシュアが長男、次に来るのが次男ライアン。ジョシュアは今年で二十一歳、ライアンは彼より二歳年下の十九歳。

 フレデリカ達は息子と呼んでいるが、シャルロッテからしたら二人とも大人だ。もっとも、シャルロッテは自分が何歳なのかも分かっていないのだが。


「ライアンお兄様……」


 先程会ったジョシュアは自分を受け入れてくれたが、次の兄はどうだろうか。

 もしかしたらとても厳しく怖い人で、妹なんて認めないと拒否されるかもしれない。すぐに出て行けと怒鳴って叩いてくるかも……。

 嫌な想像ばかりが浮かびあがり、シャルロッテは不安でいっぱいになってテオドールに身を寄せた。

 ぴたりと身体をくっつければ、察したテオドールが再び膝の上に乗せてくれた。フレデリカも慰めるように扇子の房で鼻先を擽ってくる。


「大丈夫だ、シャルロッテ。ライアンがシャルロッテを嫌うなんて有り得ないことだ」

「……ほんとうですか?」

「あぁ、約束する。そもそも、誰かを嫌うライアンはライアンじゃない。別の誰かだ。なぁフレデリカ」

「えぇ、そうよ。仮にライアンが初対面の幼い女の子を拒否するなら、それはもうライアンじゃないわ。別の誰かよ。我がブルーローゼス家の次男が誰かにすり替えられた、これは由々しき事態だわ」


 はっきりとテオドールとフレデリカが断言する。

 これにはシャルロッテも目をぱちくりと丸くさせた。二人目の兄、ライアンとはどういう人物なのか……。

 だがそれを問うより先に、男の声が割って入ってきた。


「……さすがにそこまで断言されると微妙な気持ちなんだけど」


 随分と気まずそうな声。シャルロッテがはっとそちらを向けば、一人の青年が扉のところに立っていた。

 彼はなんとも言い難い表情を浮かべていたが、シャルロッテと目が合うやパッと明るい笑顔を浮かべた。

 朗らかで優しそうな笑み。そのうえひらひらと手を振りながらこちらに近付いて来る。彼の動きに合わせて金色の長い髪がさらりと揺れた。


「きみが僕の妹のシャルロッテだね。こんなに可愛い妹ができるなんて嬉しいなぁ。僕はライアン、きみの二番目のお兄様だ。よろしくね、可愛い僕の妹ロッティ」

「ライアン……、お兄様」


 恐る恐る窺うように呼べば、元より笑顔のライアンがより嬉しそうに笑った。


「家族が増えるってだけでも嬉しいのに、それがこんなに可愛い妹だなんて僕は幸せだ」


 ライアンの口調と表情にはシャルロッテを嫌う様子もなければ、先程のジョシュアのように突然のことに驚いている様子もない。

 ただシャルロッテを歓迎し、シャルロッテが妹になることを喜んでいる。そのうえ「もう一回『ライアンお兄様』って呼んでくれないかな」と頼んできた。応じて呼べば更に上機嫌だ。

 ほっとシャルロッテが安堵の息を吐いた。拒否されたら追い出されたら……、と不安を抱いていたが、ライアンはその真逆ではないか。


 そんなシャルロッテの安堵を察したのか、テオドールが優しく頭を撫でてきた。フレデリカの扇子の房がまた鼻先を擽ってくる。


「だから言っただろう。ライアンが人を嫌うなんて有り得ないんだ」

「父上、さすがに僕も人を嫌うことはありますよ。たとえば、…………たとえば、……、悪事を働く人は嫌います。あとはみんな好きですね。それと、やむを得ない悪事を働いて反省して更生した人は好きです」

「我が息子ながら心配になるほどの博愛主義ね。貴方が博愛主義を利用されておかしな壺を買わされないことを願うばかりだわ」


 肩を竦めて話すフレデリカの口調は随分と呆れ交じりだ。

 それに対してライアンが「酷い言われようだなぁ」と不満を口にするが、その口調も態度も軽く、彼がまったく気にしていないことが分かる。

 現にあっさりと話を切り替え、シャルロッテに「良いことを教えてあげるよ」と告げてきた。


「いいことですか?」

「そう、可愛い妹にお兄様からのアドバイス。このあともう二人、シャルロッテのお兄様が来るんだ。僕の弟でもあるね。三人目はそんなに話は長引かないと思うけど、四人目はちょっと騒がしくなると思う。だから四人目のお兄様が来たらね……」


 話の途中で止め、ライアンがそっと顔を寄せてくる。

 そうしてシャルロッテの耳にコソリと伝えてきた。落ち着いた優しい声で。

 その言葉にシャルロッテがぱちくりと瞬きをすれば、伝え終えたライアンがパッと顔を離した。

 嬉しそうな笑顔だ。どことなく悪戯っぽい色があるのは、自分が伝えたアドバイスに自信があるからだろう。


「面白そうだから本当は僕も同席したいけど、ハンクは人が多いのは嫌がるだろうし大人しく部屋に戻るよ」

「……ハンク?」

「シャルロッテの三人目のお兄様だよ。普段はあんまり部屋から出てこないけど、さすがに妹が増えるって知ったら出てくるはず」

「怖いお兄様……?」

「大丈夫、怖くないよ。静かに過ごすのが好きなお兄様なんだ。シャルロッテも静かにゆっくりしたい時があるだろう? そういう時はハンクと過ごすと良い。楽しいことがしたかったら僕と遊ぼう。ボードゲームをしたり外で遊んだり、買物に行っても良いね」


 楽しそうに話し、ライアンが頭を撫でてきた。優しくて温かな手だ。

「またね」という声も優しく、シャルロッテも自然と嬉しくなり「はい!」と返した。ライアンの言動はすべてから優しさが溢れ、彼が自分を受け入れてくれたのが伝わってくる。


「父上、母上、僕はここでいったん失礼します。面白そうだから、後の二人に伝える役は僕がやってもいいかな?」

「もちろん。お願いね」


 フレデリカから了承を得て、ご機嫌でライアンが部屋から去っていく。

 去り際に扉から顔を出してひらひらと手を振ってきた。そのおどけた態度にシャルロッテもすっかりと彼に心を許し、自らもまた手を振って返す。


 そうして室内が再び落ち着きを取り戻した。

 フレデリカが新しく淹れてもらったばかりの紅茶に口をつける。シャルロッテも再びテオドールの膝の上に戻り、オレンジジュースの入ったコップを手に取って飲んだ。

 大きなコップだ。ずしりと重く、両手で持ってよいしょと呷る。


「シャルロッテのために子供用の食器も必要ね。可愛いコップに可愛いお皿、持ちやすいフォークとスプーンも買わないと」

「あ、あの、ロッティはこれで大丈夫です」

「あら、遠慮しなくて良いのよ。使いやすいものでマナーを学ばないと手を痛めてしまうわ」


 フレデリカの手がそっとシャルロッテの手に重ねられる。

 しなやかな指の細い手だ。少しひんやりとしていて心地良い。


「マナァ?」

「えぇ、そうよ。マナーも他のこともたくさんお勉強して素敵な令嬢になりましょうね」

「すてき……、マナァをお勉強したら、ロッティもお母様やお父様みたいなすてきになれますか?」


 シャルロッテが問えば、フレデリカとテオドールが一瞬目を丸くさせた。

 だが次第にゆっくりとその目を細める。愛おしいと言いたげに微笑み、フレデリカがシャルロッテの頬を、テオドールが頭を撫でてきた。


「もちろんだ」

「私達の娘だもの」


 優しい言葉と二人から撫でられるくすぐったさにシャルロッテは笑みを零し、テオドールに甘えるように彼の身体に擦り寄った。




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