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本日も愛され日和〜不遇の幼女、今日から愛され公爵令嬢はじめます〜  作者: さき


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04:テオドール・ブルーローゼスともう戻れない者達

 

 再び王城に戻ってきたテオドールを見て、誰もが息を呑んだ。

 幼い少女を抱き上げていた優しい一面はすっかりと消え失せ、麗しい顔は普段通り凛としたままだが底冷えするような怒気と威圧感を纏っている。年若いメイド達が臆して震え上がるほどだ。

 そんなテオドールに慌てて副隊長が声をかけてきた。


「隊長、お怒りなのはわかりますが抑えてください。王城ですよ」

「別に怒ってなどいないが」

「誰か鏡を……。いや、何でもありません。とにかく落ち着いてください。メイド達が怖がっています」

「む………」


 副隊長に指摘されてテオドールがちらと周囲を伺った。

 メイド達が身を寄せ合ってこちらを見ている。まるで恐ろしいものを前にしたかのような不安そうな表情。彼女達が慌てて背筋を正すが、それが公爵家当主かつ騎士隊長を前にした礼儀正しさではなく恐怖ゆえというのは体の強張りから分かる。

 しまった、とテオドールは自分の顔を片手で覆った。


「確かに顔に出ていたようだ。彼女達に詫びておいてくれ」

「ご安心ください。恐れてはおりますが事情は把握していますし、そもそも我々も彼女達も胸中は同じですから」


 次第に副隊長の語気が冷ややかなものに変わっていく。胸の内に押さえていた怒りがふつふつと湧き上がってきたのだろう。

 そんな彼に、テオドールは「メイドが怯えるぞ」と忠告してやった。もちろん先程の自分を棚に上げての発言なのは自覚している。

 してやられたと副隊長が僅かに苦笑し、だが次の瞬間には表情を険しいものに戻した。


「訓練場に連行しております」

「分かった、行こう」


 副隊長の言葉にテオドールが真剣な声色で返せば、怯えていたメイド達が見送りのため恭しく頭を下げた。

 彼女達の顔もまた真剣味を帯びて厳しいものなのだろう。見えずとも分かる。

 それどころか彼女達の声にならない怒りの訴えが聞こえた気がして、テオドールは決意を更に強めて訓練場へと向かった。



 王城のある敷地内、騎士達の訓練場。

 普段ならば日中は訓練に明け暮れる騎士達の活気で溢れ、夜は一転してシンと静まり返っている場所。だが今夜に限って訓練場は張り詰めた空気に満ちていた。

 数十人が縄で縛られて地面に座らされており、暴言を吐いている者も少なくない。誰もが王城敷地内とは思えない粗雑な衣服を纏い、身形も言動も態度もどれをとっても品性の欠片もない。中には女もいるのだが、男顔負けの形相で騎士達を睨んでは酒焼けした声で暴言を吐き散らしていた。

 それらを囲むのは制服に身を包む騎士達だ。背筋を正し剣の柄に手を掛けて警戒する姿は勇ましく、纏う衣服も態度もまるで真逆である。


 それらを一瞥し、テオドールは一人の騎士へと近付いた。

 今回の件は国をあげての動きたなめ、他の騎士隊からも応援を呼んでいる。テオドールが声を掛けたのは別の隊を率いる騎士隊長であり、年齢は一回り近く上。同じ階級とはいえ大先輩にあたる。

 厳しい顔付きで眼前に並ぶ盗賊達を睨みつけており、今この瞬間に切りつけてもおかしくない威圧感を放っている。


「テオドールか。捕縛ご苦労だった」

「いえ、こちらこそ増援の手配ありがとうございました。思った以上の大捕物になり人員に不安があったので、迅速に招集して頂き助かりました」

「気にするな。我々も件の集団の捕縛に関われて感謝しているぐらいだ。しかしよくもまぁ、人を売るなど出来たもんだ」


 嫌悪を露わにした声に、テオドールも同感だと頷いて返した。

 その会話を聞いていたのか、座らされていた男が顔を上げてこちらを鼻で笑ってきた。下卑た笑みだ。


「国の犬どもがお高く止まりやがって。皆お揃いのぼうっきれ持っておめかしして良い気なもんだ」


 男の暴言には侮蔑の色がこれでもかと込められており、それを聞いた男の仲間達が賛同の声をあげて笑い出した。

 侮蔑と嘲笑が混ざりあい、夜の空気によく響く。数人の騎士が苛立たし気に睨みつけるも、男達は怯まず笑い続けていた。


 そんな中、テオドールはこれを一瞥するだけで終わらせた。

 片や捕縛され地面に座らされ、片や剣を手に見下ろしている。その状況で吐き出される暴言にいったい何の意味があるというのか。負け犬の遠吠えとはまさにこの事、耳を貸すだけ無駄だ。

 そんなテオドールの態度に腹が立ったのか男は忌々し気に睨みつけ、だがふと「テオドール……」と呟いた。何かを思い出すように一瞬逡巡し、次いでニヤと口角を上げた。


「お前、あのガキを娘にしたんだって? 見る目があるな」

「……黙っていろ」

「あれは良い値が付くと思って売り時を待ってたんだ。銀色の髪に青い目、顔立ちも上等な人形みたいだろ。そこいらのガキを五・六人うっぱらうより高値が付いたはずだ。ガキを攫うより女に産ませた方が効率的なんじゃないかって話し合ってたんだぜ」

「馬鹿なことを言うな。黙らされたいのか?」

「やれるもんならな。知ってるぞ、騎士隊ってのは捕縛した後の暴力はご法度なんだろ?」


 捕まった腹いせ、自棄、そしてテオドール達が手を出せないと知っての余裕か、男はテオドールに制止されても口を噤む様子は無い。

 挙げ句「あのガキの父親は俺かもしれないな!」と声をあげて笑い出した。


「ガキはやるからここは見逃してくれよ。なぁ、同じ『父親』だろ? だから、っぎゃ!!」


 男の言葉が途中で無様な悲鳴に変わった。

 テオドールが男の顔面を殴りつけたのだ。縛られているため男は受け身も取れず倒れ込むが、追撃と言わんばかりにもう一発殴りつける。次いで髪を掴んで自分の方へと顔を向けさせた。


「あの子は俺の娘。父親は俺だ。俺だけだ。二度と馬鹿げたことを言うな」

「う、ぐ……」

「それとお前は何か勘違いしているようだが、捕縛した後の暴力を禁止されているのは騎士隊だけだ。他は違う」

「他は、だと……?」

「あぁ、そうだ。特にお前達がこれから連れて行かれるところは禁止どころかを暴力を推奨されている。何をしてでもお前達から情報を引き出さねばならないからな。どこで誰を何人捕まえて売ったのか、洗い浚い吐いて貰う」

「……情報?」


 苛立たし気に歪んでいた男の顔が次第に不可解だと言いたげなものになり、それでも鼻で笑うように「はっ、」と軽い嘲笑の声を漏らした。


「俺達がいちいち帳簿でもつけてると」

「思うわけが無いだろう」


 男の言葉に、テオドールが切り捨てるような鋭さで否定の言葉を被せた。


「お前達が一人一人を管理しているとは思っていない。それでも、最後の一人が見つかるまでお前達を尋問する」

「は……、なんだよ、それ」

「もちろんその『最後の一人』も定かではない」


 人身売買をするような集団が一人一人を管理するわけがなく、売った先も把握しているとは思えない。

 仮に把握していたとしても、罪を軽くしようと人数を偽って自白するはず。非人道的で狡猾な者達の命乞い混じりの自白を信じ込むほど、国も騎士隊も、なにより彼等がこれから連れていかれる先に居る者達も、お人好しではない。

 つまり、被害がどれほどの規模かは分からず、そして分かりようがないのだ。ゆえに被害者の捜索は終わりがない。


「捜索に終わりが無いという事は、お前達の尋問にも終わりがないという事だ。そのみすぼらしい命が尽きる最期の一瞬まで、俺達の捜索に協力してもらう」

「……最期だと」

「あぁ、最期の一瞬までだ。それが早く来るとは思うなよ。お前達には出来るだけ多くの情報を吐いて貰わないといけないからな。まぁ、たとえ最後の一人の情報を吐いても誰も信じないけどな」


 尋問という名の拷問。それも終わりはなく、終わりを求めて情報を全て吐いたとて誰もそれが終わりだとは信じない。

 己の未来がこの先苦痛しかないことを悟り、男の顔色が青くなる。歪んだ顔にはテオドールを嘲笑う色は既に無い。

 それを見て取り、テオドールは掴んでいた男の手を放した。いささか乱暴に放したため男が顔を地面に打ち付けたが、当然それを詫びなどしない。


「俺達が誰も殺さず全員を捕縛したから甘く見ていたか? 残念だが、俺達は生きて捕縛したんじゃない、殺してやらずに捕縛したんだ」

「……そ、それは」

「少し喋りすぎたな」


 テオドールが己の発言を省みて、近場に居た騎士を呼び寄せた。


「すまないが、舌を噛まないよう全員に猿轡を噛ましておいてくれ」

「かしこまりました」

「ここで楽に死なれたら後で俺が文句を言われるからな。まずはこの男から頼む」


 任せたと託せば、騎士が頷くと同時にさっそく持っていたスカーフで男の口元を縛った。

 周囲にいた騎士達もそれに加勢する。抵抗も虚しく男達は次から次へと猿轡をされ、聞こえていた罵倒も唸り声に変わっていった。


 最初からこうしていれば静かだったのに。

 そうテオドールは自分の指示の甘さを反省した。そうしていればシャルロッテを侮辱される事もなかったのに。

 そんな後悔を悟ったのか、一部始終を見ていた先輩騎士が「気にするな」と宥めてきた。


「ですが隊を率いる身でありながらあのような真似を……。お見苦しいところをお見せして申し訳ありません」

「あれは騎士隊長としてではなく父親として殴ったのだろう? それならば咎めるのはお門違いだ」

「お気遣いありがとうございます」

「礼を言われるようなことではない。それで、それほど可愛いのか? 公爵家の令嬢とやらは」


 単純な興味と、冷静さを欠いたテオドールを揶揄う意志もあるのか、先輩騎士がニヤと口角を上げて尋ねてくる。

 彼の意図を組み、テオドールは小さく咳払いすると「もちろん愛らしい子ですよ」と断言し、彼と共に歩き出した。


 猿轡を噛まされた男が睨みつけてくるが、もはや気に掛けることすらしない。


 今夜のうちに、あの男達はテオドールの手を離れて別の場所へと連れて行かれる。


 ……今が天国だったと思えるほどの場所へ。

 冷たく硬く真暗な場所。

 そこから逃れる術はもうない。




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