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本日も愛され日和〜不遇の幼女、今日から愛され公爵令嬢はじめます〜  作者: さき
第一章

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30/55

30:家族だから

 


 謝罪の言葉を発したのはメイドのリシェル。深く頭を下げ、緊張からか細い手に妙に力が入っている。

 それに気付いたシャルロッテは慌ててリシェルのもとへと駆け寄った。彼女は今にも泣きそうな顔をしているではないか。堪らず震える彼女の手をぎゅっと握れば、指先がひやりと冷たくなっている。


「本来ならば落ち着いた場でご家族で話すべきことを、私が騒いでしまったため話を大きくしてしまいました」

「リシェル……」

「ハンク様は落ち着くように私に言っていたのにそれも聞かず、人を呼び寄せこのようなことに……。申し訳ありませんでした……!」


 自分が騒いだせいで事を大きくしてしまった。ハンクが隠していたことを騒動の中で暴いてしまった。

 すべて自分が騒いだせいだ。

 そう詫びるリシェルの声は震えており、まるでこれから罰せられる罪人のようではないか。


 そんなリシェルに声をかけたのは、他でもないハンク。

 彼に名前を呼ばれ、リシェルはビクリと体を震わせると更に深く頭を下げてしまった。


「ハンク様、申し訳ありません。どのような処罰でもお受けいたします」

「い、いや、良いんだ。リシェルが謝ることじゃない。そもそも、僕がちゃんと話をするべきだったんだ。怖がらせてごめん。……それと、シャルロッテを守ってくれてありがとう」

「……え?」


 突然感謝の言葉を告げられ、リシェルが恐る恐る顔を上げて不思議そうにハンクを見た。

 シャルロッテも同様、どうしてこの場で「ありがとう」なのかが分からず、リシェルの手を握ったままハンクを見上げる。

 相変わらず彼は前髪で目元を隠しているため表情は判断しにくい。だがそれでも、今は真剣な表情でまっすぐリシェルを見つめているのだと分かった。


「人形が動く光景は怖かっただろう。でもリシェルは部屋に飛び込んでシャルロッテを庇ってくれたし、僕にも動かないように言ってくれた」

「それは咄嗟のことでしたので、私もわけが分からず……」

「逃げることだって出来たのに、それをせず、むしろ自ら部屋に飛び込んでシャルロッテと僕を守ってくれたんだ。そんなきみを罰するわけがない」


 ハンクの言葉は穏やかだが、それでもはっきりとした決意を感じさせる。優しく、柔らかく、それでいてなんて頼りがいがあるのだろうか。

 彼の気持ちがリシェルにも伝わったのだろう、不安気だった表情は次第に柔らかくなり、ほぅと小さな安堵の吐息を漏らした。強張っていた体からふっと力が抜けるのが手を繋ぐシャルロッテにも伝わってくる。


「ハンク様、ありがとうございます。シャルロッテ様もご心配をおかけしました」


 感謝を告げるリシェルの声には先程の弱々しさは無く、声も震えていない。それどころかシャルロッテと目が合うと柔らかく微笑んでくれた。

 これにはシャルロッテも安堵して目元を拭った。泣いて訴えた名残りでまだドキドキしてしゃっくりも止まらないが、それでも気持ちだけは「よかった」と落ち着きはじめている。

 周囲にも解決の空気が滲み始めており、そんな中、フレデリカがパンと扇子を開いた。軽やかに響く音を機に誰もが彼女に注目する。


「この件をどこまで公表するかは追って通達するわ。それまでは他所の家に伝えないようにしてちょうだい」


 フレデリカのこの指示に、誰もが恭しく頭を下げて了承を示した。



 ◆◆◆



「シャルロッテのおかげだよ」


 そうハンクに言われたのは騒動の後、彼の部屋へと向かう途中。

 あの場は一度解散となり、メイドや給仕達は仕事に戻り、フレデリカとテオドールは自室へ。兄達も各々の部屋へと戻ることになった。

 シャルロッテだけはロミーやぬいぐるみ達を迎えにハンクと共に彼の部屋に行く事にした。その最中に先程の言葉である。


「ロッティのおかげ?」


 どうして? なにが? とシャルロッテがハンクを見上げて尋ねた。

 彼と手を繋ぎ、もう片方の手では精霊の入った人形を抱きしめながら。


「精霊のことを話せたのはシャルロッテのおかげだよ」

「でも、ロッティなにもしてません。お部屋でせいれいさんと遊んでただけだし……」

「シャルロッテが僕の部屋に来てくれた。僕の話を信じて、精霊を怖がらずに接してくれた。だからみんなに説明する気になれたんだ。もしもシャルロッテが居なかったら、僕はあんな風にはっきりとは喋れなかったと思う……」


 普段のような、否、普段よりも弱々しくたどたどしく説明しただろう。周囲の視線から逃れようと俯いたまま、誰にというわけではなく、ぼそぼそと口の中で呟くだけ。

 その姿と声からは自信の無さが見て取れたに違いない。


 辛うじて説明が出来たとして、そんな態度での説明にいったいどれほどの説得力があるのか。

 精霊の存在こそ信じて貰えても周囲の不安は拭いきれなかっただろう。もしかしたら不気味がられ、一つ目の部屋にさえ誰も入らなくなったかもしれない。


「だけど僕なりにきちんと話すことが出来たし、おかげでみんな信じてくれた。それはシャルロッテが居てくれたからだ」


 穏やかな声色でハンクが告げ、ゆっくりとしゃがみ込んだ。シャルロッテの高さに合わせて片膝を突く。

 次いで彼は己の手でそっと自分の前髪を払った。目元を隠していた前髪がさらりと揺れて、隙間から紺色の瞳が覗く。綺麗な瞳だ。

 シャルロッテがハンクの瞳をじっと見つめていれば、彼がそっと片手を取ってきた。優しく両手で包んでくれる。


「僕の、僕達の妹になってくれてありがとう、シャルロッテ」


 まっすぐに見つめて告げられる感謝の言葉。優しくて穏やかで、そして幸せそうな表情。

 彼の言葉にシャルロッテも嬉しくなり、手を握るだけでは足りないとぎゅうと抱き着いた。ハンクの腕が優しく抱きしめ返してくれる。触れる体も、包んでくれる腕も、背中に触れる手も、なんて温かいのだろうか。


「ハンクお兄様も、ロッティのお兄様になってくれてありがとうございます」


 心からの感謝を告げれば、ハンクがより嬉しそうに笑って頷いてくれた。




 そうして部屋へと向かう途中、ふとシャルロッテは思い至ってハンクを呼んだ。


「あのね、ロッティ、ハンクお兄様におねがいがあるんです」

「お願い? もちろん、僕がしてあげられることなら構わないけど……。ロミーの洋服かな、それともロミーのお友達の人形が欲しい?」

「ううん、違うの。あのね……」


 シャルロッテが背伸びをすれば、察したハンクも身を屈めて高さを合わせてくれる。

 彼の耳元に顔を寄せてコソリと伝えれば、前髪越しに薄っすらと見える彼の目が丸くなった。



 ◆◆◆



 騒動のあった日の夜、夕食の場。

 既にテーブルにはテオドールとフレデリカ、そしてジョシュア・ライアン・グレイヴの姿があった


「シャルロッテが来てからすっかり揃って食べるようになったわね」


 とは、機嫌の良いフレデリカ。

 彼女の言葉に誰からともなく肯定する。


 以前であれば食事の時間を敢えて合わせることはなく、各々が自分の時間で、それも自室で食べることが多かった。

 今になって思えば時間を合わせて共に食事をすることもできたはずなのに、それをしようともせず、むしろ考えもしなかったのだ。


 そんな食事がガラリと変わったのは、シャルロッテという末子が加わったから。

 以降は仕事が多忙なテオドールとジョシュアも極力時間を合わせるようにし、グレイヴも事情を知る周囲の計らいで夕食の時間に間に合わせている。外出の多いライアンも夕食の時間にはちゃんと戻ってきて食事の場に出るようにしていた。



 だから今夜もシャルロッテが来れば食事が始まる。……と思っていたが、一人分多くセッティングされている事に気付き、誰もが不思議そうな表情をしていた。

 もっとも、思い当たるのはたった一人なのだが。


「ハンクも来るのか?」


 とはテオドール。

 これに対してフレデリカも不思議そうに「聞いていないけれど」と返しつつ、どこか嬉しそうにしている。

 兄弟達も珍しいと話し合い、ゆっくりと扉が開かれる音に誰もが視線を向けた。


「お兄様はロッティのとなり。あのね、ロッティのイスがあってね、お母様がロッティのためによういしてくれたんです。うさちゃんが描いてあって、とっても可愛いイスなんです」

「わ、分かったよ……。わかったから落ち着いて」

「お兄様がロッティのいすが良いなら、ロッティのいす貸してあげます」

「いや、僕はちゃんと大人の椅子に座るから」

「ロッティのとなり!」


 はしゃぎながら部屋に入ってきたのはシャルロッテ。

 そしてシャルロッテに手を引かれながら入ってきたのはハンクだ。興奮気味のシャルロッテを宥めようとしているが、その表情は満更でもない。

 二人の登場に誰もが意外そうな顔をし、フレデリカが嬉しそうにハタハタと扇子で己を扇いだ。


「ハンク、今夜は貴方も一緒なのね」

「は、はい。これからは出来るだけ夕食ぐらいは一緒にと思って……。シャルロッテが、みんな一緒が良いって言ってくれたんで」


 照れ臭そうに話しつつ、ハンクがシャルロッテに視線を向けてくる。

 彼の言葉に、シャルロッテは元気よく「はい!」と返した。


「みんながいっしょが良いです! だって家族だから!」


 そうシャルロッテが話せば、ハンクはもちろん家族みんなが嬉しそうに笑った。





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― 新着の感想 ―
よき
毎日時間を合わせて、大勢で一緒に食べるって、人によっては結構な負担なんですよ。 私がそうなんですけど。 ハンクも多分、そうじゃないかと思っていたんです。 だから、それでも毎日来ようと思えるほどに、家族…
 はぁ...尊い…
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