26:ブルーローゼス家の先代当主・現当主・次期当主
広い部屋に残されたのは、テオドールとジョシュア、そしてフレイド。
一気に人数の減った室内には先程までの賑やかさは無く、張り詰めるような沈黙が漂っていた。
それを破ったのはフレイドの溜息交じりの「あの子か……」という声。少し掠れた、重い、どこか悲痛そうな色を込めた声。
これに対して返事をしたのはテオドールで、「はい」というはっきりとした返事ながらに、こちらも声には悲痛そうな色が混ざっている。
「手紙には『何も分からない』と書かれていたが、本当なのか?」
「母親はいまだ判明しておらず、父親の方は……。腹立たしい話ですが、自分が父親だと名乗り出ている者が複数居ります。おおかた、シャルロッテの父親ならば恩情を与えられると思っているのでしょう」
馬鹿な話だとテオドールが吐き捨てた。
どれだけ自白しようとも、もはやあの男達に救いは無い。それこそ仮にシャルロッテの父親が判明したとしてもだ。真相は公表されることなく闇の中、恩情なんてもってのほか。
シャルロッテの父親は自分だけだ。そうテオドールが断言し、話を改めるように進めた。
「医者が言うには年齢は五歳ぐらいかと。ただ、劣悪な環境にあったため成長が遅れていて、もう少し年齢が高い可能性もあるそうです。これ以上は調べようがないと……」
シャルロッテの年齢は判明しておらず、医者の見立ても、身長や言動を一般的な成長速度と比較して出したものだ。
本音を言えば、調べ上げ、正しい年齢を教えてやり、産んだ母親にせめて一言無事を伝えたい。
だがそれはテオドールの私情だ。いかに公爵家であり騎士隊長と言えども、否、その立場にあるからこそ、私情を優先するわけにはいかない。
優先すべきはいまだ救出されていない者達の捜索。他にも人身売買に手を染めている者がいるのならそれを捕縛し、その被害者も救い出し……。捜査も救助も終わりがなく、何年も、何十年も優先順位は変わらないだろう。
「それならいっそ、シャルロッテの事はすべて俺とフレデリカで決めようと考えました。年齢は五歳、誕生日は我が家に来た日。手続きをすべて済ませてあります」
「そうか」
「相談もなしに独断で娘に迎え入れたこと、申し訳ありませんでした」
現在ブルーローゼス家に関わる決定権は当主であるテオドールにある。
だが当主だからといって先代を蔑ろにして良いわけがない。とりわけテオドールは婿養子なのだから、フレイドが存命の間は彼に一言通すのが筋というものだ。
それが『身元の分からない少女を娘に迎え入れる』という他に例を見ない大事ならば猶のこと。
だがテオドールはそれをせず、それどころか妻フレデリカにすら相談しなかった。これを独断と言わずに何と言う。
勝手な判断だったとテオドールが詫びる。
だがすぐさま「ですが」と話を続けた。
「後悔はしておりませんし、己の判断が間違いだったとも思っておりません。救助された者達が安堵で泣く中、シャルロッテだけは静かに話を聞いていました。あの子は自分が助けられたことも、そもそも助けられるべき状況下にある事すらも分かっていなかったのです」
辛い状況にある事すら分からない。当時のシャルロッテの世界はあの馬車の荷台だけだったのだ。
それを思い出せばいまだに胸が痛む。そして同時に、あの決断は間違っていなかったと改めて思う。今後なにがあっても後悔しない。
それでも勝手な行動であることに変わりはない。そうテオドールが詫びれば、フレイドが不満を露わに溜息を吐いた。
引退した老年とは思えぬ威圧感を纏っており、黙って話を聞いていたジョシュアが気圧されてゴクリと生唾を呑んだ。
「テオドール、お前……」
「はい」
「……お前のそういうところ、本当に嫌いだ」
はっきりとした嫌悪の言葉。……なのだが、普通ここまではっきりと言うだろうか。それも『嫌い』と。
これには固唾を呑んで見守っていたジョシュアも拍子抜けし、「え?」と彼らしからぬ間の抜けた声をあげてしまった。
厳格な祖父が発した『本当に嫌い』という子供じみた発言。それを受けた父も「でしょうね」と堂々としている。それどころか「存じております」とまで続けるのだ。これはもはや同意ではなく煽りに近い。
「あの……、父上、これは……」
「気にするなジョシュア。フレイド殿は俺しか居ない時はだいたいこうだ」
「……そ、そうなのですか。あの、おじいさま……」
「昔からこの男はこうでな。事後報告が多いくせに、どの報告もまったく迷ってないし後悔もしていない。そもそも正しい選択をしてるからこっちも口を挟む余地がない」
フレイドの口調こそ非難の色が強いが、結局のところテオドールは決断力に長けた男ということだ。
迷わず己の判断に従い、そしてその判断は間違えたことがない。持って生まれた勘の良さというのもあるが、なにより彼の才能とたゆまぬ努力があってのものだろう。決断力と、それを裏打ちする努力と実力。
名家ブルーローゼズ公爵家を継ぐにこれ以上の男はいない。……のだが、それがフレイドには不服でしかないのだ。
そしてなにより不服なのが……。
「娘を奪った男などどうして好きになれる」
という、単なる娘を持つ父親としての嫉妬である。むしろ八つ当たりの領域。これに対してどことなくテオドールが笑みを浮かべるのは、奪った側の勝利の余韻だろうか。
対してジョシュアの表情はどんどんと引きつったものに変わっていった。
シャルロッテの件を話し合うにあたり母や弟達が気をきかせて席を立つ中、自分は長男なのだからとこの場に残ったのだ。次期当主としての責任感と覚悟を胸に抱いていた。
だというのに、まさかこんな話を聞かされるとは……。
自室に戻るなりライアン達と買物に行くなり、もしくはシャルロッテ達と共に庭に出るなりすれば良かった……。後悔が刻一刻と増していく。
何をしても、いっそ何もせず自室でぼーっとしてもいても、今この場にいて父と祖父の絶妙な関係を見せつけられるよりマシだ。
そう考えてジョシュアが窓の外に広がる庭を見れば、シャルロッテ達の姿が見えた。
シャルロッテがアリアの手を引いて嬉しそうに庭を案内している。一歩後ろを歩くフレデリカの姿もあり、三人で庭を歩く光景は絵画のように美しい。
彼女達がふと何かに気付いて手を振った。視線の先を見れば、そこには馬車に乗り込むライアンとグレイヴの姿がある。先程話していたタルトを買いに行くのだろう。彼等もまたシャルロッテ達に手を振っている。
晴れやかな日差しが降り注ぐ中での交流、なんて微笑ましいのだろうか。
今からでもどちらかに合流出来ないだろうか……。
そんな事をジョシュアが考えていると、
「今に見てろテオドール。余裕の顔をしてるが、いずれお前も娘を他所の男に奪われる父親の気持ちを味わうからな」
「残念ですがシャルロッテはどこにも嫁にやりませんし婿も取らせません」
「そう言ってられるのも今の内だ。なにせ私もフレデリカが小さい頃に一字一句同じことを言ったからな」
という、祖父と父の静かな言い争いが始まった。




