23:もっちり令嬢のとっておきの技
現在、ブルーローゼス家の当主はテオドールである。
だが彼の生まれはブルーローゼス家ではない。グランデル公爵家、テオドールはその三男である。
いわゆる婿入り。ブルーローゼス家は女児が五人に対して男児が一人も居らず、跡継ぎをどうするかとなった際に長女フレデリカが「自分が良い男を捕まえるわ」と宣言し、その宣言の通り当時婚約の申し込みが大陸一と言われていたテオドールを射止めたのだ。
そんなブルーローゼス家の前代当主が訪ねてくる。
フレデリカからしたら両親、そして息子達からしたら祖父母の来訪。
彼女達にとっては久しぶりに親族と会うだけなのだが……。
「おじいさまとおばあさま……、ロ、ロッティ、どうごあいさつすれば……」
そわそわとシャルロッテが室内を歩き回る。
祖父母の来訪はまだ五日先で今緊張しても意味がない。……のは分かっているが、どうしても落ち着かない。
メイドのリシェルが後ろについて宥めてくれるが、それでも落ち着くことは出来ず、結果二人で部屋の中をぐるぐると回るだけだ。
シャルロッテはブルーローゼス家の娘。祖父母からしたら孫にあたる。
だが血の繋がりはない。そのうえ、シャルロッテは他の貴族令嬢と比べて勉学もマナーも遅れている……。
そんな自分を受け入れてくれるだろうか。
こんな子供よりももっと優れた子供が良かったと言われるかもしれない。
そう考えると不安でいっぱいになり落ち着かない。
フレデリカ達は大丈夫だと言ってくれたが、それでも不安は増すばかりだ。
今すぐに何かをしなければと焦燥感が湧き上がる。もっとも、ならば何をすれば良いのかと問われても分からないし、誰に尋ねて良いのかも分からない。どうしようもない。
それでも落ち着かなさから室内をぐるぐると歩いて回り、それだけでは足りないと通路に出て屋敷の中を歩きまわりだした。
◆◆◆
祖父母の来訪を知らされた三日後、シャルロッテはブルーローゼス家の庭でお茶をしていた。
今日の相手はフレデリカや兄達ではない。クラリスとマリアンネとフランソワ、友人かつもっちり同盟の令嬢達だ。
「おじいさまとおばあさまにお会いするのね」
とは侯爵家令嬢クラリス。
もっちりとした手足、艶のあるふっくらとした頬。豪快に巻かれた金の髪。今日も見るからに健康そうで、全身から漂う『お嬢様オーラ』といったらない。
そんなクラリスはシャルロッテの話を聞いた後、優雅な所作で紅茶を一口飲みクッキーをサクリと食べ、先程の言葉である。
その堂々とした仕草と余裕のある動きにシャルロッテは圧倒されるばかりだ。そわそわと落ち着かない自分がより情けなく思えてしまう。
「ロッティ、どうしたらいいのか分からなくて……」
「安心なさってください、シャルロッテさん。この世に孫を愛さないおじいさまとおばあさまは存在しませんわ」
「存在しない……?」
「えぇ、だって私達ほど可愛い存在はないと皆言ってますもの。お二人もそうでしょう?」
クラリスがマリアンネとフランソワに同意を求めれば、彼女達も同感なようで、「何をしても愛されてます」「世界一可愛いのです」と答えた。
嬉しそうで、愛されていることを疑問にも思わない表情。愛される可愛い自分が誇らしくて堪らないと言いたげだ。
そんな彼女達の返答に、シャルロッテは「でも……」と呟いて俯いてしまった。
「ロッティはおじいさまとおばあさまの孫じゃないです……」
「でもシャルロッテさんはブルーローゼス家の子供でしょう?」
「……そうです、でも」
確かにブルーローゼス家の子供だ。両親も兄達もそう言ってくれる。
だけど生まれは違う。この家に生まれたのではない、この家に他所から――それも良くない場所から――入れてもらったのだ。
そうシャルロッテが呟くように話せば、クラリスが再び紅茶を飲んでクッキーをサクリと食べた。
「シャルロッテさんは不安になっておりますのね。それなら私がとっておきの技を教えてあげますわ」
「……とっておき?」
「えぇ、私達令嬢の魅力を最大限に見せつけるとっておきの技ですの!」
気合いたっぷりにクラリスが語る。
彼女の話に、不安と切なさで満ちていたシャルロッテの胸に期待が宿った。
そんな素晴らしい技があるのか。もしもその技を使えるようになったら、おじいさまとおばあさまに認めてもらえるかもしれない!
「ク、クラリスさん、その技は……」
「カーテシー! ですのよ!!」
高らかなクラリスの宣言がブルーローゼス家の庭に響いた。
「カーテシー……?」
「カーテシーとは令嬢の挨拶。これをするとおじいさまとおばあさまはいつも喜びますの。おじいさまったら『孫のカーテシーで病気が治る』といつも言ってますわ!」
「病気が!?」
「もはや医療の領域! それがカーテシーですの!」
クラリスの断言は妙な説得力がある。彼女が常に自信に溢れているからだろうか。
マリアンネとフランソワもこの技を習得しその効果を理解しているようで、マリアンネが話し出した。
「私、おじいさまとおばあさまにお会いする時はカーテシーでご挨拶しますの。そうするとおじいさまはいつもお小遣いをくださいますわ」
「ご挨拶でおこづかいを……!?」
「挨拶と言えどもお金が発生する、それがカーテシーですのよ!」
「私のおばあさまはいつも私のカーテシーを褒めてくださいますの。たくさん褒めて、『この可愛さで寿命が三十年伸びる』と言ってますわ」
「三十年……!?」
「寿命をも延ばす、なぜならカーテシーですもの!」
マリアンネとフランソワの話にシャルロッテが驚けば、クラリスが後押しする。
そうして彼女達の話が終わる頃には、シャルロッテは感動し、キラキラと瞳を輝かせてクラリス達を見ていた。不安はもうすっかりと消え去っている。
「カーテシー……」
はわわ……、とシャルロッテの口から感嘆の声が漏れた。
まさかそんな素晴らしい技があるなんて。
「カーテシーをすれば、おじいさまとおばあさまもロッティを受け入れてくれるかも……!」
「もちろん受け入れてくれますわ。なんていったって、可愛い私達のカーテシーなんですもの」
「ロッティ、カーテシーできるようになりたいです!」
「その意気ですわ! さぁ、練習いたしましょう!」
クラリスがガタと立ち上がる。まるで自分の事のようにやる気に満ちた瞳。ふんっ!と意気込めば豪華な縦ロールが揺れる。
マリアンネとフランソワもクラリスに続いて立ち上がった。彼女達の瞳にも強い意志が宿っている。
なんて頼もしいのだろうか。
シャルロッテは胸の内からやる気がふつふつと湧き上がるのを感じ、彼女達にならって気合いを胸に立ち上がった。
◆◆◆
日中の激しいカーテシー練習を終え、夕食後。
食後の一時を終えて各々自室へと戻るタイミングで、シャルロッテは意気込みながら立ち上がった。
――ちなみに激しいカーテシー練習を見かけたメイド達は「可愛らしい」「小さくて愛らしい方々がちょこちょこ動いて愛おしい」「妖精が踊っているのかと思った」と口々に語っている――
「あらシャルロッテ、どうしたの? もうお部屋に戻る?」
「は、はい。お部屋にもどります……。でも」
その前に、とシャルロッテは部屋の出口へとちょこちょこと向かっていった。
いったい何をするのかと誰もが視線を向けてくる。テオドールとフレデリカ、それにジョシュアとライアンとグレイヴ。ハンクは普段から自室で食事をするため不在。そして部屋の隅に立つ二人の給仕。
全員からの視線を一身に受け、シャルロッテは緊張でスカートの裾をきゅっと摘まんだ。
あれだけ練習をしたのだから大丈夫。
クラリスさん達も「ナイスカーテシー」と褒めてくれたではないか。
そう自分に言い聞かせ、摘まんだスカートの裾を少しだけ持ち上げ、身を屈めた。
「……ご、ごきげんよう」
上擦った声で告げ、ゆっくりと屈めていた体勢を戻す。
練習通りにやったがうまく出来ただろうが。
だが恥ずかしさから確認することは出来ず、「おやすみなさい」と就寝の言葉を残してそそくさと部屋を出て行った。
シャルロッテが出て行った部屋はしばらくの間シンと静まっていた。
沈黙を破ったのはフレデリカ。テーブルの上に置いていた扇子をそっと取り、はたはたと己を優雅に扇ぎだした。
「堪らなく可愛いわね」
という力強い断言。
これに対してテオドールが深く頷いた。真剣な表情と深い首肯、一見すると重要な会議で決断をくだしたかのような雰囲気である。
実際は愛娘の初のカーテシーに感動しているだけなのだが。
そんな夫婦のやりとりに「ビックリしたぁ」と軽い声が割って入ってきた。ライアンだ。
「友達から『年の離れた妹のカーテシーは可愛いなんてものじゃない』って聞いてたけど、まさかあれほどとは思わなかったよ。ちょっと緊張してるところも可愛いし、やり終えた後にちょっと安心してるのも可愛いし、一日中見てたい可愛さだったね! ねぇ、ジョシュア兄さんもビックリしたでしょ?」
「あ、あぁ、女性の挨拶は数え切れないほど見たが、あれほど愛らしい挨拶があったとはな」
ライアンとジョシュアがシャルロッテのカーテシーの可愛さを語り合う。
彼等の話にグレイヴも同意だと加わった。コクコクと無言で頷く姿はまさに筆舌に尽くしがたいと言いたげ。
あれほど可愛いカーテシーは見たことが無い、妹のカーテシーとはあれほど偉大なのか……。
妹愛を語り合う兄達に、テオドールとフレデリカは顔を見合わせて微笑み合った。




