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本日も愛され日和〜不遇の幼女、今日から愛され公爵令嬢はじめます〜  作者: さき
第一章

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19/48

19:眠らない公爵家の眠れない子供達

 


 シャルロッテは基本的に寝つきのよい子供である。

 布団に入り絵本を読んでもらうとあっという間に寝息をたてる。体力がなく疲れやすいゆえに眠りが早いのもあるが、今の環境の幸福感と聞こえてくる声の安堵感からすぐに眠くなってしまうのだ。

 おかげでなかなか絵本の最後まで聞けず、朝になって「昨日の続きを読んでください」と絵本を手にメイドに頼むことも多々ある。――それを聞いている内に眠ってしまうことも――


 だが時々、うまく眠れない夜もある。



「んぅ……、うー」


 なんとも言えない唸り声をあげ、シャルロッテは布団の中でコロンと寝返りをうった。

 体の中に熱っぽい靄が渦巻いて眠いのに眠れない。冷たさを求めて足を動かせば、気付いたメイドが「シャルロッテ様」と心配そうに名前を呼んできた。

 今夜の寝かしつけ係はメイドのリシェル。寝かしつけの時は故郷の昔話を語ってくれる。いつもならシャルロッテもそれを聞きながら眠りにつけるのだが……。


「シャルロッテ様、眠れないんですか?」

「ん……、んぅー、ねむい……」


 眠い。今すぐに眠りたい。だけど眠れない。

 目を瞑っても体の奥が生温く、布団から出ても涼しくはならない。眠くてぼーっとする意識に反して体は熱くて、それが酷く気持ち悪い。

 頭の中は寝たいのに、体は寝させまいと熱を高めていく。まるで頭と体が別々になってしまったようだ。

 だがそれをうまく伝えることが出来ず、ジレンマがまた渦巻く熱を加速させる。


 眠れないことが辛く、ついにはグスと洟を啜って目元を拭った。

 涙が溢れて枕に顔を埋める。察したリシェルが優しく肩を撫でてくれた。


「お可哀想に。暑いのなら冷たいお水をお持ちしましょうか? それとも部屋を出て外の風に当たりますか?」

「お外いきたい……」

「では少しお散歩しましょう。そうしたら眠れるかもしれませんね」


 リシェルに促され、シャルロッテはもぞもぞとベッドから降りた。

 眠くてふらつく。だけど布団に戻っても眠れる気はしない。それが酷く気持ち悪い。

 不快感が涙に変わり目元を擦れば、リシェルが優しく頬を撫で「夜のお散歩を楽しみましょう」と手を繋いでくれた。




 時刻は十二時過ぎ。

 既にブルーローゼス家の業務はほぼ終わっており、働いている者は極僅か。

 屋敷の中も殆どの部屋が明かりを落としているため薄暗く、普段の屋敷とは違った雰囲気に包まれている。心なしか、通路の絨毯の色もカーテンの色も、なにもかもが濃く見える。


 そんな中をシャルロッテはリシェルと手を繋ぎながら歩いていた。


「おうちじゃないみたい……」

「シャルロッテ様はいつもこのお時間は眠ってますものね」

「お外もまっくら」


 窓から外を見るも美しい庭園は見えない。薄ぼんやりと屋街灯が灯っているだけだ。

 それもまた日中のブルーローゼス家の庭とは違っていて、なんだか別の屋敷を歩いている気持ちになってくる。

 それでいて家の造りは記憶にある屋敷の通りなのだ。ブルーローゼス家の屋敷であってブルーローゼス家の屋敷ではないような、なんとも言えない不思議で奇妙な感覚。

 きゅっとリシェルの手を握れば、不安を察したのだろう彼女は穏やかに笑って大丈夫だと宥めてきた。


「リシェルは夜のおうちは怖くないですか?」

「私ですか?」

「リシェルと、それと、夜のおうちのひとたち」


 夜間働く者達は日中と比べれば少ないが、居ないわけではない。

 現に自室を出てから二人と擦れ違っており、それに外には警備もいる。彼等は夜中に働き、朝方に仕事を終えるという。


 静かで薄暗い屋敷で働くのは怖くないのだろうか?

 もしも一人で通路を歩くことになったら……、想像しただけでふるりと身体が震える。


 だがリシェルは臆する様子はなく、それどころか穏やかに微笑んだ。


「怖くはありませんよ。みんながグッスリと眠れるようにお屋敷を守って、みんなが元気で働けるように準備をする。素敵な明日にするためのとても大事なお仕事です」

「すてきな明日……」

「はい。もちろんシャルロッテ様にも素敵な一日を過ごして頂けるように頑張っていますよ。綺麗なお庭を見て頂けるようにお庭を守って、美味しいご飯を食べられるように厨房を綺麗にする。明るい一日のためのとても大事なお仕事です。だから暗くても夜のお屋敷は怖くはありません」


 誇らしげなリシェルの表情に薄暗い屋敷を恐れる様子はない。むしろ誇らしげである。

 そんな彼女の微笑みをじっと見上げ、シャルロッテはスンと一度洟を啜ると涙で潤んだ目を細めて頷いた。




 再び通路を歩き、時には窓の外を覗く。

 屋敷の者達はシャルロッテが眠れないことを知ったようで、冷たいお水を用意してくれたり、声を掛けに来てくれる。

 そうしてリシェルと歩いていると、通り掛かった扉がゆっくりと開かれた。


「シャルロッテ?」


 声を掛けてきたのは長兄ジョシュアだ。

 普段は家の中といえども畏まった服装をしている彼だが、さすがに夜中はラフな服装をしている。

 彼の登場に、シャルロッテは「お兄様」と呼んで覚束ない足取りで彼へと近付いた。ぱふと抱き着けば大きな手が優しく頭を撫でてくれる。


「話し声が聞こえてきてもしやと思ったんだが、こんな時間にどうしたんだ?」

「シャルロッテ様がどうしても眠れなくて。随分とお辛そうなので、気晴らしになればとお屋敷の中を歩いていたんです」

「眠れない……。そうか、シャルロッテも眠れないんだな」


 溜息交じりのジョシュアの言葉。

 彼のこの言葉を聞き、シャルロッテは抱き着いたまま彼を見上げた。眠さと眠れない辛さの涙で潤んだ視界の中、麗しいジョシュアが眉尻を下げて笑うのが見える。


「ジョシュアお兄様も眠れないんですか?」

「あぁ、今日は少し湿度が高いだろ。こういう夜は上手く眠れなくて、余計な事ばかり考えてしまう」


『湿度』というのものが何なのかはシャルロッテには分からないが、今夜が少し気持ち悪い夜なのは分かる。なんだか息苦しい。

 そして色々と考えてしまうのも同じだ。

 眠らなくては明日起きられなくなる。朝ごはんに間に合わなかったらどうしよう。もしもこのまま一生眠れなかったら……、そんな不安が頭の中でぐるぐると回り、「考えちゃ駄目」と考えれば考えるほど余計に眠れなくなってしまうのだ。


「ロッティも眠れなくて……、でも眠いのに……」

「私と同じだな。それなら、今夜一緒に過ごすのはどうだろう」

「……いっしょに? お兄様と?」

「あぁ。眠れないもの同士、寄り添って話をしないか」


 どうだろうとジョシュアが誘ってくる。彼に抱き着いたまま、シャルロッテはコクリと一度頷いた。




 ジョシュアの寝室は綺麗に整頓されており、調度品はどれもシンプルなデザインながらに上質なもので揃えられている。彼の性格をよく表した部屋だ。

 物が少ないがかといってみすぼらしさは無い。厳選されたものだけが運び込まれているのが分かる。

 大きなベッドには清潔感のある寝具。柄は無く濃い色味で統一されており、枕元には本が一冊と水差し。花柄の布団とぬいぐるみが並ぶシャルロッテのベッドとは違う。


 そんなベッドに二人で横になる。

 シャルロッテが眠れない不安からジョシュアの体に擦り寄れば、優しく背中を撫でてくれた。


 静かな部屋の中、話すのは他愛もないこと。

 今日あったこと、昨日あったこと、明日すること。互いに眠気があるためか話は途切れ途切れで、だけど眠れないので話が途切れてもまたどちらともなく話し出す。

 二人になっても眠れないジレンマは変わらず、シャルロッテの体の中には気持ちの悪い熱が満ちていた。


「ジョシュアお兄様は、眠れないときはどんなことを考えてたんですか?」

「私か? そうだな……。ブルーローゼス家の今後のことや、跡継ぎが本当に私で良いのか。父上から爵位を継いだ後、家の者達は私に付いてきてくれるのか……。今考えたところで何が分かるわけでもないのだが、こういう夜は考えてしまう。シャルロッテはどんなことを考えてしまうんだ?」

「ロッティは、お勉強がはじまったらちゃんとできるのかなとか、あと、ベッドの下にこわいお化けがいたらどうしようとか。それと……、まえの男の人たちが、ロッティを返せってきたらどうしようって」


 優しい家族と楽しい日々。友人もできた。そのおかげでかつての馬車の荷台での生活を思い出すことは殆どない。

 それでも時折、こういった眠れない夜には思い出してしまう。

 荒々しい男達の声、彼等に捕まった者達の悲鳴、啜り泣き。馬車の荷台は硬く、横になると身体が痛かった。寒くて眠れず、荷台の隅で薄い布に包まって震えて過ごした夜も少なくなかった。


 あの怖い男達が「シャルロッテを返せ」と言ってきたらどうしよう。

 あの日々が戻ってきたらどうしよう。

 想像すると嫌な思い出が蘇り不安でたまらなくなる。


 そうシャルロッテが話せば、ジョシュアがゆっくりと抱き寄せてきた。

 彼の腕がシャルロッテを包む。優しく。それでも離すまいとしっかりと。


「大丈夫だ。もうあんな環境に戻ることはありえない。絶対にだ」

「ぜったいに?」

「あぁ、約束する。もしも残党が居てシャルロッテを連れ戻そうとしても、家族皆で、いや、この屋敷中でシャルロッテを守ってみせる」

「みんなで……」

「屋敷中全員でだ。まず向かっていくのは父上とグレイヴだろうな」


 騎士隊長として勤めるテオドールと、年齢により見習いではあるが騎士として日々訓練に励むグレイヴ。

 仮にブルーローゼス家に万が一のことが起これば、それもシャルロッテに危害が及ぶ事態となれば、彼等はすぐに剣を取るだろう。警備よりも先に飛び出していく可能性がある。


「私もそれなりに鍛えているから役に立てるはずだ。母上は屋敷の者達に指示を出すだろう。ライアンは荒事には不向きだが、顔が広いから助けを求めれば貴族に限らず誰もが助けにくるはずだ。ハンクはどう動くかは分からないが、彼だって家族のために行動する」

「みんなロッティのために?」

「そうだ。これからもシャルロッテと生活していくためだ。だから安心すると良い」


 話すジョシュアの口調と声色は優しいが、絶対にシャルロッテを守り抜くという強い意志がある。

 その声と断言にシャルロッテはじっと彼を見つめ……、そして自らもぎゅうと抱き着いた。嬉しさと安堵感が湧き上がってくる。

 温かくて力強くて、なんて優しいのだろう。

「大丈夫だよ」という穏やかな声が頭上から聞こえてくる。まるで降り注いでくるかのようだ。

 不安や体の中に籠っていた気持ちの悪い熱がスゥと消えていき、それに代わって胸の内が柔らかな温かさで満たされていく。熱くはなく、優しく甘いふわふわとした温かさ。


 その心地良さを後押しするのが、背中を軽く叩いてくるジョシュアの手だ。

 トン、トン、トン、トン、とゆったりとした一定の速度はまるで心音のようで、シャルロッテの中に溶け込んでいく。


 溶け込んで、そして眠気を誘う。


 ジレンマを抱かせる眠気ではない。夢の中へと誘ってくれる眠気だ。


「……お兄様、ロッティ……、なんだか眠くて……」

「眠れそうかい? それなら眠ると良い」

「でも、そうしたら……、お兄様が……、ひとりぼっち……で……」

「気にしてくれるのか、優しい子だな。私も今なら眠れそうだから一緒に寝よう」


 ジョシュアの声は落ち着いており、よりシャルロッテの眠気を誘う。

 彼も眠れるなら良かった。そう考えてシャルロッテは「おやすみなさい」と告げて――正確には眠すぎて言葉にならず、むにゃむにゃと不思議な音を発しただけだが――、殆ど閉じていた目を瞑った。




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ふわふわり おやすみー
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