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本日も愛され日和〜不遇の幼女、今日から愛され公爵令嬢はじめます〜  作者: さき
第一章

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18/47

18:大好きな家族にだけする特別な悪戯

 


 開催されたトレルフォン家のパーティーは、シャルロッテにとって眩しさと楽しさが詰め込まれた豪華なものだった。


 トレルフォン家の屋敷を歩き、大人達が待っている部屋を回る。屋内だけではなく庭にも大人が待っていて、時には合言葉だけではなくクイズやパズルを出されることもあった。

 招待客の大人達は誰もが優しく、「トリック、オアトット」と間違えてしまうシャルロッテにもお菓子をくれた。

 どれも美味しそうなお菓子だ。そのお菓子を入れるバスケットも可愛いカボチャの形をしており、この日のために用意していたものだという。


「シャルロッテさんは黒猫の魔女の装いですのね」

「はい。お母様といっしょに決めました。ロッティが怖いのはきらいって言ったら、お化けじゃなくてもお菓子がもらえるからって。クラリスさんは……」

「シュークリームの妖精ですのよ。去年はホットケーキの妖精でしたの」


 得意げにクラリスが胸を張る。

 美味しいものが大好きなクラリスは自身を美味しいものに見立てている。大きく膨らんだスカートは柔らかなシューを表現し、クリーム色のレースがあしらわれたシャツはクリームを。そして黄金の髪にはシューとたっぷり乗った生クリームとフルーツを模した帽子を被っている。

 ふっくらもっちりとした彼女の見た目と合わさり、なんて美味しそうなのだろうか。それでいてお洒落さも忘れていない。

 マリアンネとフランソワもそれぞれ仮装をしており、彼女達だけではなく、すれちがう同年代の少年少女のグループも皆仮装をしている。


 今日のパーティーは開催場所こそトレルフォン家の屋敷だが、実際には十を超える家が合同で開催している。

 どの家も幼い子息令嬢がおり、そしてどの家も歴史ある貴族の家だ。親も子もシャルロッテの事情について言及することなく、挨拶をすれば穏やかに返してくれた。

 だがどれほど彼等が優しくとも、シャルロッテは緊張してしまいうまく言葉が出ずにいた。お菓子の入ったカボチャのバケツを抱きしめて「あ、あの、ロッティは、その……」と言い淀んでしまう。挨拶しなくてはと焦れば焦るほど言葉が出ず、それがまた焦りを誘うのだ。


 だがそのたびにクラリスが「ブルーローゼス家のシャルロッテさんですのよ」と促してくれていた。

 今もまさに。彼女に促されてシャルロッテは初めて会う夫人に挨拶し、合言葉と共に美味しそうなお菓子を貰えた。


「ロッティ、ごあいさつがうまくできなくて……、クラリスさんありがとうございます」

「あら、良いんですのよ。これぐらい貴族の令嬢なら当然ですもの。それに、自分の家のパーティーをよりよくするのは令嬢の嗜みですの」

「令嬢のたしなみ……。ロッティも、ブルーローゼス家でパーティーするときはがんばります!」

「楽しみにしていますわ」


 クラリスがコロコロもちもちと笑う。二人の令嬢マリアンネとフランソワも「楽しみですわ」「待ち遠しいですわ」と賛同している。

 堂々としたクラリスの態度、それでいてシャルロッテが挨拶しやすいように促してくれる優しさ。同年代はもちろん年上年下とも臆することなく接する優雅さ。なんて立派なのだろうか。

 シャルロッテの視界で、シュークリームの妖精はずっとキラキラと輝いて見えていた。



 ◆◆◆



「それで、それで、お菓子もいっぱいで、たくさんひとがいて。みんなお菓子をくれたんです。トリット・オア・トット、って言って。パズルもあって、ロッティ、パズルはできなかったけど、クラリスさん達が教えてくれて」


 興奮しながらシャルロッテが話すのは、夕食後のひととき。

 食事中こそ興奮しまいと我慢していたシャルロッテもデザートと紅茶の時間になると堪えきれなくなり、今日あったことをあれこれと話していた。

 初めてのパーティー。それも仮装をしてお菓子を貰うという特殊な内容。初めて会うひとばかりで、だけどみんな優しくて……。

 話の最中にもまた新しいことを話したくなり、興奮がおさまらない。



 そんなシャルロッテを家族はみな微笑ましいと目を細めて見守っていた。

 必死に言葉を紡いで伝えようとする彼女のなんと愛おしいことか。そして同時に、今日のパーティーが良い経験になったと安堵もしていた。

 トレルフォン家で開催されたパーティーは豪華ではあるが、正式なパーティーというわけではない。来たのは殆どが夫人と幼い子息令嬢のみ。パーティーというよりは子供の遊び場を作ったに過ぎない。

 だがそれでも、むしろそれこそがシャルロッテには良かったのだろう。瞳を輝かせて楽しかったと話すシャルロッテに愛おしさを増していく。


 そんな中、デザートのケーキを食べ終えたシャルロッテが椅子からひょいと降りた。


「あのね、まだお部屋にもどらないでください。ロッティね、ちょっと……、ちょっと、その……」


 上手く言葉にできずもじもじと体を揺らしていると、察したフレデリカが立ちあがり、宥めるようにシャルロッテの頭を撫でてきた。

「まだみんなお茶をしているから大丈夫よ」という彼女の言葉にほっと安堵し、手を繋いで部屋を出る。

 去り際にひょこと扉から顔を覗かせて「待っててくださいね」と念を押せば、みんな穏やかに笑って頷いてくれた。



 ◆◆◆



「着替えに行ったんだよね? 楽しみだなぁ」


 とは、シャルロッテが去っていった扉を見つめるライアン。

 彼の言葉に兄弟と、そして父テオドールまでもが頷いて同意を示す。


 今日のハロウィンパーティーで、シャルロッテは黒猫の魔女の格好をしたという。

 その話は聞いていたが、テオドールも兄達も一人として仮装したシャルロッテを見ていない。唯一見たのが共にパーティーに行ったフレデリカだけだ。

 テオドールとジョシュアは公爵家の仕事が有り、グレイヴも騎士隊に行かなければならなかった。ライアンも予定があり朝から不在。――その流れでなぜかハンクまでフレデリカから「抜け駆けは駄目よ」とお達しが届いて見ることを許されなかった――


『安心して、夕飯の後にシャルロッテが着替えてくれるわ。ちゃんとお菓子を用意しておいてね』


 とは、夕食前にこそりと告げられた楽しそうなフレデリカの言葉。もちろんハンクの部屋にも『黒猫の魔女が訪問するからお菓子を用意しておくように』とメッセージカードを届けている。

 この言葉にテオドールを始め兄達も期待を抱き、各々シャルロッテに渡すためのお菓子を用意しておいたのだ。


 そうしてしばらく待つと、扉がノックされた。



 ◆◆◆



 シャルロッテが仮装に選んだのは『黒猫の魔女』。

 黒とオレンジ色を基調としたワンピース。スカート部分はカボチャのように膨らんでおり、裾にはレースがついている。胸元にはオレンジ色の大きなリボン。

 魔女の帽子には黒猫の耳をつけた。それにスカートからは黒い尻尾。猫耳と尻尾は目立つようにとキラキラと輝く布を使っている。

 お化けの格好は怖くて嫌だとシャルロッテが話したところ、フレデリカがこの格好を提案して用意してくれたのだ。


 そんな普段とは違う装いと、そしてハロウィンパーティーで貰ったカボチャのバスケットを持ち、再び夕食の場へと戻っていった。


「トリット・アオ・トット!」


 部屋に入るなり合言葉を告げれば、テオドール達が一瞬静かになり……、


「可愛いな」

「可愛い」

「黒猫魔女さん似合ってるね、すごく可愛いよ」

「仮装って言うのはこんなに可愛いのか」


 と、口々に可愛いを繰り返している。絶賛どころではない、大絶賛である。

 褒め言葉が止まず、シャルロッテは思わずもじもじと体を揺らした。その動きに合わせて尻尾が揺れて、それもまた可愛いと褒められる。

 パーティーの最中にも何度も大人達から褒めてもらったが、やはり家族からの褒め言葉はなにより嬉しい。


「まずはお父様とお母様です」


 溢れんばかりの褒め言葉に照れつつ、まずは両親を呼ぶ。

 何をするのか既に分かっているのだろうテオドールもフレデリカも嬉しそうに微笑み、シャルロッテの前に立った。


「お父様、お母様、トリック・オア・トリトット!」


 シャルロッテが元気いっぱいに合言葉を告げれば、両親は笑みを強め……、

 だが笑みを強めるだけでお菓子を渡してこない。手に持っているのに。

 あれ? とシャルロッテは首を傾げてしまった。もう一度「トリック・オア・トリトット」と伝えてみる。だがこれにも両親は微笑むだけだ。


「お菓子をくれないと、ロッティ、いたずらしないといけないです……」

「あぁ、そうだったな。可愛い娘の悪戯だ。なんだって受け入れよう」

「お母様とお父様に悪戯を見せてちょうだい」


 両親の言葉はまるで悪戯を期待しているかのようではないか。

 これがまさにクラリスが言っていた『わざと悪戯をさせようとする』という事なのだろう。

 シャルロッテはふむと考え込み、両親にしゃがんでもらうように伝えた。


「しゃがむ? しゃがめばいいのか」

「いったい何をしてくれるのかしら」


 待ち遠しいと言わんばかりのテオドールとフレデリカに、シャルロッテはそっと体を寄せ……、


 そしてムニュ、ムニュ、と、二人の頬に自分の唇を押し付けた。


 テオドールとフレデリカが揃えて目を丸くさせる。

 そんな二人の反応に、パッと離れたシャルロッテはしてやったりと笑った。無意識に笑んでしまう自分の口元を隠すように手で覆うが、ふふ、と声が漏れてしまう。


「クラリスさんが『大好きな家族には、悪戯で頬にキスしますの』っておしえてくれたんです。ロッティ、お父様もお母様も大好きだから、いたずらしました」


 得意げにシャルロッテが話す。

 悪戯は大成功だ。現にテオドールとフレデリカはしばし言葉を失い、だが次の瞬間には優しくシャルロッテを抱きしめて手にしていたお菓子をくれた。


「娘の悪戯とはなんて可愛いんだろう。毎日がハロウィンでも良いぐらいだ」

「素敵な悪戯をありがとう、シャルロッテ。いえ、素敵な黒猫の魔女さん」


 嬉しそうな両親の言葉に、シャルロッテもまた微笑んで返した。




 そんなやりとりを眺めていたのは三人の兄達。

『シャルロッテは家族にだけ特別な悪戯をする予定』というのは事前にフレデリカに聞かされていた。それを聞き、フレデリカとテオドールが試してみる……と。

 対して自分達はシャルロッテが合言葉を言えば素直にお菓子を渡す予定だった。誰もが悪戯を選んだら優しく良い子のシャルロッテが困ってしまうだろうと考えたのだ。


 だけど実際のシャルロッテの悪戯は『頬へのキス』という、悪戯とは到底思えないものだった。

 それも「大好きな家族に」という嬉しい条件付き。


 これは……、と三人は一度顔を見合わせた。

 その瞬間、シャルロッテが「次はジョシュアお兄様と、ライアンお兄様と、グレイヴお兄様!」と兄達を呼ぶ。もちろん、『トリック・オア・トリート』と伝えて――シャルロッテなりの言葉で伝えて――お菓子を貰うためだ。


 だけどお菓子を渡さなければ……。


 三人の兄達がシャルロッテに応えて彼女のもとへと向かう。

 手にしていたお菓子をそれとなく背中に隠しながら……。



 兄達の分かりやすさにテオドールが笑みを浮かべ、フレデリカもハンクに『悪戯は必見。すぐにはお菓子を渡さないこと』とメッセージカードを書きながら上機嫌に笑った。





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― 新着の感想 ―
↓ かぞくのみげんてい、驚いてもらうのが目的って感じのトリックなんじゃないかな リアル西欧でも普段はチークですしおすし
これがいたずらになると言う事は、この世界(この国)はあいさつでキスしない文化なのかな?
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