13:新米公爵令嬢のはじめてのお友達
シャルロッテがブルーローゼス家に来てから一月が経とうとしていた。
優しい家族と優しい屋敷の者達。穏やかな生活。なにもかもが温かくて眩しく、平穏そのもの。
……なのだが、その日だけは、シャルロッテは朝からずっと緊張していた。
そわそわと落ち着かず朝食も喉を通らない。フレデリカやメイド達に応援されながらようやくパンとスープを完食したほどだ。
逸る気持ちをどうして良いのか分からず屋敷中をあっちこっち歩き、窓から外を見て、庭に出て、また戻って、屋敷の中を歩いて……と繰り返す。
おかげで昼食後のお昼寝は普段以上にぐっすりと眠ってしまった。もちろん、起きたらまたそわそわしっぱなしである。
なぜそこまで緊張しているのか。
それは、今日初めて同年代の令嬢達と会うからだ。
「ブルーローゼス家の者以外に会わせるのはまだ早くはないでしょうか」
とは、そわそわと落ち着きなく体を揺らすシャルロッテを案じたジョシュア。
これに対してフレデリカは優雅に扇子で己を扇ぎながら「大丈夫よ」と返した。
「今日来るのは三人だけよ。普段から親しくしている家との小規模なお茶会、案じるようなものじゃないわ。それに同年代と接するのはシャルロッテのためになるはずよ」
「そうですか。母上がそう仰るのなら……」
心配だが母の判断に任せる。そうジョシュアが結論付けて引いた。軽く頭を下げることで異論はないと示すが、その姿はまるで重要な議会のようではないか。真面目な彼らしい。
そんなジョシュアに次いでフレデリカを呼んだのはライアンだ。真面目なジョシュアに対してこちらは「ねぇねぇ」と軽い話し出し。
落ち着きなく椅子に立ったり座ったりを繰り返すシャルロッテを自分の所に呼び寄せ、クッキーを食べさせることで動きを止めさせつつフレデリカに問う。
「今日来るのはトレルフォン侯爵家のクラリス嬢達だよね。彼女、ちょっと気が強いけどそれを含めて貴族の令嬢らしさは人一倍だから、シャルロッテの良い見本になってくれるかもね」
「さすがライアン、よく分かってるわね。それにクラリスさんは同年代の令嬢達の中で特に顔が広いの、親しくなればきっと他の令嬢達への橋渡しになってくれるわ」
扇子で優雅に己を扇ぎ、ついでに房でシャルロッテの鼻を擽り、フレデリカが優雅に微笑む。
そうして最後に彼女を呼んだのはグレイヴだ。クッキーを食べ終えてそわそわと歩き出すシャルロッテを、転ぶんじゃないかと追いかけながらフレデリカに問う。
「シャルロッテを娘として迎えたことは公表していますが、出自についてはまだ正式に公表はしていません。もしも興味本位で聞き出そうとする者が居たら……。辛い記憶を思い出させることにはなりませんか」
「それも安心なさい。今日お呼びした方々は良くも悪くもまさに社交界に生きる家の者よ。娘も幼いとはいえ親をきちんと見て育っている。いくら興味を抱いていようがブルーローゼス家を敵に回すようなことはしないわ。それに今回の件は両陛下の後ろ盾もあるのよ」
国一番の公爵家、その後ろには両陛下。
この最強過ぎる布陣を前にして己の好奇心を優先する者はそういないだろう。まさに貴族といった思考の家ならば尚更だ。
現に、今日呼ぶ家を始め社交界の貴族達は薄々シャルロッテの事情を察しつつ、どの家も言及することなく皆が『ご令嬢が落ち着いたらぜひご挨拶を』と軽く済ませている。
そういった周囲の反応も踏まえて今日の茶会だというフレデリカの話に、グレイヴが納得して頷いた。
そんな家族達のやりとりを、シャルロッテはそわそわとしながら聞いていた。
本当は落ち着きのなさから歩き回りたいところだが、今はグレイヴに後ろから押さえられているため叶わない。せめてと抱きしめていた猫のぬいぐるみを撫でたりして気を紛らわせていた。ぎゅっと抱きしめ、お腹を揉んで、尻尾を揺らして、もう一度抱きしめて……。
「凄い落ち着きのなさだな……。そういえば、今日はいつもの人形じゃないんだな」
グレイヴに問われ、シャルロッテは後ろに立つ彼を一度見上げ、次いで腕の中のぬいぐるみに視線を落とした。
可愛らしい猫のぬいぐるみ。ブルーローゼス家に来て数日後にフレデリカが買ってきてくれた子だ。青い瞳がシャルロッテとお揃いである。
対してグレイヴが言った『いつもの人形』とはロミーの事だろう。
「ロミーはね、ハンクお兄様のおへやにいます」
「ハンク兄さんの部屋?」
「ハンクお兄様のおへや、お人形がいっぱいでキラキラしてました。それでね、ロッティがロミーを治してっておねがいしたら、いいよって」
「人形があるうえに直せるのか? そんな事が出来るなんて知らなかったな」
実兄の事ながら初耳だとグレイヴが意外そうに話す。今までハンクが人形を持っていることも、直せることも知らなかった。それどころか、ハンクの部屋には一度も入ったことが無いというではないか。
そんな彼にハンクの部屋がいかにキラキラして素敵だったかを語るべく、シャルロッテは「あのね!」と意気込んで話を再開した。
「あら良かった、シャルロッテも少し落ち着いたみたいね。今度は興奮して話してるけど、落ち着きなく歩きまわるよりは良いわね」
「ずっと動いていたので茶会の最中に疲れて寝てしまうのではと心配していましたが、あれなら大丈夫そうですね」
「グレイヴって意外と面倒見が良いんだね。騎士隊ではまだ最年少だけど、あれならいずれ良い先輩になるかも」
以前までの末子グレイヴと新たに迎えた末子シャルロッテ。
二人のやりとりを、フレデリカ達は微笑ましく見守っていた。
◆◆◆
ブルーローゼス家の庭の一角でついに茶会が始まった。
訪れたのは侯爵家・伯爵家・子爵家の夫人と娘。どの家も歴史ある由緒正しき貴族である。
優雅な装いに身を包む夫人と、夫人に連れられて歩く娘達。
シャルロッテはフレデリカの後ろに身を半分隠しつつ、来客達を眺め……、
現れた一人の少女に、そのふくよかな全身から漂う健康体のオーラに、もっちりとした頬とツヤツヤした肌、輝かんばかりの金色の髪が大胆に紡ぐ豪華な縦ロールに、
思わず気圧され「はわわ……」と感動の声を漏らしてしまった。
なにせ圧が凄い。堂々とした態度とふくよかさ、揺れる縦ロール、豪華なドレス、それらが彼女を一回りも二回りも大きく感じさせる。
なにより圧を漂わせるのが堂々とした態度。格上の公爵家を訪れているというのに、彼女の歩みに緊張や臆する色は無い。かといって不遜な態度というわけでもなく、母と共にフレデリカの前に着くと優雅に頭を下げた。
その動きも含め、全身から貴族の令嬢としてのオーラが漂っている。
シャルロッテの視界がチカチカと瞬いた気がする。
なんて『お嬢様』なのだろうか。彼女のすべてが『お嬢様』だと訴えている。
「フレデリカ様、本日はおまねきいただきありがとうございます」
「ごきげんよう、クラリスさん。今日はお菓子もいっぱい用意したの、ぜひ楽しんでいってちょうだい」
「はい!」
フレデリカの歓迎の言葉に、クラリスが弾んだ声で返した。
溌剌とした声もまた健康優良児そのものである。なんて眩しいのか。
そうして茶会が始まる。
最初は親と娘交えて席に着いて話をしていたが、一度庭園を見てまわるために席を立ったのを機にテーブルを分けた。
親達のテーブルと、少し離れた場所に娘達のテーブル。もちろん親の目の届く距離である。
「シャルロッテ様はカリカリですのね」
とは、クッキーをサクサクと食べていたクラリスの言葉。
この言葉に、同席している二人の令嬢マリアンネとフランソワも「カリカリですわね」「ですわね」と続く。
「カリカリ……、ロッティはカリカリですか?」
「えぇ、カリカリですの。やせ細ってますわ」
じっとクラリスが見つめてくる。真剣な目つきだ。
シャルロッテは臆してしまい身を縮こまらせた。本来ならば侯爵家令嬢クラリスより公爵家令嬢シャルロッテの方が立場が上で臆する必要など無いのだが、紆余曲折あって公爵令嬢になったばかりのシャルロッテに分かるわけがない。
だがクラリスの言う通り、確かにシャルロッテは細い。ふっくらとしているクラリスはもちろん、マリアンネとフランソワと比べても痩せているのが一目で分かる。
だがそれは碌に食事を摂れていなかったから当然と言えば当然。十分な食事を与えられるようになった今だって、同年代の子供の半分程度でお腹いっぱいになってしまう。「もう少し食べましょう」「あと一口食べましょう」と励まされての食事だ。健康とは言い難い。
それを気にしてシャルロッテは俯き、しょんぼりと「カリカリ」と呟いた。
「まぁ」とあがった声は、そんなやりとりを見守っていたクラリスの母。トレルフォン夫人のもの。
娘が公爵令嬢に失礼な態度を取ったと慌てて止めに入ろうとするも、それをフレデリカが「大丈夫よ」と制した。
そうして親達が見守る中、カリカリでやせ細っていると言われたシャルロッテは俯き、クラリスがそれをじっと見つめ……。
「シャルロッテ様がカリカリでは、わたくしの『令嬢もっちり計画』がうまくいきませんわ」
と、真剣な声色で告げてきた。




