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本日も愛され日和〜不遇の幼女、今日から愛され公爵令嬢はじめます〜  作者: さき
第一章

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11:ブルーローゼス家の変化と変わらぬ部屋

 


 シャルロッテがブルーローゼス家に来たからといって、何かが大きく変わったわけではない。

 なにせ大陸一の公爵家、娘が一人増えた程度で揺らぐわけがないのだ。

 当主テオドールは家業と騎士業に務め、妻フレデリカはそれを支えて社交界での交流を担う。四人の息子達は各々の役目やしたい事をこなす。


 家族であっても交流は僅かで、自分以外の家族がどう過ごしているのかをメイドや給仕伝いに知るのが常。

 一つ屋根の下に生活しているとはいえ、別々の考えと生活を持っているのだ。無理に合わせず過ごすのが当然である。


 ……そう誰もが考えていたのだが、最近少しずつ変化を見せていた。




「ジョシュア兄さん、これ、騎士隊で貰ったんだけど」


 紙袋を片手に長兄ジョシュアに声を掛けたのは、四男グレイヴ。

 紙袋には美しい文字で店名が記され、その横には菓子の絵。一目で菓子屋の、それも洒落た菓子屋の紙袋と分かる。


「聞いたことのない店だな」

「北の方で流行ってる店らしくて、帰郷から戻ってきた先輩が一箱くれたんだ。俺も甘いものは嫌いじゃないけど、そこまで食べるわけじゃないから、兄さんもどうかと思って」

「良いのか? それならせっかくだしお茶でも用意しよう。ちょうど騎士隊の警邏について聞きたかったんだ」


 そう話しながら二人が歩き出す。向かうはジョシュアの執務室。

 たまたま居合わせた二人のメイドがお茶の手配を頼まれ、恭しく頭を下げて彼等を見送った。


「ジョシュア様とグレイヴ様がお茶……、今までこんな事あった?」

「私、ここに勤めてから一度も見ていないわ。あ、でも他の子が」


 言いかけ、メイドが言葉を切った。客室の扉が開いたからだ。

 中から出てきたのはフレデリカとお抱えの仕立屋、それとブルーローゼス家次男ライアン。楽しそうに話す彼女達にメイドがまたも頭を下げる。


「付き合ってくれてありがとう、ライアン。貴方の意見とても参考になったわ」

「私共も勉強になりました」

「僕の方こそ楽しかったよ。女性の服や流行は気になるけど、男の僕が調べるのはちょっと難しいからね」


 楽し気に話しつつ三人が屋敷の出口へと向かっていく。

 どうやらフレデリカの服を決めていたようで、話を聞くにライアンに同席を頼んだようだ。良かった良かったと皆が口にし満足そうにしているあたり、実のある話し合いになったのだろう。

 彼等の姿にメイドがまたも意外だと話し合う。だが思い返せば、以前にもこんな光景を見たような……。


「そういえば、旦那様のお召し物を決める時にもライアン様がいらっしゃったわね」

「私が見た時はシャルロッテ様の新しい服を披露するときよ。ライアン様とジョシュア様が同席されていたんですって」

「その後にシャルロッテ様がグレイヴ様にも見せに行ったのよね。ジョシュア様も同行していたって聞いたわ」


 意外に感じたが、思い返せば最近は似たような光景を何度か見ている。


 この変化は……、


「良い事だわ!」


 一人が断言すれば、もう一人もうんうんと深く頷いた。


「ただでさえブルーローゼス家は素晴らしいのに、さらに家族仲が強まるなんてこれ以上のことはないわ! ブルーローゼス家万歳!」

「ご兄弟で接する姿がなんて麗しいのかしら。皆様お一人でも麗しいのに、それが一緒に……、眼福だわ。働く意欲が更に湧く!」


 二人のメイドがブルーローゼス家の未来と、そして美貌に昂る。

 だけど……、


「ハンク様が同席されているのは見た事ある?」

「ハンク様は無いわね。部屋から出ている姿も最近は見かけてないわ」


 他の兄弟が変われども、ブルーローゼス家三男ハンクは部屋にこもりっきりで滅多に出てこない。

 といっても生活に支障が出たり衛生面に問題を出すほどではない。必要な時はきちんと部屋から出ている。だが部屋から出る時は基本的に夜中。

 食事は自室に運ばせており、その自室も日中といえどもカーテンを閉め切り明かりを消して暗くしている。暗がりからヌゥと現れるハンクは陰鬱とした空気が漂っており、長い前髪で目元を隠しているからか言い得ぬ迫力がある。


 彼の姿に臆して、メイド達は部屋の入り口にティートロリーを置いてすぐさま去るようにしているほどだ。


「さすがにハンク様は出てこないのね。いったい毎日お部屋で何をしているのかしら」

「たまに独り言が聞こえるのよね……。恐ろしい方じゃないのは分かるけど、やっぱりちょっと……」


 近寄りがたい。だがさすがに明確に言うのは失礼だと考えて言葉を濁す。

 そんなやりとりをしつつ、メイド達は仕事に戻るべく通路を歩いていった。



 ◆◆◆



 それから数日後。

 屋敷の中を歩いていたシャルロッテは、一人のメイドがティートロリーを押しているのを見つけた。

 ちょこちょこと足早に近付く。気付いたメイドは穏やかに挨拶し、ハンクのもとへ紅茶を運んでいるのだと教えてくれた。


「ロッティも行っていいですか?」

「えぇ、もちろんです。一緒にハンク様にお届けしましょう」


 そうして二人でハンクのもとへと向かう。

 メイドが数度ノックし、ゆっくりと扉を開けた。室内は暗くシンと静まり返っている。

 曰く、他の部屋は返事を待つが、ハンクの部屋のみノックをすれば扉を開けても良いのだという。本来ならば許されない行為だが、他でもないハンク自らが『ノックしたら勝手に開けて中に置いておいて』と言ってきたらしい。


「ハンク様、お茶をお持ちしました」


 メイドが声をかけても返事はない。

 メイド本人も返事を待つ様子はなく、慣れた手つきで扉の横にティートロリーを置いて一礼した。


「では失礼いたします。……シャルロッテ様?」


 メイドが退室しようとする。だがシャルロッテは彼女には続かず、部屋の中にそろりと入って様子を窺っていた。

 室内は暗いが、さすがにカーテン越しに差し込む光があって真っ暗闇というわけではない。目を凝らせば周囲の様子が見えてくる。

 だがどれだけ目を凝らしても室内には部屋の主であるハンクの姿はない。それに家具も殆ど無く、あるのは小さな棚が幾つか。

 他の兄達の執務室とは違い机や本棚も無く、寝室のようなベッドも無い。ただガランとした空間が広がっているだけだ。


「……お兄様どこ?」

「ハンク様はお隣のお部屋にいらっしゃいますよ」

「おとなり?」


 メイドに促されて一角を見れば隣室へと続く扉がある。この部屋は他の部屋と違い、室内からでも隣と行き来できるのだという。

 どうやらそちらがメインの部屋らしい。飾りもなにもない扉。部屋の暗さと合わさって妙な雰囲気がある。

 だけどそこにハンクがいる。そう考え、シャルロッテは手にしていた人形をぎゅうと抱きしめた。


「お兄様にごあいさつしてきます」

「そうですか。でしたら、私はここで失礼いたします。ティーカップは余分に用意しておりますので、もしご一緒にお茶をされるのでしたらお使いください」


 では、とメイドが部屋を出ていく。

 それを見届け、シャルロッテはさっそくと隣室へと続く扉へと向かった。

 コンコンコンと数度ノックをする。だがこれにも返事はない。ならばとドアノブを掴みゆっくりと扉を開けた。


 中は同じように暗い。むしろ地厚のカーテンを使っているからか今いる部屋よりも暗い。

 だが部屋の奥にある机には明かりを置いているようで、そこを中心に薄ぼんやりと周囲が照らされていた。

 こちらに背を向けて座っているのは部屋の主であるハンク。シャルロッテには気付いておらず、机に向かいブツブツと何か呟いている。


 そんな彼を囲むのは、両手の数を優に超える人形…………。


 青い髪の切れ長の少女、紫髪の愛らしい少女。赤い髪の少年。動物を模したものもある。

 多種多様な人形はどれも等しく美しく、そしてハンクを囲むように飾られている。


「おにんぎょうがいっぱい……」


 シャルロッテが圧倒されて呟けば、机に向かっていたハンクがバッと勢いよくこちらを振り向いた。

 目を見開いて驚愕を露わにしている。


 ……そう、目を。隠さずに。


 普段は長い前髪が彼の目を隠しているが、今その前髪はピンで留められている。

 そのため彼の切れ長の目元も、美しい紺色の瞳も、なにも隠されずにシャルロッテを捉えていた。


「シャルロッテ……、なんでここに」


 目を丸くさせた驚愕の表情、疑問の色が込められた声。

 だが次の瞬間、ハンクははっと息を呑むとすぐさま前髪を留めるピンを取ってしまった。長い前髪が落ちて彼の目を隠す。


「ど、どうして僕の部屋に?」

「お兄様にごあいさつしたくてお部屋にきました。そうしたらお人形がいっぱいで……」


 周囲を見渡しつつ、シャルロッテは部屋の中へと進んだ。

 完成した人形の他にも、この部屋には人形の洋服や靴、それに細かな道具が所狭しと並んでいる。


 あれも気になるがこれも気になる。

 もちろん一瞬だけ見えたハンクの目元も気になる。


 気になるものが多すぎてシャルロッテはきょろきょろと忙しなく周囲を見回し、ようやくハンクの元へと着いた。

 さっそくと口を開けば、話したいことが次から次へと湧きがあがってくる。


「さっきね、ハンクお兄様の目が見えてね、お母様とライアンお兄様とおなじきれいな色でね。それでハンクお兄様のお部屋はお人形がいっぱいで、ロッティ、こんなにお人形見たことないです」

「えっと……、落ち着いて」

「あ、あと、お茶が。お茶がお部屋の外にあって、ロッティも飲んでいいって。それで、さっきのお部屋にいたんだけど、ハンクお兄様がいなくて、ハンクお兄様どこ?って聞いたら、このお部屋にいるっておしえてくれて。だから来たら、お人形がいっぱいで、ハンクお兄様の目が見えて」

「シャルロッテ、焦らなくて良いから」


 話したいことが次から次へと溢れだし、どこから話せば良いのか分からない。話している内にまた別の話したいことが湧き上がる。

 逸る気持ちに翻弄されながらシャルロッテが話せば、ハンクが落ち着くように宥めてきた。そっと肩に手を置いて「ゆっくりでもちゃんと聞くよ」と優しく促してくれる。普段通りの小さな声だが、その声は低く優しく耳に届く。

 興奮気味に話していたシャルロッテも彼の声に諭されて落ち着きを取り戻し、ほぅと深く息を吐いた。


 まだドキドキする胸元をぎゅっと押さえる。

 己を落ち着かせるために大きく息を吸って吐いた。


「ハンクお兄様にお茶をもってきました。あっちのお部屋にお茶のガラガラがあります」

「そういえばお茶を頼んでたな。……お茶のガラガラはティートロリーのことかな」

「……こっちのお部屋ははいっちゃダメでしたか?」


 今更ながらに悪いことをしてしまったかもと不安が胸に湧き、ちらと上目遣いでハンクを見上げた。

 もっとも、彼はもとより長い前髪で顔を隠しているうえ、部屋の暗がりもあって表情は分からない。それが余計にシャルロッテの不安を増させた。もしかしたら直ぐに出て行った方が良いのだろうか。

 だがそんなシャルロッテに対して、ハンクはふっと軽く息を吐くとそっと頭に手を置いてきた。慣れないぎこちなさで、それでも優しく頭を撫でてくれる。


「駄目じゃないよ。……ただ、この部屋に来る人が他にいないからビックリしただけ」

「お兄様がいるのにだれもこないんですか?」

「そうだよ」

「お兄様がいるからロッティはきました」


 兄に会うため、兄に挨拶をするため。もし叶うなら一緒にお茶をしてお話をするため。そのために部屋を訪れたのだとシャルロッテが話す。

 それを聞いたハンクが再び頭を撫でてくれた。


「僕とお茶をしてもなにも楽しいことはないと思うけど……。そ、それでもいいなら、お茶にしようか。シャルロッテも、い、色々と聞きたいだろうし……」


 苦笑交じりのハンクの言葉。

 これに対して、シャルロッテは話が聞けると期待に瞳を輝かせ、「はい!」と元気よく返事をした。



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