10:公爵家の四兄弟
「ジョシュア様達ですか? そうですね、あまり親しくしているという風には見えませんね」
メイド長の話に、布団に入って頭だけ出していたシャルロッテはしょんぼりとしてしまった。
眠る直前。今夜はフレデリカが夜会に行ってしまっているため、寝かしつけの絵本読みはメイド長が担うことになった。
シャルロッテの面倒をいつも見てくれている一人だ。フレデリカよりも年上で、兄達の幼少時には乳母として彼等の世話をしていたという。自身も子供を三人ほど育て切った、いわば子育てのプロ。
そんな彼女に兄達の関係について質問したところ、先程の返答である。
しょんぼりとしたシャルロッテに気付いて、メイド長が慌てて「大丈夫ですよ」と宥めてきた。
「ジョシュア様達は仲が悪いわけではありません。お互いを尊重し合っているのは私共が見ても分かります」
「でも……」
「皆様とても素晴らしい方です。ただ性格が違うので一緒に過ごす機会が無いんです。ブルーローゼス家の四兄弟と言えば社交界どころか国外でも有名ですからね」
「ゆうめい?」
「あれだけ性格の違う御兄弟ですと皆気になるんですよ。それに四人全員が魅力のある方ですからね。……これはご本人達や旦那様達には内緒ですよ?」
秘密にしてください、と念を押して、メイド長が人差指でシャルロッテの唇をふにふにと押してきた。
喋っては駄目というジェスチャーである。くすぐったさにシャルロッテも笑いつつ、自らも口を手で覆って喋らないことを約束した。
「長兄のジョシュア様はまさに貴族の嫡男というご立派な方です。品行方正、文武両道、ジョシュア様があとを継げばブルーローゼス家はより素晴らしい家になるでしょう。今年二十一歳になられましたが、同年代どころか一回り上のご子息と比べてもあの方ほど優れた方はおりません」
メイド長の褒め言葉を聞き、シャルロッテの頭の中にジョシュアの姿が浮かんだ。
優しく穏やかな兄。しなやかでありつつも鍛えられた身体つき。佇まいも立派だし振る舞いも優雅、性格も真面目である。見目もよくそれを引き立たせる金の髪、メイド長曰く、年若い令嬢達は彼のことを秘密裏に「青薔薇の王子様」と呼んでいるという。
シャルロッテが「すてきなお兄様」と話せばメイド長が同感だと頷いた。
次いでメイド長があげたのは次男ライアンの名前。
長兄ジョシュアより二つ年下、今年十九歳になるライアン。シャルロッテの頭の中にいたジョシュアが去って彼が現れる。ひらひらと手を振りながら。
「ライアン様は人徳のあるお方です。私共や市井の者にも親しく接してくださっています。ですが無駄に距離を詰めるのではなく、ご自身の立場をしっかりと踏まえた上での親しさです。その線引きがあるからこそ、私共も友情と共に敬意を示せるのです。羽目を外すような真似を決してしないあたり、さすがテオドール様とフレデリカ様の息子ですね」
メイド長が言う通り、ライアンは誰に対しても親しく接してくれる。
シャルロッテがブルーローゼス家に来てはじめて兄達に会った日、驚きも疑いもせず「こんなに可愛い妹が出来るなんて嬉しい」と受け入れてくれたのが彼だ。出会い頭に、否、出会う前から、彼はシャルロッテを好きでいてくれた。
その際に『ひとを嫌うライアンはライアンじゃない』とテオドールとフレデリカが話していたが、事実その通り、彼は誰しもに好意的で、誰しもが彼に好意を抱く。
シャルロッテが「たのしいお兄様」と話すと、これにもメイド長が同意を示す。
次にメイド長が挙げたのはハンク。
ジョシュアの二年後にライアンが生まれ、ハンクはそこから三年置いて生まれている。今年で十六歳。
「ハンク様は部屋から滅多に出ないので、若いメイド達はどう接して良いのか分からずにいるようですね。私も最近はお食事を運ぶ時に少し会話をする程度です。ですがけして恐ろしい方ではありませんし、むやみに他者を拒否する方でもありません。思慮深く、ご自分の世界をしっかりと持った方です」
さすが長く仕えているだけあり、メイド長はハンクを理解しているようだ。
確かに、ハンクは常に部屋に籠っていて何をしているのかも答えない。シャルロッテが聞いても「少しね」「特に面白いものじゃないよ」とはぐらかしてしまうのだ。
だがその口調や物腰に嫌悪の色は無い。他者と密に接するのが苦手なだけで、相手のことをきちんと考えてくれている。
「やさしいお兄様」とシャルロッテがハンクを語り、またもメイド長が頷いた。
そうして最後に彼女が語るのは四男のグレイヴだ。
「グレイヴ様はまだ十三歳という若さで騎士見習いとして働いているんです。ご立派ですよ。身長も高くてしっかりと鍛えていらっしゃって、もう立派な青年に見えますね。騎士隊の中でも評判が良いようで、テオドール様が誇らしげに話しています」
グレイヴはまだ十三歳で、少年と呼べる年齢である。
だがメイド長が言う通り彼は背が高く体格も良く、外見はライアン達に並んでも引けを取らない。本人の性格も騎士隊勤めゆえか真面目で厳格で、言動も随分と大人びている。
おかげで同年代の子息と並んでいてもまるで兄が弟達の世話をしているように見えてしまい、年相応に見られるのは極稀だという。
「かっこいいお兄様」というシャルロッテの言葉に、これにもメイド長が頷いた。
そうして四人の兄達を語り終え、メイド長がふぅと一息吐いた。
立派な子息に仕えていることへの充足感、それでいて育て上げた子息を誇るような愛も感じさせる吐息。
「皆様魅力に溢れたお方で、ご自分の考えや生活をしっかりと確立させて自立もしております。ですから過度に親しくしたりはしないんです。これはとてもご立派なことですよ」
「でも……、せっかく家族なのに」
「確かにシャルロッテ様からしたら寂しいかもしれませんね。でももしかしたら、シャルロッテ様が良いきっかけになるかもしれませんよ」
「ロッティが?」
どうして自分が? とシャルロッテが首を傾げる。
だがそれに対してメイド長は「もしかしたら、です」と具体的な話はせず、シャルロッテの額を軽く撫でてきた。
「これから時間はたっぷりあります。シャルロッテ様は皆様と仲良く楽しくお過ごしになれば良いんですよ」
囁くような声色でメイド長が告げ、目元を擽り、目を瞑るように促してくる。
その動きに従って目を瞑れば穏やかな声色で絵本の読み聞かせが始まり、シャルロッテはあっという間に眠りについてしまった。
◆◆◆
シャルロッテがメイド長に瞬く間に寝かしつけられている頃――子を寝かしつける速さ、さすが子育てのプロである――、ブルーローゼス家は日中のように稼働していた。
夜とはいえまだ遅くもない時間。とりわけ今夜はテオドールとフレデリカが夜会に出ているため、残された者達も夜の空気を纏わずにいた。
日中の仕事の残りを片付ける者、夜間の仕事の準備を始める者、更に夫妻の戻りを待つ者と入り混じり、存外に慌ただしい時間でもある。
そんなブルーローゼス家の屋敷の中、通路を歩いていたライアンがふと名前を呼ばれて足を止めた。
自分を呼び止めたのは兄のジョシュアだ。
「どうしたの、兄さん」
「呼び止めてすまない、頼みがあるんだ」
「頼み? 兄さんが僕に?」
珍しい、とライアンが心の中で呟いた。何でもできると思っていた兄が頼み事とは。
もっとも、意外に思えども断る理由はない。
「僕に出来る事なら構わないよ。でも、僕に出来て兄さんが出来ない事が想像つかないんだけど」
「……実は、三日後に服の仕立てを頼むんだが、同席してほしい」
「服を? 僕が同席?」
頼みごと自体が意外なうえにこの内容。これにはライアンも驚きを隠せずに目を丸くさせてジョシュアを見た。
対してジョシュアはバツの悪そうな表情を浮かべている。だが自分から頼みごとをした手前だんまりはいけないと考えたのか、「実は……」と歯痒そうに話しだした。
「父上に代わり国外のパーティーに呼ばれているんだ。外交というほど重要なものでもないが、出席者はそこそこ多いらしい。父上からは『同年代も多いから楽しむ程度の心持ちで行ってこい』と言われている」
「へぇ、楽しそうで良いね。でもなんでそのパーティーの服を僕が?」
「……格調高い服は選べるんだが、若者寄りというか、遊び心のある服が選べないんだ。パーティーや夜会の場でも、なんというか……、同年代よりも父上達の中に居たほうが服装が馴染んでいるというか……」
己のことながら話すのが不服なのか、ジョシュアの口調は珍しく渋い。内容が内容なだけにスラスラ喋れるわけがないのだ。
そんなジョシュアに、そして彼の話に、ライアンは数度目を瞬かせ……、
そして耐え切れずに声をあげて笑い出した。
「……笑わないでもらいたいんだが」
ジョシュアが眉間に皺を寄せ、彼らしからぬ低い声で咎める。
もっとも、その反応は余計にライアンの笑いを誘うだけなのだが。
「ご、ごめんよ兄さん……。で、でも、兄さんがそんなことを考えてたなんて思ってもなくてさ……」
「……弟が楽しんでくれたなら兄冥利に尽きる」
「そんなに怒らないで、笑って悪かったよ。お詫びに洋服考えるのは頑張るからさ。父上の代理なら格調高さは必要だけど、ちょっと遊び心を入れて、その国の流行を取り入れたら友好的に見えていいかもね」
さっそくと考えだすライアンに、怒りも静まり始めたジョシュアが「頼む」と告げる。
「お礼になにか買ってこよう。なにか……、洒落た服を。もちろん私が選ばず現地で誰かにガイドをしてもらうから安心してくれ」
「笑ったこと根に持ってる?」
まさか意外と根に持つタイプ?とライアンがジョシュアを見る。
もっとも、ジョシュアの表情には恨みがまし気な色も無ければ怒りの色もない。むしろ楽しげに「冗談だ」と笑って返してきた。
そうしてパーティーが開かれる国や流行りについて話しながら二人並んで歩きだした。




