第二章:罠を張るのは、こっちだ
王宮の舞踏会。
華やかなドレスが揺れる中、私は静かに会場の隅に立っていた。
「ローゼン公爵令嬢、リリエット様。ご無沙汰しております」
声をかけてきたのは、王太子フェルナンド。
黒髪に銀の瞳、冷徹な美貌。
小説では「氷の王太子」と呼ばれる人物。
前世では、彼に好かれようと必死になり、カトリンを陥れようとした。
だが、今世の私は違う。
「王太子殿下。お元気そうで何よりです」
私は微笑みながら、深々とお辞儀をした。
だが、その目は笑っていない。
「実は、先日、ある噂を耳にしました。平民の少女カトリン・ドラメールが、王太子殿下の寵愛を受けていると」
フェルナンドの眉がわずかに動いた。
「……それは、誤解です。彼女はただの召使いの娘。私が気にかけているのは、彼女の純粋さだけ」
「なるほど。では、彼女が城に出入りするのは、問題ないのですね?」
「問題? 何が?」
「いえ、何でもありません。ただ、最近、城の薬庫から毒薬が一つ、なくなっていませんか? と聞いただけです」
フェルナンドの瞳が鋭くなった。
「……毒薬が?」
「誰かが、カトリンさんを狙っているのかもしれません。あるいは──」
私は彼の耳元に口を寄せ、囁く。
「王太子殿下を、陥れようとしているのかもしれません」
フェルナンドは一瞬、息を呑んだ。
その夜、カトリンは城の門で警備に止められ、尋問を受ける。
彼女が持っていた小さな瓶には、確かに毒の成分が検出された。
だが、それは私が仕込んだ罠だ。
「私は彼女を陥れたいわけじゃない」
私は城の塔から、カトリンが泣きながら城を去る姿を見下ろす。
「私は、真実を暴きたい。この世界の、運命という名の不条理を」
そして、フェルナンドの心にも、疑いの種を植え付けた。