第一章:転生して気づいた。私は悪役だった
目が覚めたとき、私は白い天井を見上げていた。
「……ここは?」
声を出すと、喉がひりつくように乾いている。
記憶が断片的に戻ってきた。
私は、23歳のフリーライター、神楽坂 瑠璃。
原稿の締め切りに追われ、三日間ほとんど眠らずに執筆していた。
そして、ついに倒れたのだろう。
だが、目の前に広がる部屋は、現代の病院ではなかった。
天井は高く、シャンデリアがきらめき、壁には繊細なタペストリーが飾られている。
ベッドは四柱ベッドで、シーツは高級なリネン。
窓の外には、見知らぬ森と、空を舞う二つの月が浮かんでいた。
「まさか……」
頭に閃いたのは、ある小説のタイトル。
『王太子の初恋は、平民の少女』
私が死ぬ前に読み終えた、異世界恋愛小説。
主人公の平民少女カトリン・ドラメールが、冷酷な王太子フェルナンド・アルフォンソ・カスティーリャに恋をし、彼の心を少しずつ溶かしていく物語。
そして、その物語の最大の障害──
「……私は、悪役令嬢?」
その瞬間、もう一つの記憶が蘇った。
この世界の名前はセリエンヌ王国。
そして、私の前世の記憶と融合したこの魂は、公爵令嬢、リリエット・クラウディエ・ローゼンのものだった。
リリエットは、王太子フェルナンドに片思いし、平民のカトリンを妬んでいた。
彼女はカトリンを陥れ、毒を盛り、罠を仕掛け、最終的に「悪女」として城から追放され、処刑される──という運命。
「……冗談じゃない」
私は布団から起き上がり、鏡の前に立った。
鏡に映ったのは、金髪に青い瞳、整った美貌。
まさに、典型的な「悪役令嬢」のルックス。
だが、その瞳には、前世の冷静さと、今世の怒りが交錯していた。
「前世では、原稿に追われて死んだ。今世では、悪役として殺される? そんなの、絶対に許さない」
私は唇を結んだ。
「なら、逆襲してみせよう。悪役令嬢の逆襲は、甘くないんだよ」