第60話:ある少女との出会い、または再会
───コトコトコト
「もう……3日後には学院対抗戦か……。」
久しぶりに1人で過ごす夜、カップから立ち上る湯気を見つめながら、俺は静かに独り言をこぼした。
そんなことを考えている部屋の窓の外に広がる街の声は、一つ一つは小さな音だが、重なり合うことで夜の街を生き物のように感じさせる。
あの3週間で、ハルやリオナは目覚ましい成長を遂げた。セイハは最後の2週間をサラに任せっきりだったが、あの2人のことだ。きっと何かしらの成果を上げているだろう。
「セシリア……君は、一体どんな戦略でくるんだ……?」
返事はない。空に放たれた言葉は、静かに俺の耳の奥だけで反響し、心の奥にざわめきを残す。
ベッドに潜り込むと、ふかふかの布団の感触が体を包む。久しぶりに感じるこの独りの時間は、妙に心を落ち着かせ、同時に次への期待感を高める。静けさの中で高鳴る心拍と、胸の奥の小さな緊張感。これから始まる戦いへの準備が、体の芯まで染み渡るようだ。
◇◇◇
───翌日
今年は帝国の首都………帝都で学院対抗戦が開催される。
サラ、ラルト、ハル、セイハ、リオナとともに、俺らは街の中心部へ向かう。
「今回は帝国でよかったよな………。昨年は大陸の反対側まで移動したからな。」
学院対抗戦の開催地は毎年変わる。昨年は移動に数週間を要した。長旅の間、街の景色や文化の違いに触れるたび、心身の消耗も大きかった。
今年は移動距離も短く、仲間と共に落ち着いて準備できるのは大きな利点だ。
───コツコツコツ
足元で石畳を踏む音が響く。待ち合わせ場所に向かう間の通りは、行商人の馬の蹄が鳴らす音やお店の客込みの声で賑わっていた。そしてお店に入っていく冒険者、彼らもこの街の1部だ。
帝国は王国の街とは異なる、洗練されながらも活気のある都市。街全体が生きているようで、歩くだけでも心が弾む。
◇◇◇
───待ち合わせ場所
噴水のほとりに立つラルトの姿が目に入る。
「シューファさん〜こっちですよ〜!」
少し大きな声が、街のざわめきの中でもしっかり届いた。
周りを見渡すと、まだラルトしか来ていないようだ。朝日が差し込む噴水の水面が、キラキラと光を反射する。
「まだ皆来ていないのか。」
「あ、え、え〜っと……その……」
ラルトは視線を泳がせ、少し気まずそうに俯く。
「どうした?」
「いや……シューファさんにだけ連絡を間違えてしまいまして……皆さんが来るまであと2時間あります……」
「……え?」
朝7時集合、朝早いとは思ったが、伝達ミスとは。
別にラルトを責める訳ではないがあと2時間、どうやって過ごせばいいのか。
「まぁ、もう過ぎたことだし、適当に時間でも潰すか。」
ラルトは俯いたまま、まるで捨てられた子猫のように縮こまっている。
周りを見渡すと、近くに昔よくセシリアとラルトと3人で訪れた同じ系列のカフェが目に入った。
当時はラルトもセシリアもまだ子供で、ジュースとサンドウィッチを手に、楽しそうに笑っていた。
その頃の無邪気な笑顔を思い出すだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「懐かしい場所ですね。」
「そうだな。」
最後にみんなで行ったのは数年前だったが、ラルトも覚えていたらしく、俺は密かに嬉しさを抱いた。
───ガチャッ
木製の扉がキィィときしみ、開く音が店内に響く。外観は少し俺らが行っていた所とは異なったが、内装の落ち着いた雰囲気は昔行ったところとそっくりだった。
カウンター席へ向かうと、コーヒーの香りが柔らかく鼻をくすぐる。
▶▶▶
私はあるカフェで、懐かしい雰囲気に浸りながらコーヒーを口に運んでいた。
これからは少し忙しくなる………こういう休める時にゆっくり休んでおかなきゃね。
───ガチャッ
先程から何回かこのお店のドアを開いたり閉めたりという音が聞こえてきていたけれど、なぜか今回の音にだけは意識がそちらに向いた。
本能的にドアの方を向いてしまった時、このお店に入ってくる男性2人の顔が見える。
その瞬間、私は飲みかけのコーヒーを机に置いて、その2人の元へと駆け寄っていた………。
▶▶▶
俺らはマスターの手のむく方向のカウンター席に座る。その時、タッタッタッと小走りの音が聞こえてくる。最初は遠く、次第に近づき、その音が店内を駆け抜ける。
不意に心拍が少し早まる。悪い予感はしないが、なぜか鼓動は更に早くなる。
「……?」
「……?」
ラルトと視線を合わせ、互いに首を傾げる。音のする方向を探すと………。
その方を向くために首を少し捻った瞬間、大きな影が俺らを覆う。
その正体は………1人の“ある少女”だった。
少女は俊敏に近づき、力強く両腕で俺らを包み込む。
軽く抵抗してみようかと思ったが、その腕の中から伝わる力と熱量に、思わず体が硬直する。
少女の瞳は鋭く、しかしどこか強い意志に満ちていて、存在感だけで周囲の空気を押し変えていた。
「……誰だ?」
俺の問いかけに、少女は言葉を発しない。
ただ、ズズッと鼻をすする音だけが聞こえた。
カフェの温かい空気が消える程に俺らの周りだけ空気が一瞬で張り詰め、時間が止まったかのような錯覚を覚える。
その時、ラルトが小さな声でつぶやく。
「………シューファさん、あの子………何かただならぬ感じがします………。」
俺らは腕に首を掴まれているため顔は見えなかったが、その存在感は彼女が只者ではないことを比喩していた。
俺は頷き、少女の腕をそっと見つめる。
「………油断はできないな。」
心の中でそう感じた─────
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