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森の案内人

 早朝の爽やかな空気の中、ライヤの一行は、港とは反対側にある街の出口に(たたず)んでいた。

 今日は、いよいよ魔法研究者イサクの護衛として古代遺跡の探索へ出発する日だ。

 打ち合わせの際にイサクが言っていた通り、街を出ると広大な森が広がっている。


「やぁ、集まっているね。これから、よろしくな」


 依頼者であるイサクが、ライヤたちに手を振りながら歩いてきた。

 自分の荷物は自分で背負っているものの、その足取りは矍鑠(かくしゃく)としたものだ。

 ライヤは、彼が、もう一人の人物――明るい茶色の髪と目をした、素朴という言葉の似合いそうな三十路と思しき男を伴っているのに気付いた。

 狩猟用の長弓を(たずさ)え、荷物と一緒に矢筒を背負っている。腰には小ぶりな山刀を下げており、見た目だけで言えば狩人そのものである。


「その方は?」


 ライヤが問いかけると、イサクが狩人の男を紹介した。


「彼は、『案内人』のヒロだ。島の出身で、通訳も兼ねている。島の奥に行くと共通語(コモン)が通じない人が多くなるからな。それと、あちこちの集落に親類がいるお陰で、彼らの助けを得られるんだ」


「あなたたちが、イサク先生の新しい護衛ですね。案内人のヒロです。本業は狩人ですが、冒険者や観光客の方たちから依頼があった時は、島の中を案内しています。よろしくお願いします」


 ヒロは熟練の案内人らしく、慣れた様子で挨拶した。

 ライヤたちは銘々(めいめい)の自己紹介を済ませると、先頭に立ったヒロについて歩き出した。

 遠目には鬱蒼(うっそう)とした森が広がっているように見えたが、木々の間には人が歩いて踏み締めた道ができている。


「今日は、俺の生まれた集落まで行きます。のんびり歩いても、夕方には到着すると思います」

(わし)に気を遣わなくても大丈夫だぞ」


 ヒロの言葉を聞いて、イサクが、わははと笑った。


「あんた狩人って話だが、この辺りでは何が()れるんだい?」

 

 グイドが、ヒロに声をかけた。


「色々いますよ。鹿に(いのしし)、ウサギに熊……ノーティカの街は魚介類は豊富ですが、新鮮な肉類は貴重なので、獲物を持っていくと結構いい値段で売れるんです。もちろん、自分たちでも食べますけどね」

「く、熊も出るの? 書物で見たことはあるけど、凄く大きくて狂暴な(けもの)だよね?」


 アルマスが、びくりと肩を震わせた。


「熊は、森のもっと奥にいます。人間が通る道の近くには滅多に来ません。大きいから肉が沢山採れるし、胆嚢(たんのう)は薬として高く売れるから、仕留められれば嬉しいですね」


 言って、ヒロは、にっこりと笑った。


「熊くらい、魔法で何とかなるんじゃないのか?」

「いきなり目の前に出られたら、冷静に呪文を唱えられるか分からないよ……」


 グイドに言われて、アルマスは眉尻を下げた。


「熊が出ても、私がお守りしますから」


 アルマスを安心させようと、ライヤは口を挟んだ。


「たしかに、ライヤくんなら熊と殴り合っても勝てそうだね」


 ウィルバーが、そう言って頷いた。ライヤが破落戸(ごろつき)たちを一撃で倒したのが印象に残っているのだろう。


「いや、せめて武器は使わせて欲しい」


 ライヤの言葉に、一同から笑い声が上がった。

 しばらく歩いているうちに、ライヤは、傍らにいるアルマスが息を切らせているのに気付いた。


「アル……様、お疲れなのではありませんか」

「う、うん……でも、みんなは平気そうだし、僕一人の為に遅くなるのも……」


 アルマスは、そう言ったものの、身体が気持ちについていかない様子で、足を引きずるように歩いている。


「ちょっと疲れてきたようですね。休憩しましょうか」


 ライヤたちの言葉が聞こえたのか、ヒロが一行を振り返って言った。


「そうしてもらえると助かります」

「分かりました。ちょうど、そこに開けた場所があります。少し早いけど、お昼にしましょう」


 道から少し外れた場所にできている平らな草地に、一行は腰を下ろした。

 昼食の用意をすると言って、ヒロが手早く簡易な釜戸を組み立てた。

 更に彼は(たきぎ)になりそうな小枝を集め、その上に麻紐(あさひも)を細かく(ほぐ)して綿(わた)状になったものを置いた。

 火打石を何度か打ち合わせると、生じた火花が麻紐(あさひも)に燃え移り、見る間に大きな炎が上がる。


「すごいな、魔法を使わずに火を起こすなんて」

「いや、魔法は誰でも使える訳じゃあないだろ」


 感心したように呟くアルマスに、グイドが突っ込んだ。


「ああ、都会では魔法で起こした火で料理をしたり、部屋を暖めたりするんですよね。でも、ここでは、これが普通ですから」


 そう言いながら、ヒロは手際よく干し肉のスープを作った。歩きながら採集していたという、旨味の出る香草が一緒に煮込まれており、素朴な見た目とは裏腹に、ライヤにも美味に感じられた。

 日持ちするように水分を少なくして焼いた携帯食のパンと、干し肉のスープで昼食を済ませた後、一行は焚き火を囲んで休憩をとっていた。


「一つ、気になっていたのですが」


 ライヤは、ヒロに話しかけた。


「この島は、どこかの国が統治している訳ではないようですが、法律などは、どうなっているのですか?」

「そうですね、集落ごとに(おさ)と呼ばれる人がいて、重要なことは(おさ)が最終決定します。ノーティカの街にも(おさ)はいますが、街の規模が大きくなってきたので、補佐の人を何人か指名して、話し合いで色々と決めているそうです」

「なるほど、議会という感じですね」


 ウィルバーが頷いた。


「犯罪の取り締まりとかは、どうしてるんだ?」


 グイドも、口を開いた。


「街には最近、自警団もできて、見回りをするようになっています。悪いことをする者がいれば、島の掟で裁かれます。自分や誰かを守る以外の目的で、特に物や金を奪う為に人を(あや)めた者や、放火した者は厳しく罰せられますよ」

「たしか、手足を縛って木箱に閉じ込めた上で、地面に埋めるんだったね」


 ヒロの言葉を受けて、イサクが言った。


「我々は、たとえ罪人でも人を(あや)めるのは抵抗があるので、直接手を下すことはしないのです」

「いや、ひと思いに処刑されるより、そっちのほうが残酷な気がするぜ」


 ぶるぶると首を振りながら、グイドが呟いた。


「色々な国があるんだね。外に出ないと分からないことは本当に沢山あるな」

「そうですね。私も、自分が狭い世界にいたことを痛感しています」


 アルマスの言葉に、ライヤは頷いた。

 その時。

 ライヤは、焚き火を挟んで向き合っているイサクの背後の(やぶ)から、葉擦(はず)れの音が近付いているのに気付いた。

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